ムーン13 理想が信じて貰えない

 悪の組織に日常は戻った。

 日常からかけ離れた存在であっても普段通りの形態はどこにでもあるからにして。


「先日はご迷惑をおかけしました!」

「ああ、うん、はい」


 柔和な顔つきを必死にキリリと引き締め、鋭い角度で何度も頭を下げる悪の総帥。

 本人は極めて真面目に謝罪しているのだろうがペコペコする度に長い黒髪が鴉のようにバッサバッサと羽ばたく様子は滑稽でもあった。

 比呂田弘士と宇佐見美波はクラスメイト、ただ学内ではそれほど親しい間柄ではない。小中学校からの知り合いでもなければ席も離れている、部活動もしてないし美波に至っては半端な時期の転校生。二人には表向きの接点が皆無である。

 よってこのように長く会話を続けられる場所は秘密基地でしか有り得ない。


「これからは心を入れ替え、お風呂上りには真っ先に髪を乾かすことを誓います……」

「ああ、うん、そうね、今後は気をつけてくれ。はい終わり」


 総指揮官が馬鹿になったことで彼はワンオペをこなす羽目になったわけだが、そのことを特に怒ってはおらず、むしろ勝手に部屋を覗き見た咎で負い目を感じる身。眠っていた彼女が知らない気まずさを覚える話題はさっさと終わらせることにした。


「それでは改めて、日曜の作戦結果を画像で確認したんだけど」

「切り替えが早い」

「やっぱり何事にもイレギュラーは発生するみたいねェ」


 作戦会議室のモニターに表示されたのはマスラビが相対した翼の騎士。

 彼女が事前に引っこ抜いた防衛体制によれば統制局のお抱えヒーローは弱腰にも予定をキャンセル、彼が戦うのはINBが雇い入れたヒーロー二名のみのはずだった。にもかかわらず飛んできた予定外の三人目。


「通りすがりの乱入者、ではないわね。場所的に」

「そうなのか? ヒーローが突然やってくるのは珍しくない気もするが」

「いわゆる野良ヒーローが出張る可能性はゼロじゃないけど、ユートピアンはそういうのに管理が厳しいから」


 野良ヒーロー、金銭的利益や契約なく人助けをする「通りがかりのヒーロー」の総称だが必ずしも褒め言葉で使われるものではない。

 契約のない仕事に責任感は発生しないとの言葉があるように、善意や趣味での活動するヒーローはプロフェッショナルの作業に比べていい加減になりがちで、組織的バックアップがない彼らには正確性や状況把握も期待できない。結果人を救うこともあるが余計な被害を出すケースも少なくないのだ。

 まして三大連が食い合う利権と矜持の坩堝では、どのような暗闘が行われるか。


「極論すれば野良ヒーローの活動と称してのテロも可能だし、無責任な存在だから政府や企業からは信用されないわけね」

「世知辛い」

「で、このパワードスーツの人は的確にマッスルラビット目掛けて飛んできたから」

「どこぞのバックアップがあるってわけだな」


 ミラームーンの破壊活動は全世界生中継で行っているが、それでも戦況を詳細に把握して増援を送るには正確な情報がなければ容易ではない。故に適切なナビゲートのフォローが疑われるヒーロー(仮)は野良の確率が極めて低くなる。


「有り得るのは統制局が代わりを雇ったパターンかな。それが一番波風立たないし」

「ああ、宇佐見がバカになってる間に雇ったのか」

「すみませんごめんなさい」


 彼女は日曜の朝から昼にかけて酔っ払い状態。作戦行動直前の情報分析が疎かだったのは充分有り得たことで、都市を防衛する側にとってはヒーローのドタキャン対応が功を奏したことになる。

 被害は弘士がビックリした程度であるが予想外は予想外、事態を軽視する慢心は馬鹿が治った美波には有り得ない。


「じゃあ早速統制局の情報を覗いてみようっと」

「相手のセキュリティ可哀想」

「ちゅうちゅうたこかい……あれ?」

「どうした?」


 火の壁だろうがレンガだろうが藁だろうが楽々に吹き飛ばしてみせる彼女だが、結果は思わしくないのか小首を傾げて黙り込む。

 まさか天才をも阻む鉄壁の存在が……そう怪しんだ弘士の驚きは半分正しい。


「情報が、ない」

「なんて?」

「だから何も登録されてないの。おのれェそう来たか」


 高度な電子社会で究極のセキュリティは独立端末での情報管理だという。

 間単に言えば管理コンピュータをネットに繋がないか紙の書類を使うことだ。確かにネット越しのハッキングは届かない聖域を確保できる、単純で効果的な手段──使う側にとっても極めて不便になる点を除けば。


