ムーン11 ヒーローは三枚刃

 ユートピアン統制局。

 様々な政府組織企業が入り乱れる未来都市を統制管轄する機関の名前だ。

 どの組織にも肩入れしない中立を謳っているものの所詮は人間が運営している機関、常に勢力の天秤は揺れ動いて安定しないのが悲しい現実であるが、それはともかく。

 環状諸国連合の息がかかった企業、マホロバ・フロンティアではとある親子が感動の再会を迎えていた。


「うむ、ようやく来たか、ワシの可愛い子供たちよ!」


 双子たちを出迎えたのは立派な髭を生やした英国紳士じみた中年男性。

 名を広井博士、ひろしと読むが本人はハカセと呼ばれたがっている変人である。


「来たんじゃないわよ、連行されたのよ連行」

「うむ、予定より五分ほど遅れて気が気ではなかったぞ」

「ちょっと聞いてるの父さん!」

「うむ、それでお前たちには是非ともやってもらいたいことがある」

「会話をしなさいよ会話を! 言いたいことだけ言わないでさ!」

「そんなだからオフクロにも逃げられたんだろ」

「ぐふッ」


 百の乱撃よりも一刺しの方が通じることもある。博士は心の血を吐いた。


「うむ、見事な一撃だぞ御斗。だが今はその力が愛おしい」

「気持ち悪いことを言うなよ」

「もう抗議が無駄なのは分かったから、結局なんでこんな強引に呼びつけたの」


 湧き出る文句を封殺し、事態を前向きに考えようとする天音の姿勢は立派だった。

 ただ彼女のような人間が損をするのは国際的には常識である。


「うむ、実は統制局が雇ったヒーローが契約を解除してのう」

「へ?」


 統制局は都市管理を担う機関、当然防衛防犯に対しても義務を負っている。そのため各組織が独自に築き抱えている防衛戦力とは別に遊撃的な防衛隊員としてヒーローを雇い入れるのが通例と化していたのだが。


「うむ、土曜の正午、とあるヴィランが犯行予告を寄越したのじゃが、それに前後して都市の警護依頼をキャンセルしてきたのじゃ」


 GEは多岐な才能が発現するが、必ずしも戦闘に秀でた能力になるとは限らない。

 そのため激しい戦闘が予想されるとなると高額の違反金を払っての契約解除は有り得ない話ではない。まして相手はあのマッスルラビットを名乗る破壊的ヴィラン、戦いを避ける者も出るだろう。

 だがドタキャンはどの業界でも喜ばれることはなく、ヴィランの襲撃を前に都市防衛の責務を負った誰かが欠けたことになる。


「うむ、そこでワシが手を上げたのじゃよ」

「手を上げたのじゃよ、じゃないでしょ!」


 もはや言葉は要らない、頭脳担当ではない天音でも全てを察した。


「それでこんな島まで呼びつけたのね! あたしらに代わりをさせるために!」

「うむ、飲み込みが早くて助かる」

「バカでも分かるでしょここまで来れば!」

「ただ『どうして』を聞いてないな」


 もはや父親の胸倉を掴む勢いの姉に対し、弟は意外と冷静なままで結論を促す。

 彼には聞こえるのだ。天音の激昂した音の他に、父親の発する深刻な音が。夢見がちでGEが人類の未来を切り開く幻想を抱えていた男の焦りの音が。


「うむ、ワシの推測が正しければあのヴィランは危険じゃ。誰よりも、何よりも危険で……だからこそ早期に打ち倒さねばならんのじゃ」


 GEを悪用し人類の進化と発展を阻害する者への危惧。

 方向性は異なるが、ここにも人類の未来を憂いた科学者が居たのである。

 ──子供たちからすれば些か身勝手で迷惑な存在ではあるが。


******


「ヒーローやヴィランと戦う時は注意して」


 二度目の襲撃ミーティングの際、弘士は美波に念押しされたことがある。

 それが先の言葉、当たり前といえば当たり前の警告。


「そりゃ攻撃力が高いもんな、人間兵器だなんて言われることもあるくらいだし」

「単純な破壊力なら何も怖くないんだけどね」


 彼の常識的な受け取り方を悪の科学者は否定する。


「ラボを破壊したメテオダウン、あの馬鹿威力でも比呂田くんは無傷だったでしょ」

「ああ、そういえばそうだな」

「普通の物理ダメージならマッスルラビットの力場制御でどうとでも相殺できるの。それこそ戦車砲だろうと列車砲だろうと無力化できるから」

「インチキがすぎる」

「でもGEは物理現象を無意味にするものがあるし防ぎ切れるか分かんないのよ」

「超能力だからなあ」


 超能力も超科学も現代物理学を無視した存在だ。ならこの両者がぶつかり合うとどうなるか、答えは一律ではない。出力や性質が勝利の鍵を握ると予想するが、やはり情報なくして推論は立てられない。

