ムーン18 直前にワンコイン
国際研究都市ユートピアンに朝が来る。
世界中の目が注がれる、注目の一日が。
『世界のみなさん、おはようございます』
『今日午後より、ここ軌道エレベーター内のエントランスでは、各国首脳とミラームーンを名乗る組織との会合が持たれる予定です』
軌道エレベーター。
ユートピアン二大事業のひとつ、衛星軌道を目指す超巨大建造物はユートピアンに隣接する無人島に建設されている。ユートピアンはメガフロートによる人工島、簡単に言えば巨大な船に土を盛った都市。天を衝く巨大な柱を建てるには不向きなため、土台のしっかりした島を買い上げてエレベーター建設地としたのだ。
完成にはほど遠く、当のミラームーン襲撃により鋼材業者が大ダメージを受けてさらに完成が遅れると見込まれている。よくもその場を会場に指名したものだと関係者は恨みつらみを吐いているという。
「おい、撮影場所の確保を急げ!」
「他社に遅れを取るな!」
「おい待て、そこは警備上の問題でカメラを置くなと言っただろ!」
この日は市民の居住地が無い島に警護と報道、政治関係者が入り乱れている。二週間の猶予を与えたのだから現場の混乱はマシな方だと見るべきだろう。
ただ環状諸国連合が申し出た会合に他の連合をはじめ複数の国が外交団を送り込んでいるのは相当な政治的調整を強いられたと予想できる。
「ご苦労様だよな」
「何よ御斗、朝っぱらからゴロゴロして」
「今から気を張っても疲れるだけだろ」
現場に入った警護担当は島の外周ならびに施設各地を通常兵装で身を固めた軍の人員と、一体感なく特殊な格好をしたヒーローに分類される。ヒーローの力の源GEには統一性など無い。それぞれの力を発揮し易い形で独自に装備を構築するため個性的にならざるを得ないのだ。
そんな外見も能力もみんな違ってみんな良い、ヒーロー十人十色の有様は広井姉弟も例外ではない。彼らは西洋鎧めいたパワードスーツを装着して活動するタイプ、本番前から待機姿勢は非効率だと英気を養う建前で寛いでいた。正確にはソワソワしっぱなしの天音と、休日の朝に二度寝するかの如く御斗に分類されている。
一見やる気の無い弟の態度だが、天音は何も心配していない。何故なら、
「ま、あんたがやる気満々なのは分かりきってるけどさ」
「……それはどうかな」
「だって新装備の提案なんかしてたじゃない」
ミラームーン総帥を名乗る女が傲慢にも要求した警護人数、ヒーローは五十人までとの舐めた条件に我こそはと名乗り出た者が殺到するも、三連合を筆頭に各国政府指名の推薦枠で埋め尽くされた。
──しかし何事にも抜け道はある。
ヒーローには「野良ヒーロー」という概念、偶然そこに居合わせた善意の持ち主が損得を考えずに手助けするケースが少なくない。政府や企業には嫌われがちな存在だが今回はダミーに利用、枠からあぶれたヒーローを現地待機させているのだ。
広井姉弟も例に漏れずその一組、以前ユートピアン統制局のヘルプを引き受けたコネで待機を黙認されていた。
「あんたのGEはあんな使い方も出来るのかって父さん驚いてたわ。専用の弾丸を用意するって張り切って」
「……休む。時間が来たら起こしてくれ」
「あ、ちょっと、本気で二度寝すんな!」
彼らに政治をどうこうする力も意思もない。二人の目はあくまでミラームーンというテロ組織の迎撃に向けられている。
方や単純な正義感のため、方やひとつの問い掛けをするため。
姉弟ですら目的が異なる集まり、果たして烏合のヒーロー達に巨悪を討つことは出来るのだろうか。
******
この一戦は大きな分岐点となるだろう、宇佐見美波は未来の展望を見据えて万難を排するべく二週間を費やした。三連合の一角がテロ打倒の目的を秘しての会合提案、これを台無しにすることでミラームーンはそのスタンスを世界に認めさせることが叶う。
即ち「地球に多大な影響力を持つ三連合であろうと我らに交渉の意思なし」とのメッセージを強烈にお届けできる。その上で彼女たちが宇宙からの侵略者であると認識させることが出来れば満点だ。
「宇宙人ポイントはこれからも継続的にアピールしなきゃね」
「それって俺がやらされるんだろうか」
「あ、いらっしゃい」
作戦当日、日曜日に惰眠が許されない労働環境にも文句を言わない比呂田弘士が危惧を表明していた。この上どんな道化を演じろというのかと。
「頭でっかちで八本足になるとか」
「月のウサギ設定はどこに行った」
彼女の提案はありきたりで共犯者にも受けが悪かったようだ。今後も継続的にすべき議題なので結論は先延ばしの後回しにする。