「こうなると調査に多少の時間がかかっちゃう」

「多少で済むのか」

「結局は人が使う形でまとめられてるはずだからね、見つければどうとでも」


 天才を超えた神才は自信ありげに断言する。また彼には想像も付かない謎技術を駆使するのだろうからそこは問わないでおく。


「あ、でも名前らしきものは登録されてた」

「ほう」

「『ソル・ソーダー』と『ソル・ガンナー』だって……ふふ」

「何か面白いのか?」

「うん、月に挑むのが太陽ソルなんて運命的じゃない」


 余程興味深かったのか、黒幕少女は童女のような笑顔で頷いた。その命名が故意か偶然か、今のところ知る術はない。正体不明のヒーローについては随時調査を進めるとして、目的に邁進する悪の女王は次なる作戦を計画する。


「というわけで次回の作戦なんだけど。六月はユートピアン攻撃をお休みし、違う標的を相手にする予定よ」

「そりゃまたどうして」

「五月の活動で三大連には等しく喧嘩を売ったから、彼らにも対応を協議する時間が必要だと思うのが一点」

「なるほど」

「ソル・ソーダー達の調査が終わるまでは様子を見たいのが一点」

「慎重だな」

「最後の一点。密かにミラームーンと手を組みたいと言ってくる人達の数が無茶苦茶増えてるからそっちの対応をしようかなと」

「なんて?」


 思わず問い返したが彼女は当初から予想していた。ミラームーンが圧倒的な力を示して現秩序の破壊に動けば、必ず彼らと接触し協力体制を望む連中が出てくると。

 各襲撃に際して彼らは通信回線を乗っ取り支配下に置いた。その過程でハックし仲介に間借りした大型サーバーに様々な組織からのメッセージが届いていたのだ。

 小は個人から大は政府の諜報組織としか思えないものまで、それはもうたんまりと。

 ──ただし。


「月の女王マッドバニーは地球人を見下してるから、下賎な輩と手を組むなんて有り得ないことを分かってもらわないとね、うふふ」


 一見すればサドっ気のある言動、他者を嬲り蟻を踏み潰して愉悦に浸るが如き悪趣味を極めたような発言だ。しかし傍で観察している弘士の見解は異なる。笑顔とは本来攻撃的なものだと聞いたことがある、それを踏まえても、


「宇佐美、楽しそうに言ってるけど実はちょっとイラついてるだろ」

「そうよ! あれだけ宇宙人です侵略者です話は聞かないですポーズを取ってるのに! どうしてこんな大勢が手を組もうなんて思うかな!」

「そりゃ味方にできれば頼もしいからじゃね」

「おのれ欲深さんめェ!」


 宇佐見美波、血の叫びを発するの巻。天才を超えた神才でも計画通りにいかないこともある例だ。ミラームーンが宇宙の侵略者との認識は遅々として広まっていない。

 だが冷静に考えてもらいたい。通信を掌握する技術力、兵器を用いず行使できる破壊力、銃火を無視しヒーローをも軽々と退ける戦闘力、侵入も退散も自在な隠密力、どれを取っても無法が過ぎる威力を見せ付けている現在。


「あやかりたいと思う奴もいっぱいいるだろうよ」

「……なので今月は『最低限ミラームーンを対話の出来ない敵だと認めさせよう』月間とします」

「まだ風邪が治ってないのか?」

「治ったわよ正気よ!」


 宣言は馬鹿馬鹿しいものの方針は伝わる。ミラームーンを狂信的テロ組織、または利益目的で破壊活動に従事するテロ屋だと値踏みしている者達の認識を改めさせるつもりなのだ。

 我らは全てを見下す月からの侵略者、未だ交渉の余地があると思い上がる愚かな人類を甘い夢の園から叩き出すために。


「最低でもわたし達が話の通じない、最初から対話をする気が無い悪の組織だと思い知ってもらいます」

「宇宙人設定はさておき、それだけなら出来るかもな」

「さておかないで、だけって言わないで。対象は大小の非合法組織、団体、個人。そしてヒーローではなくヴィランが敵対勢力に含まれるから注意してね」

「ヒーローと何が違うんだ? 同じGEだろ?」

「手段を選ばない度ではヴィランの方が危険かな」 


 ヒーローとヴィラン、GEの覚醒で超能力を得た超人という観点で両者はほとんど同じものだ。公的機関や国際標準が無い以上、違いはトータルで世界秩序の側に立つか否かの曖昧な評価のみ。

 なので一般的感覚では凡そ後ろ暗い活動をしているのがヴィランとの捉え方で間違いはないとされている。


「だからマッスルラビットも一般的にはヴィランと見られてるわけだ」

「何度も何度も宇宙人と主張してるのに」

「ヴィランにはその手の狂人もいるからな。ピエロの国からやってきたプリンス・クラウンとか、赤色のために世界を血で染めると主張してるレッドブラッドとか」

「そんな迷惑系のせいで苦労を強いられてるなんて許せない……!」

「俺たちも騙りなんだけどな」


 こうして彼女たちは五月の大破壊アピール路線を一旦休み、ローカル活動に手を伸ばすことにしたのだった。

 宇佐見美波の理想実現はあまりにも遠い。

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