ムーン04 日直と結果と計画
秘密基地。
この言葉の響きに年若い少年少女なら胸を躍らせるだろう。普段使わない物置小屋、農閑期の納屋、場合によっては公園の遊具すら子供たちにとっては大人の立ち寄らない秘密の隠れ家として機能した。
玩具やお菓子を持ち込み、仲間たちと楽しむ小スペース。
そんな昔に遊んだ思い出が本物に上書きされるとは思わなかった。
******
放課後。
懐事情の貧しさからバイト三昧で帰宅部だった弘士も校内に留まる日がある。
日直、二人一組でクラスの雑用をする日。
授業が終了した後も教室の清掃に参加し、結果報告に日誌を書き終わるまで解放されないからだ。
「黒板よし、黒板消しよし、掃除道具よし」
「中庭終わったわよ」
「了解、これで帰れるな」
日誌を片手にチェックシートを埋めていく弘士に日直のパートナーが外の報告を持ってきた。ポニーテールに勝気な眼差し。活動的という表現が具現化したような、生気溢れる少女だ。
「後はちゃっちゃと戸締りして報告に行こ。比呂田もバイトがあるんだし早く帰りたいでしょ」
「うん、まあ、そうかな」
曖昧な返事になるのは無理もないことだ。弘士はおかしな少女に目をつけられ、協力を確約する見返りに目玉が飛び出る契約金を手にした。バイトに追われる生活からは解放されたのだが他人に話すわけにもいかない。
諸事情により、バイトの代わりに警察やヒーローに追われるかもしれないし。
「しかし俺がバイト三昧だったのをよく知ってるな」
「べ、別になんとなく聞きかじっただけだし。部活もせずにさっさと帰ってるのを見かけただけだし」
「そういう広井は運動部に引っ張りだこだったか。昨日もバスケの練習試合で助っ人無双したとか」
「そ、それほどでもないけど」
特に親しい間柄でなくてもクラスメイトの評判とは耳に入るものだ、それがクラスで目立つ生徒なら尚のこと。
弘士のように表向きまるで注目されていない生徒に比べ、広井天音はクラスどころか校内で異彩を放つ存在だと言ってもいい。様々な部活動、運動部で助っ人を頼まれては活躍をしている評判は友人の少ない彼の耳にも届いていた。
「でも助っ人ってことはその部には所属してないのか。あれ、広井は何部だっけ?」
「あー、えー、うん。家の事情で部活に出られない日があったりするから所属できないっていうか」
「そいつは辛いな」
何故か明後日の方向を見て言い訳する彼女に深く頷く。アルバイトに放課後を捧げていた弘士にもよく分かる理由だからだ。学生の身分で時間を自由に使えない縛りは青少年の健やかな育成に反すると主張したい。
日常的な雑談を交わしながら職員室に辿り着く。担任の教師は真面目に仕事をこなした二人を軽く労った。
「おう、今日はヒロヒロコンビか、ご苦労さん」
「先生、その呼び方でまとめるの止めてください」
「語呂がいいのになあ」
担任は天音のクレームを受け流して日誌を確認、記載漏れの無さにオッケーを出して日直業務の終了を告げる。
しかし放課後も忙しい教師は時折生徒たちに業務外の雑務を投げたりもする。
「物のついでに頼まれてくれんか。さっき落し物で小銭入れが届いてな、誰のか分からんので放送部に全校通達を出して欲しいと」
そう言って放送の依頼書を差し出された。たいした用事ではない、帰宅が数分遅れる程度の寄り道だ。以前ならバイトの時間に遅れることを心配したかもしれないが、今の契約はそういう社会通念に囚われた内容ではないからして。
「いいわよ。あたしがやっといたげる」
弘士が悪の用事と学校の雑務を天秤にかけるよりも早く天音が手を上げた。一気呵成の日直パートナーに質疑を飛ばすよりもさらに速く、
「あたしは部活で学校に残るからで、あんたはバイトとかあるんでしょ」
「……そうか、厚意に甘えさせてもらうよ」
「こ、好意なんて無いわよ!」
矢のように飛び出していった天音をポカンと見送る弘士。微笑ましい青春の一幕に教師は無情にも点数をつけるのであった。
「広井の姉は現国の成績が危ういなあ」
******
学校の様子は変わらない、2日前に衝撃的なテロ事件が起きたにもかかわらず。
所詮は遠く離れた島、太平洋上の研究都市での出来事。自分達の生活に影響が出ない範囲の事件であればそんな扱いだろう。
──ただし。
宇宙人を詐称する彼女の企みは問題を地球全体に投げかけようとするものだ。
大宇宙の前には小さな豆粒でしかない地球の民よ、君たちは大海に漕ぎ出す時もてんでバラバラのままでいいのか?との問い掛け。
