ムーン05 バベルの塔は歪んでる

「来週といえば次の襲撃は来週を予定してるからよろしく」


 また世界経済を上下させる計画が美波の口から告げられる。

 どこを襲撃して何を破壊するのか、これもまた世界的企業の株や連合国債の値を揺り動かす爆弾情報だが、実行犯担当の彼がこれを聞き逃すわけにいかないので弘士はお得情報を脳内から締め出すのを諦めた。


「財布の紐を締めておけば大丈夫なはず」

「なにが?」


 キョトンとした悪の総帥は愛らしく小首を傾げていたが、やがて本題に戻った。


「決行は来週の日曜日、つまり5日後ね。ターゲットは大華ユーロシア連盟の大企業、エルリーシャ化鋼」

「確か合成金属のシェアナンバーワン、とかの会社だったか?」

「軌道エレベーターの表面素材を作ってるわ」


 軌道エレベーター。

 ユートピアンの二大事業のひとつ、地上から衛星軌道まで届く超巨大構造物を建設するという現代のバベルの塔。完成すれば軌道上までの物資輸送ルートと天候に左右されない太陽光発電所を人類は得ることになる。


「やることは前回とあんまり変わらない。襲撃して重要な制御機をぶっ壊して重要チップをこれ見よがしにぶん捕ってくるだけ」

「一応産業スパイっぽいこともするんだな」

「脅威演出の見せしめにだけどね。わたしが設計した方がずっといい物を作れるし」

「本当なのが始末に悪い」


 天才を超えた神才の技術を弘士は身を以って体感している。ワープ、GE覚醒、超人スーツ、どれをとっても現代科学を遙かに凌駕したものだ。

 そして凌駕し過ぎるが故に、美波の頭脳は世界に対し劇薬が過ぎる。欲望の果ての暴走が何を引き起こすのか、凡人の彼には想像つかないが碌なことではないだろう。

 彼女が何ら憂いなく人類の発展に貢献できないのを非常に勿体無く思う。


「それにここの作ってる鋼材、ちょっと安定性が無くて」

「どういう意味でだ?」

「多分鋼材の精錬か質をチェックするシステムにバグがあるんじゃないかなって。このまま放置すると強度不足で完成前にエレベーターが崩落する確率77%」

「なんて?」

「何もしてないのにバベルの塔が崩れちゃう」


 それこそ人類の愚かさ、無謀さを神が笑いそうな話だ。

 さらに笑えない話、あの大きさの塔が倒れることになると被害は甚大の一言では済まない規模になる。衛星軌道まで届く構造物が倒壊すれば直下の都市は瓦礫の雨霰、地盤は沈下、刺激されたプレートの引き起こす地震、海面にも落下した大質量の瓦礫は津波を誘引し──あらゆる災害が想定できてしまう。


「だから今回ぶっ壊してシステム改善の機会を与えましょう。それでバグが直れば良し、駄目ならもっと壊して業者を建設事業に参画できなくする」

「もう悪なんだか正義なんだか分かんねえな」

「そりゃ悪に決まってるじゃない。だから法の手続きをすっ飛ばした横槍行動が出来て、次からは戦う羽目になるかもしれないわ」


 人差し指を立て、美波は想定される敵対者を挙げてみせる。 


「ヒーローと」


******


 ヒーロー。

 GEに覚醒した人のうち、現秩序の維持に活動する者の総称。曖昧でフワッとした定義なのは彼らの所属が国家公務員、会社員、個人など国や地域で様々であり、彼らを統括する世界的な公的機関が存在しないためだ。

 人類はこういうところでも未だ手を取り合えていない。

 ちなみにGEで悪行を為す者をヴィランと称する。こちらも小規模な犯罪組織や繋がりはあっても巨大組織は無いだろう。何しろ自分勝手で傲慢な連中ゆえに。


「企業雇いのヒーロー、いずれ対決は避けられないのよね」

「俺はヴィラン扱いだしなあ」


 超常の能力を振るうGEにGEをぶつけるのは一般的な対応である。人型サイズで破壊力は重火器を凌駕する、そんな相手を常人で対処するは困難だからだ。そのためにヴィラン犯罪には申し出を受けたヒーローまたは大金で雇われたヴィランを対策に回すのが効率的とされるも、個別の対応に終始するのは非効率極まりない。

 国連主体の公的機関設立は議題に出るも、国連自体がまとまりを欠いた組織。ヴィランを利用した国家的暗躍なども疑われる時代、国境を越えた独立組織の認定など夢のまた夢である。ちなみに国連の信頼失墜が世界の三分割、三大連の結成に寄与したのだがそれはまた別の話。