今話すべきは今日のスケジュール、幾度となく話し合った内容の最終確認。
「繰言だけど聞いてね。作戦は正午開始、まずマッドバニーが現場に降臨して人類を煽りに煽り、問答無用に交渉不可を突きつける。これで半分は目的達成」
「最初から話し合う気が無いのを交渉って言えるのか?」
「あっちも罠のつもりで持ちかけてきたんだからいいのよ」
作戦の肝は二つ。
ミラームーンが交渉不可能な侵略者であることを認識させること、そして小集団のヒーローではマッスルラビットに勝てないことを衆目に認知させること。
そのためには明確な役割分担がなされている。美波が受け持つのが前半、そして弘士が担当するのが後半。
「交渉決裂のタイミングから罠の本番。あちらは生死問わずの総力を以ってわたし達を攻撃してくるみたいね」
「恨まれてるなあ」
「計算通り。これで宇宙人説を信じてくれれば文句無いのに」
通常兵力は数が投入されている分、流れ弾が危ない。美波たちの装備に弾丸などは効かないが現地に配置された兵士はそうもいかない。他ならぬ兵士たちの安全のため、早々に無力化し後に計画の後半に移行する予定で居る。
「マッスルラビットの勝利条件は五十枠のヒーローを半壊させること」
「半分でいいのか」
「完全に叩き潰しちゃうとやる気を無くさせちゃうかもしれないでしょ。リベンジを誓って結集して欲しいから希望は残さないと」
あくまでミラームーンは最終的に負けるべき強大な敵。巨悪を演じ、それを打ち倒したヒーロー達に結束の大切さを学ばせる存在。それ以前の段階で心が折れられても困ってしまうのだ。
「『偶然』野良ヒーローが通りがかってあっちの数が増えたりするかもだけど誤差の範囲だから無視してもいいわ」
「ひどい」
「それにヴィラン同盟(仮)が襲撃してくるからヒーローも予定通りには戦う暇がなくなるだろうし」
「なんて?」
全世界の動向をチェックして判明したことだ。どうやら突貫工事でニワカ同盟を結んだヴィランの一部が会場を襲撃する計画を立てている模様だった。自主的に事を進めている彼らは勤勉である。
「目的はわたし達への報復と連合へのテロ、他にも目立ちたいからって理由も」
「そこは揃えろよ、なんでバラバラなんだよ」
「目指すところが違っても人は手を取り合える、これも結束と言えるわよね」
「結束力が皆無なんだが?」
「ヴィランの方が目に余るならラビRとラビLを戦わせるから、比呂田くんはヒーロー撃滅に専念してね」
事態は流動的、どれほど念入りに準備を固めても完璧に思い通りに進むことなど稀だ。基本方針と対策を詰めた後は本番に当たるしかない。二人の悪役は充分に話をすり合わせ、残り一時間の待機タイムは雑談で過ごすことにした。
──のだが。
空間投影ウインドウのひとつが緑色に点滅する。
「なにこれ? って、ああ、忘れてた」
「何を忘れていたんだ?」
「
ミラームーン最大の弱点は人手不足、特に裏方を受け持つ美波に代わる人材が存在しない点にある。研究・開発・情報分析・計画立案など戦闘以外の全てを一手に引き受ける圧倒的ワンオペ体制。天才を超えた神才にもリソースの限界はあったため、この二週間は基地に篭り処理すべき優先順位をつけての対応を行っていた。
だから忘れていたのだ、忙しくなる前に探っていた小さな情報の追跡結果など。画面の点滅はそれの終了を告げるサイン。ヒーロー五十人枠にも入っていなかった相手など特に気にする必要性はないはずなのだが、
「雑談のネタにはちょうどいいかな」
ソル・ソーダーとソル・ガンナー。
直接対峙したのはソル・ソーダーのみだが、三度目のユートピアン襲撃に警護ヒーローを打ち倒した後でマッスルラビットに斬りかかった翼の鎧騎士。統制局に名前のみ登録され、情報が秘匿されていた実績無きヒーローだ。
「マスラビの力場制御システムを抜いて防御させたんだからGEの見当は付いてるんだけど、念のため調べて……」
悪の雑談者はちょいちょいと画面を操作する。GEの性能項目は機体よりも個人情報に類するとページをめくり手を止める。
──しばらく止まったままになる。
「…………比呂田くん」
「どうした、そんな震え声で」
「これ、どうしたらいいと思う?」
美波はヒーローのGEを調べるつもりで個人情報を抜き取り閲覧した。ただ個人情報で真っ先に挙がってくるのは対象の姓名と証明写真。
天才を超えた神才でも予想できないことはある。例えば思わぬところでクラスメイトを見つけたり、
「ごひゃくえん!?」
「何の話だ!?」
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