その命題を前に民衆は他人事でいられるのかどうか、凡人には分からない。
日直を終えた弘士は真っ直ぐアパートに帰り、そのままワープ装置を起動させる。
「リターンホーム」
悪の科学者が置いていった桃缶サイズの端末は、彼の声紋に反応して起動。超科学の産物は安アパートから悪の組織の秘密基地に案内する。エレベーターの加速に似た感覚の後、彼の体はワープゲート室に転送されるのだ。
「実際公表できないよな、これ」
世に出回れば流通業界を破壊したり要人警護を無為する発明を独占していることに若干の優越感と畏れを覚えつつ、早足で目的地に向かう。
硬質の壁面が続く廊下を抜けて『作戦司令室』と書かれたドアを潜る。音も無く開いた自動ドアの先では待ち人が空間投影タブレットで何か作業中だった。
「悪い、ちょっと遅くなった」
「分かってる日直でしょ」
待たせ人、宇佐見美波は同級生。
たった二人の悪党は気安く挨拶を交わす。個人的な接触を経て半月程度の間柄だが出会ったばかりの敬語は消滅し、緩い友人関係よりは濃い関係性を築いていた。
何しろ雇用主と雇われ、人類に喧嘩を売った詐称宇宙人とその配下なのだから。
彼らのデビュー戦、国際都市ユートピアン襲撃より2日。
世間の話題は『謎の筋肉男が世界に向けて宣戦布告した』一件で埋め尽くされていた。
「名乗って上げたのに謎のヴィランだって」
「メディアも『マッスルラビット』なんて書きたくないんだろ」
「分かり易さを優先したのにー」
悪の女王は年齢相応なふくれっ面をした。
彼女こそが世界で話題のテロを仕掛けた張本人、月の女王を騙る地球人、GEの覚醒により天才を超えた神才を自称する危険人物にして人類の未来を憂う者である。
空間に灯るタブレットを操作しながら海苔煎餅を齧る姿には威厳の欠片もないが。
「それで、世界の反応はどんな感じだ?」
「概ね国内と変わらないわよ。見出しこそ『宇宙人襲来か?』と注目されてるけど中身は単なるテロ、ヴィラン犯罪扱い」
それも予想通りだけどね、と美波はタブレットを消す。
社会一般のニュースのみならず、美波は政府や情報機関、大企業から犯罪組織に至るまでの深部にハッキングをかけて見解を覗き見していた。
それらの総意は一致してどこかの組織、GE犯罪者によるテロであり、本気で宇宙人云々を騒ぎ立てているのは三流のゴシップとネット界隈の物好きくらいのものだ。
「そりゃそうだ、演じた本人も嘘臭いと思ってる」
「ラボを派手にぶっ壊したので無視はされてない、今はこれで充分でしょう」
「そこは無視どころか大騒ぎだろ、株価とか」
騒いだのは世間やメディアだけではない。世界情勢は軍事政治経済と連動する。政治的混乱は経済事情を大きく左右するのは言うまでもなく、ユートピアンのテロ事件も市場チャートを揺り動かした。
世界的企業ウサミ・テクノラボの株価大暴落の形で。
「ラボの損害は180億くらいだったかな。まあ必要経費よ必要経費」
「目も眩む損害に聞こえるんだが大丈夫なのか? ウサミ・テクノラボ」
「保険会社の担当は何人か青ざめてると思う」
「保険会社が哀れすぎる」
「でも保険会社ってお互いに保険かけてるからリスクは業界全体に分散してるのよ」
「へえ、上手いこと考えてるんだな」
「だから暫くは迷惑かけてもダメージ低いわよね」
「保険業界に厳しすぎる」
元より産業スパイやハッカークラッカー、工作員やヴィランが入り混じる最新鋭の研究都市。保険会社は高額の保険料で多種多様な契約を結ばせようと奔走し、何もなければ丸儲けできるシステム。時に痛い目を見て世に儲けを還元する機会があるのは喜ばしいことかもしれない。
「それにウサミ・テクノラボは来週エネルギー技術関連で新特許を発表するから株価は跳ね上がると思う。今のうちに比呂田くんも株買っておくとお得かも」
「インサイダー!」
余計な情報を頭から追い出す努力をする弘士。今の彼には株を大量に買い込む資金があるので誘惑を振り払うには邪悪に負けない強い心が必要なのだった。まして彼を潤した資金の出所もウサミ・テクノラボと無縁ではないので悪逆が過ぎた。
弘士が心の悪魔と戦っているのを知ってか知らずか、悪の少女は話題を変えた。
「来週といえば次の襲撃は来週を予定してるからよろしく」
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