 美波はこれから対決するだろうヒーローやヴィランのGEを分析解析し、打破するための研究に注力する必要があるのだ。


「分析が終わって危険度が低い相手は積極的に倒してね?」

「ひどい」


 何も酷くない。なにしろマッスルラビットは全てのヒーローとヴィランを打ち負かし、彼らが手を携えるきっかけとなるべき巨悪の尖兵なのだから。


******


『ようやく来たか、ヒーロー!』


 ウサギの見上げた青い空に岩塊が浮かぶ。

 重さ数トンの超重量がまるで気球のように空を飛ぶ。さらにマッスルラビットのカメラアイは岩塊に立つ二つの影をも捉えている。

 鈍色の装甲服を着込んだ筋肉質の男と白いタイツスーツの優男。わざと対照的な衣装を選んだのかという二人だが、今は共通の敵を見下ろす同志。

 凶悪なヴィランに立ち向かうヒーローとして。


(ロックキャッスルとデスハウリング、事前調査の組み合わせ通りだ)


 巨岩を操るロックキャッスル、声の衝撃波を発するデスハウリング、INBが傘下企業を守るために雇っていたヒーロー達である。過去のヴィラン犯罪にも多く奔走した実績のある実力派。

 故にデータは一杯集まった。


『愚かな地球人類よ、月の威光を恐れぬならかかってくるがよい』


 雄々しく屹立するままの極悪ウサギに岩塊が迫る。圧倒的大質量による押し潰し、ロックキャッスルが得意とする制圧攻撃だ。メテオダウンにも匹敵する爆撃の寸前、二人のヒーローは足場の岩より離脱、勢いづいた奇岩城が地面に墜つる。

 だがしかし。

 予想された大地の震動はなく、新たなクレーターが生まれることもなく。

 代わりに場を支配したのは嘲笑。片手で平然と巨岩を受け止め嗤う二本足のウサギの姿。彼にとってGEを伴わないただの質量攻撃ならば恐れるに足りぬのだ。


『この程度かね?』

「キエエエエエエエァ!」


  侮蔑を切り裂く怪鳥音。周辺域の窓ガラスが割れ、先に逃げ惑った機械化兵はヘルメット越しに耳を押さえて苦悶を表す。

 デスハウリングの音波攻撃、巨岩を持ち上げるアトラスの如きヴィランを狙った音速の衝撃波は真っ直ぐに敵対者を撃ち貫こうと牙を剥き、ギャリリと穴を穿った。

 天空の城の残骸を。


「ぬう、我が岩塊を盾に!?」

『落し物だ、受け取るがいい』


 神速の衝撃波も大質量を射抜くことは出来なかった、音波に削られた岩盾はムンズと投げ返される。そのままでは圧死必至のデスハウリングをロックキャッスルが庇う。両手を構えて念力集中、敵の凶器と化した岩を再び操ろうというのだ。

 ただしそんな動作は予習復習をこなしたウサギの隙でしかない。


『マスラビ・ダブルファングゥ!』


 投げ返した岩塊よりも早く、投擲物よりも速く回り込んだヴィランは両腕を真っ直ぐ伸ばす。開いた手のひらは握手のためではなく掌打、ヒーローを屠るための牙だ。

 マッスルラビットの双掌撃、突き飛ばしの二打は犠牲者をくの字に折り曲げ、放物線すら描かせず直線直行でビルの壁面へと叩き付けた。

 磔となり痙攣するヒーロー達とつまなそうに首を鳴らすヴィラン。あまりにも呆気ない幕引き、文字通りの瞬殺ダブルKOだった。


『ふん、他愛無し』


 世界が、世間がこの結末をどのように見たのかは定かではない。後の情報収集が反応の傾向を示して悪の総帥は次なる行動に活かすだろう。

 ただこの時の当人、比呂田弘士はひとりで任務をこなせたことへの安堵の気持ちで一杯だった。いっぱいいっぱいだった。


(そりゃ散々シミュレートもしたけど、いや本当に上手くいってよかった!)


 相手取るヒーローの情報収集は完璧だった。まずはユートピアンの防衛情報をクラッキングして当日担当のヒーローを特定。活動実績のある対象ほど情報は集め易く、また悪の科学者は弘士を見出したようにGEの種類と能力を特定する超科学を有しているのだ。ならば後は丁寧に攻略法を組み立てるのみ。


『ロックキャッスルは岩塊を操るGEだけど攻撃に投げつけた後は制御を失うの。本人は攻撃をしたがる傾向にあるけど防御向きの能力なのよね』

『デスハウリングの声は早いし鉄板くらいなら貫くけど攻撃は真っ直ぐで威力は左程でも無い。動きを止めたら攻撃してくるから初手は読み易いわね』


 美波のまとめた要点を念頭に立ち回りを検討した成果がヒーローの瞬殺である。彼女の描いた絵空事、未来を見すぎたひとりの理想、遙か遠くを目指すための一歩。

 旅の終わりが望んだ世界とは限らないが、今のところ彼女の歩みは狙った結果を出している。実に真面目な悪の女王であった。


『これで終わりかね。ならば我輩は月に還るとしよう。では諸君──む?』


 破壊行為は終わり、ヒーローも撃退した。ミッションは完遂されても基地に戻るまでが遠足です、予定を無事にこなした弘士の中で今日の作戦は終わったものだった。

 ただ彼も作戦前に憂慮したことではあった。

 ひとりでも作戦の遂行は可能だろう──イレギュラーさえ起こらなければ。


 そういう悪い予想というのは度々当たるものなのだ、このナントカの法則を彼は体験する。


『そうはさせないわよ、悪党!』

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