ムーン03 冗談が五百倍以上に増える話

「わたしが宇宙の侵略者を代行し、人類に予習の機会を作ろうかと」

「なんて?」


 予習。

 学ぶ予定があることを事前に勉強しておくこと。


「本物の宇宙の危機と直面する前にわたしが超科学を駆使して宇宙人のフリをしつつ、人類全体に恐怖を刻み込んでおけばいいと思ったわけです」

「なるほど?」

「設定は一切交渉をする気のない月の知的生命体を想定しています。我らの月に踏み入ろうとする愚かな地球人よ身の程を知れ、みたいな感じですね」

「なるほど?」

「それで先手必勝とばかりに宣戦布告しつつ破壊活動に打って出て」

「よし、ヤバいことを考えてるのだけは理解した」


 弘士はツッコミを放棄して美波の語る大前提をどうにか飲み込んだ。しかしそこからまた随分と飛躍した結論を出してきたので慌ててストップをかける。彼女の発言を軽くまとめると、


「甘く採点してもテロを企んでるよな?」

「民間人の被害は可能な限り避ける手段を用意してあるので安心してください」

「軍人の命が危ない」

「現代兵器の無力化は容易なので主な戦闘対象はGE、ヒーローやヴィラン相手を想定しています」

「なんという的確で狂った判断なんだ」


 結論に飛びつくとの自己評価は正しいのだろう、美波は相当に先のことまで考えて計画を立て、その最終段階に彼をスカウトしたらしい。

 彼女の正気を疑う言動はワープ装置ひとつで超技術の裏づけを感じさせるのがまた怖い。そのため弘士の口から飛び出たのはそんなの無理だろうというより他に手段はないのかという詰問になる。


「そんな無茶よりも堅実な方法はあるだろ、例えば政府にGEで天才になった証明をした上で外宇宙進出の危険性を訴えるだとかさ」

「それも考えたんですけど……」


 地球の人口が110億を超えた頃からヒトの命は軽い世相となった。

 政治的主張と称するテロや暴動が日常化し、鎮圧にヒーローが出張る世の中となった。平和な島国でも銃規制がかなり緩やかな現代、それでも暴力的手段は如何なものかと弘士の常識的平和的な提案に天才を超えた神才は苦虫を噛み潰して残さず飲み干したような顔をした。それはそれは苦味たっぷりな表情だ。

 ただそれは嫌なこったと頭ごなしな否定ではなく、


「例えばわたしがわたしのGEを証明して政府や組織を頼るとですね、そのまま監禁されて発明に一生を捧げることを強いられる確率が240%」

「なんて?」


 漫画アニメや映画で見たことのある展開、犯罪組織に麻薬や武器、贋金などを作れと強要される系の話だ。そこから密かに開発した兵器を使って悪漢を薙ぎ払う脱出アクション系もあるが、いずれにせよ碌でもない運命なのは違いない。

 まして政府や巨大組織相手だと笑える要素が皆無すぎて顔も引きつろうというもの。


「……なんで100%を超えてるんだ?」

「他の組織とわたしの争奪戦になるからです」

「救いが無い!」


 世の中は綺麗事だけで動いていないのを突きつけられた弘士も同じ顔になった。

 言われてみれば確かに、彼女のワープ装置ひとつとっても現代では革命的、流通や距離の常識を根底から破壊する発明品だ。転移先に爆弾のひとつも送り込めばテロし放題、こんなものを開発できる人間を独り占めしたくないわけがない。


「宇宙への本格進出はわたしが老衰した先、何もしないで暮らす手もあるのは分かってるんですけど、予想しちゃったからには無視できないのが天才を超えた神才」

「自信が凄い」

「後は人類発展の先は滅亡なのが、わたしにはちょっと耐え難くて」


 なるほど、動機だけは少しだけ理解できた。

 彼女は科学の申し子、正しく能力を発揮できる世界なら科学で世界を変革できる器、宇宙時代に突入しようとする人類の発展に大きく寄与できる存在だ。なのにそれをできる段階に世界は達していない。

