ムーン02 はじまりは土下座と共に

 ボーイミーツガールという概念がある。

 少年と少女が劇的に出会うことで始まる物語の通称だ。


 ならば平凡な高校生男子がコンビニに足を運ぼうと自室のアパートを出た途端。

 同級生の少女が土下座している姿に直面するのもその類に入るのだろう。


「……え、その、え、なに?」

「なにとぞ、なにとぞお話を……!」


 困惑する少年の名は比呂田弘士ひろた・ひろし、土下座している少女の名は宇佐見美波うさみ・みなみ

 格好はつかないが確かにこの時、物語は始まったのである。

 後に『ミラームーン事件』と呼ばれる人類と月来人との壮絶なる戦い──と認識される大いなる茶番劇が。


******


 突然の非日常、未知との遭遇に弘士は出かけるのを取りやめて少女を自室に引き入れた。風聞悪い様子は誰にも目撃されなかったことを祈るしかない。

 あまりの光景に面を食らったが、プライベート空間で一応の落ち着きを取り戻した弘士は少女に見覚えがあることに気付く。

 手入れが大変そうな長い黒髪にどんぐり眼、下がり眉で人の良さが滲み出てるようなおっとり系の顔つきは、


「確か……宇佐見さん、だっけ。先週転校してきた」

「はいッ、わたしは宇佐見美波と申しますッ」


 美波はおとなしげな外見に反した様子で頷く。

 5月初旬、黄金週間明けという半端な時期に転校してきた同級生。彼にはナンパ師の才能は無く、また特に接点もなかったので二言三言会話したことがあるかも怪しい関係の少女。そんな相手に押しかけられる理由も、土下座される謂れもまるで思い当たらないのだが、はて。


「実はそのッ、比呂田さんにどうしても頼みたいことがございましてッ」

「はあ」


 困惑しきりの弘士が何か言葉を発するよりも早く、訪問者が用件を切り出した。よく知らない同級生から意気込んで何かを頼まれる覚えの全くない弘士は戸惑いを維持したまま先を促す。


「どうか、どうか──わたしの率いる悪の尖兵になってくれませんかッ!」

「……あくのせんぺい?」


 あまり聞き慣れない言葉が意味を掴みかねた。漢字が想像できない文字列は往々にしてそうなりがちだ。


「えっと、先陣切って戦う悪い奴、という意味です」

「ああ、そういう……なんて?」


 なんて?

 この一言には彼が人生で発した疑問符の中で最高の密度を有していた。

 わたしの率いるって何を?悪って何を悪いことするつもりで?尖兵ってことは軍団でも作るってことかな?これって悪事へのお誘い?詐欺の受け子か何か?いやそもそもどうして俺がそんな誘いを受けて


「す、すみません。もっと順番を追って説明するべきでしたね。どうも結論に飛びついちゃう癖がついてしまって」

「な、るほど……?」


 弘士の疑問符百面相に自身の拙速を感じたのか、美波はペコペコと頭を下げる。どこか小動物っぽい仕草なのは可愛らしいのだが、弘士はどうにも得体の知れなさを彼女に感じつつあった。

 しかし残念なことに彼女は癖を自覚しても矯正は出来ていないらしい。美波は疑問符覚めやらぬ弘士の手を握り、


「では場所を変えてご説明します。その方が色々分かり易いと思うので」

「あ、あのちょっと?」

「『リターンホーム』」


 少年らしい動揺に頓着することなく謎ワードを紡いだ瞬間。

 風景が壊れたテレビ画面のように歪み、気が付けば弘士は見知らぬ一室に居たのだった。


******


 少女に手を握られたと思ったら、そこは狭いアパートの一室ではなく広い部屋だった。縦長で、豪華な彫刻や柱が並び、真正面に玉座がある感じの。

 あえて彼が部屋に名前を付けるなら『謁見室』とかになるだろうか。


「ここはどこ?」

「一言でいえば秘密基地です」

「なんて?」

「リターンホーム、基地に座標を固定した転送装置──テレポートとかワープとか分かりますか? そういうので移動しました」

「なんて?」


 疑問を解消しきる前に新たな疑問を植えつけないでくれないか、そんな思いを篭めた「なんて?」の二度打ちである。少女に通じるだろうか。

 とりあえず弘士は頬をつねり、部屋のあちこちを触りまくり、これが現実であることを認めた。しかしそうなると自分は今ワープを体験したことになる……ワープ、SFの漫画やアニメでしか見かけない言葉。世界が宇宙進出に動く時代、科学進歩が著しい時代だが少なくとも現実に実用化されたという話は聞いたことがない。