「宇宙時代の困難ミッションに不可欠なGEを束ねる組織の設立、これもわたしの目的のうちに入ってるんだから、早く宇宙人認定して欲しい」

「理由は聞いたけど具体的な過程が分からないんだが?」


 結論に飛びつく少女の視野は遙か遠くを見据えている。それだけに凡人にはてんでバラバラの個をまとめる過程がサッパリ伝わらない。

 だが説明されれば意外と簡単な流れであった。


「まずマッスルラビットが暴れます」

「ふむ」

「暴れて暴れて暴れまくって歯向かうヒーローもヴィランも全員ボコボコにします」

「ひどい」

「困った彼らは仕方なく手を組んでマッスルラビットに挑みます」

「美しい友情の勝利だな」

「ボコボコの返り討ちにします」

「なんて?」


 物語ならライバル同士が手を組めば強大な敵を倒せる流れ。しかし悪の女王は創作の王道を介さず、もう少し現実的だった。


「即席でその場限りの協力では駄目。もっとヒーロー達を計画的に、効率的に動かし、全体を統括する指揮官を置いて分析力を発揮する組織体系を作らせます。そこまでいって初めて我が尖兵に対抗できるのです」

「期待が重い」


 ヒーロー達の結束を全て受け止めるのは他ならぬ弘士である。ましてヒーローは誰かを守るために戦っているはずの相手、最終的により人類のためになるとはいえ気が重くなるのは仕方ない。


「誰かリーダーシップを発揮してくれるヒーローがいれば話は早いんだけど、こればかりはやってみないと分からないわね」

「カートゥーンでもヒーロー同士揉める展開がお約束みたいなもんだしな」

「現実でもGEはプライドの高い変人が多いし」

「ほらよ手鏡」

「そこそこの美少女が映ってる」


 現在5年計画の初めも初め、彼女の引いた絵図面が形を成し、花開き実を結ぶのはまだまだ先になりそうである。


「そうそう、外見といえば比呂田くんに相談があったのよ」

「なんだって!? 宇佐見が俺に相談!?!?!?」

「……そこまで驚くこと?」


 訝しげな目線を向けられたが驚愕以外の何者でもない。雑談を除けば先に彼女の結論を聞き、どうしてそうなるかの過程を尋ねるのが二人の会話パターン。

 そこに新たなフェイズ『相談』が加わったのだからビックリするというもの。


「そ、そう、そうね。これからは少し気をつけるよう努力するけど、とにかく聞いて」

「期待はしないでおく。それで何の相談だ?」

「コスチューム」

「なんて?」


 いつもの遠大な計画の結論とは違う変化球に戸惑いしかなかった。

 質問の意図が分からないと問い直すよりも早く、美波は真面目な顔で言葉を続けた。


「わたしの衣装の話よ。わたしもいずれはミラームーンの女王として人前に姿を見せる予定なんだけど、どんな格好すればいいのかなって」

「はあ」

「肩書きは女王だから王様らしく? それともマッドバニーだけに悪の科学者をメインに据えた方が……いやそもそも月の兎をモチーフにした宇宙人設定ならもっとウサギ要素を含めた方が?」


 ブツブツ呟いている彼女にとっては深刻な悩みなのだろう。

 宇宙人を騙り、地球人類の脅威となる存在のボスキャラを演じるにあたって相応しいキャラ作りの一環。意義は理解できる、子供騙しではいけない、しかし属性を前面に出しつつ悪であることは誇示しなければならない──ある意味子供向けヒーロー作品を作っているスタッフにも通じる真剣な態度で悪役の威厳と妥当性を突き詰めている。

 笑いの衝動が起きる。そこにいるのは天才科学者というより、


「空回りのバカがいる」

「なんですと!?」

「そんなの適当でいいだろ、見た目より実績が大事なんだから」

「比呂田くんは視覚的効果のもたらす心理的影響の大きさを理解してない!」

「だいたいマッスルラビットは割とテンプレな適当デザインじゃないか」

「あれは超人スーツの機能性を追求したせいでウサギ要素が後付に──」


 世界を震撼させているテロ組織の首領と尖兵の会話にもかかわらず。

 弘士はどこか今まで無縁だった部活動に似た楽しさを覚えていた。


******


「じゃ、じゃあこんな感じで……」

「悪の科学者路線を突き詰めるなら、もっと露出を増やす手もあるぞ」

「しーまーせーん!!」

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