 我欲が先走る世界では、彼女の能力は争いを生む劇薬でしかないのを本人も理解しているのだ。

 ならばせめて役に立てる方法は、と。


「……宇宙人を装って世界に喧嘩を売るのは分かった。でもどうしてその話に俺を誘っているのか、これが未だに分からない」

「わたしの計画は、人類全体を慎重かつ謙虚にするようなものです」


 謙虚、自信の凄い少女が口にするとどのツラと思ってしまう単語だがあえて突っ込まずにおく。


「でも今の人類には人類を超えたと自称する人達がいますよね」


 やっぱり君のことじゃないかと口にしない自制心を弘士は持っていた。彼はとても我慢強い。


「GE、人を超える存在を期待されたにもかかわらず人でしかなかった能力者たち──ええ、わたしも含まれますから我慢しなくていいです」

「ぶはッ」

「GEは人類の可能性を広げた存在です。やがて地球を巣立ち、宇宙に進出する人類に適応した進化系と期待されたわたし達は、現状ただの騒乱と混乱の元にしかなっていません」


 災害現場で役立ち評価される例などは稀、旧人類と新人類の対立、差別意識と劣等感、優越心と疎外感、そういった意識が狭い地球の中で蔓延している。

 人類が漕ぎ出そうとしているのは無限に広がる宇宙の海だというのに。


「宇宙規模で見ればGEもただの人、ええ、ちょっと風変わりな特技を持った人間でしかないと自他に認めさせる必要がある。そのための強大なる敵、人類では強い方に分類されるヒーローやヴィランを楽々と薙ぎ払う宇宙人が必要なんです」


 広大な宇宙の前には個々の力など等しく塵芥でしかないことを刻み付けるために。

 ガッシ、美波は弘士の両手を握り締め、


「やがて妥協し、身の程を知り、強大なる宇宙に立ち向かう決断を選択できる。そうなれるためにあなたに協力して欲しいんです、比呂田弘士さん」

「……盛り上がってるところ悪いんだけど」

「はい?」

「俺はGEでもなんでも無いんだが」


 自分が何故こんな変人に見込まれ巻き込まれたのか、弘士が最後の最後まで理解できなかった理由がこれ。

 彼は凡人、GEでもなんでもない普通の金欠高校生なのだ。彼女の馬鹿げた壮大な人類啓発テロ計画にいっちょ噛みする余地などないはずなのに。


「大丈夫です」

「結論を言うな経緯を言え」

「わたしが何故あなたの高校に転校してきたかと言いますと」

「嫌な予感がする」

「わたしの開発した潜在的GE探知機であなたを見つけたからで」

「なんて?」

「わたしの開発したGE覚醒機があればあなたも今日からGEです」

「なんて?」

「自分の脳を調べまくった結果、素質ある人を探し出し覚醒させるくらいの技術は確立させました」


 とてつもなくヤバいことを聞いた気がする。

 彼女の言葉が事実なら、彼女は『GEに覚醒できる人間を識別可能で』かつ『GEを人為的に覚醒させられる』ことになる。

 そんな出鱈目な、とも思うがワープ装置が科学力を保証してくる。フフフ怖い。


「君はとてつもなく危険人物では?」

「バレると世界が競ってわたしを手に入れたがる程度には」

「説得力が凄い」

「補足すると、どんなGEに覚醒するかも把握できます」

「説得力が凄い……!」


 これは人前にお出しできない。

 美波が安易に政府組織を頼れない事実を積み上げられ、穏便な提案が不可能に近いことに気付いてしまう弘士。二の句を告げない彼に対して説明したがりは


「あなたの潜在GEは『完全同期』。わたしの発明品とリンクして100%以上使いこなしてくれる人材を探し見つけたのがあなたなんです、比呂田弘士さん」

「……発明者の君は使いこなせないのか?」

「GEは覚醒すると肉体も強化される人がほとんどで、ヒーローやヴィランはそれで超人的な活動をしていますが、わたしは頭でっかち特化だったせいか肉体は貧弱なままなので尖兵やるには力不足なんですよ」