「なんでワープ?」

「あると便利なのでわたしが開発しました」

「なんて?」

「ああ、そこから説明しないと意味不明ですよね、すみません」


 ぺこりと頭を下げた小動物少女は初めの一歩として大前提を話す。


「わたし、GEなんです。頭が良くなる系の」

「……なるほ、ど?」


 GE、一言でいえば超能力者のことだ。

 世界が超能力の存在を認めたのは半世紀ほど前。あらゆる科学者の前で己の力、念力発火能力を証明した『最初のGE』グレッグ・エルトマンは「私は神の奇跡の体現者だ」との意味合いからGE、God's Effecterと自らを命名した。

 以降様々な能力を有したGEが世界で確認され始め、人類の新たな可能性・能力を獲得した進化系としての期待と希望を背負わされたのだが。

 結局GEも只の人だった。

 ただ生まれついて能力を得ていただけの人間、高潔も低俗も人と変わらず持ち合わせ、己の欲に使う者と抑止に回る者に分かれた。前者はヴィラン、後者はヒーローと呼ばれて現代に至る。


「元から天才だったわたしはGEの影響で『天才を超えた神才』になってしまったのですが」

「自信が凄い」

「そのせいで気付いてしまったんです、このままだと人類は滅亡しそうだなって」

「なんて?」


 またもや彼女は悪い癖を発揮して結論を出してしまった。いかんいかんと己の頬を叩き、改めてそう思うに至った経緯を彼女なりに話し出す。

 

「えっとですね、地球人類は結構バラバラに生きてますよね。国とか組織とか」

「そりゃまあ統一国家なんて夢のまた夢の話だしなあ」


 宇宙開発の最先端、世界が一致して資産と技術を結集した夢の都市ユートピアンも理想とはかけ離れ、各勢力の諍いが絶えないことは良く知られている。

 競争が人類を発展させたとはいえ、もうちょっと仲良くできないものか。


「そんなバラけたままの人類がこのまま外宇宙を目指しても大丈夫なのかと愚考しまして」

「スケールのでかい話だ」

「天才を超えた神才のわたしが演算した結果、人類が滅亡する率98%」

「なんて?」

「外宇宙のどこかで地球外生命体と接触するのが原因ですかね」

「なんて?」


 宇宙を目指す目標を同じくしながら、結束しない人類はバラバラのまま宇宙に出ることになる。無計画に、無軌道に未開の地を進む結果、彼女の頭脳はどこかで必ず他の知的生命体と接触すると予想した。


「その場合、地球人類が喧嘩を売る確率は42%」

「半分弱か、高くて笑えない」

「地球外生命体から喧嘩を売られる確率は57%」

「半分超えてる!?」

「これは相手が人類と価値観が似ているとは限らないからです。動物とか昆虫のような生態だと縄張りに入るイコール攻撃対象ですし、戦闘民族や狩猟民族、侵略国家のような種もいるでしょう。一度衝突すればやったやられたで戦火拡大」


 接触相手が星から飛び立てない未開人や動物なら負けることはない。しかし相手が地球人類と同等以上の科学を駆使する、宇宙を移動できる生命体だった場合。

 宇宙戦争ファイッ、の憂き目を見る羽目になる。


「無計画の無秩序、早い者勝ちに宇宙進出をした場合、分かたれた量だけ火種の生まれる確率は高まります」

「下手な鉄砲も数撃てば火薬庫に当たるってことか」

「なので報連相を確立し、全体を取りまとめ、計画的に安全を確保、慎重に事を運べる体制を構築した上でなければ宇宙進出自体が火種になるとの結論に至りました」


 一介の高校生が考えるスケールの話ではないとも思ったが、天才ならそういうこともあるのだろうと弘士は大前提を飲み込む。そうしないといつまでも本題に入ってくれない気がしたからだ。


「それで、天才の宇佐見さんは何をしたくて俺に土下座を?」

「天才を超えた神才は考えました。人類が宇宙の危険を甘く見ているのなら」


 宇佐見美波はビシッと己を親指で指し示し、


「わたしが宇宙の侵略者を代行し、人類に予習の機会を作ろうかと」

「なんて?」

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