「そうでもないように見えるんだが」

「そういう意味ではないです」


 美波は胸元を抱きしめて身を守った、防御力が上がった。

 ともかく、ひ弱な自分に代わって悪の尖兵役を弘士にやってもらいたいというわけだ。これでほぼ全ての事情は明らかになった。

 ──しかし弘士が引き受けるとは限らない。


「いや、でも俺にも生活が」

「分かっています」


 天才を超えた神才はペコリと頭を下げる。常人より優れた自負と自信がある割に美波は他人に謝罪できるのだ。

 でも何を謝ったかと言うと


「すみません、協力を仰ぐ方の生活環境は調べています。比呂田さんが苦学生でいらっしゃることも把握済みです」

「やだ、個人情報を探るなんていやらしい」

「さっきの目線とチャラにしてください」

「やだ、とってもしたたか」


 まあ隠すほどでもないのだが、わざわざ言いふらすことでもない話だ。

 血縁者も不明な捨て子に後見人などいないので政府の補助金だけで暮らすのはしんどい、それだけのこと。


「でも知ってるなら話は早い。悪いけど君の壮大な計画に付き合ってる時間は」

「お給金を払います」

「なんて?」

「こう見えてお金持ちですよわたし。ウサミ・テクノラボの最高顧問で開発主任、色んな特許持ちですから」

「なんて?」

「言ったでしょ、GEに目覚める前から天才だったって」


 エヘンと結構なお点前の胸を張る美波。

 ウサミ・テクノラボといえば世界に知られた大企業。特に先進的エネルギー分野では最先端を行くトップ企業でありユートピアンの二大事業、軌道エレベーターと月面都市建設計画にも多大なる貢献をしていたはずだ。


「計画は5年を目安にしています。わたしが与えるのは人類団結のきっかけ、有事の際に妥協できる組織が組める相手を見繕って協力体制を敷いた前例を作れればひとまず満足するつもりです」


 地球の危機に人類は国家の垣根を取り払い、一致団結して苦難に立ち向かう。

 昔ながらの王道にしてご都合展開を彼女は期待していないらしい、組める相手を選んでそこそこの集団をいくつか形成してくれればいいかな、ちょうど今の三大連のように──という視点。


「ところどころ冷めてるなあ」

「ヒトの集団を信じられていればこうして暗躍する必要もなかったりしますから」

「ごもっとも」

「それでどうでしょう、年棒はお幾らくらいお支払いすれば」

「……5年契約ね、じゃあ5億って感じでどうかな」


 無論冗談である。

 年棒という表現がプロ野球っぽかったので1億円プレイヤーから浮かんだ金額。だから5年で5億、お断りするのに我ながら子供っぽいジョークだと弘士は笑い、


「じゃあそれで」

「なんて?」

「年5億ドルの5年契約で25億ドル、ボーナスは出来高ということで」

「なんて?」


 円のつもりの提案がドルに換算された。国際的大企業の重役ならそういった計算になるのかもしれないが今ドルって何円相当だったか、百円は悠々超えてたような──


「こちらのカードをお渡ししておきます。世界銀行のブラックカードで300億くらい入ってます。名義変更は今しました、暗証番号は」

「待って待って待って」


 彼が天才との金銭感覚のズレに目が眩む間、トントン拍子に話が進められていく。これはまずい、まずいと押し留める。これがおそらく最後の機会、ラストチャンス。


「あ、そういえばもうひとつの解決策を考えたはしたんです。地球全体にサイコウェーブを発信して人類を共振、群体としての協調性を植えつける計画。あまり人道的じゃない気もするのですがさっきの計画がダメなら」

「協力するからそっちは却下でお願いします」


 今更冗談だとも言えず、言うと人類が根底から作り変えられる気がした少年、比呂田弘士はGEに覚醒した挙句天才を超えた神才の片棒を担ぐことになったのである。

 契約金は25億ドルプラスアルファ。

 これを羨ましく思うかは人それぞれだろう。


******

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