リハーサル、宇宙の侵略者

真尋 真浜

ムーン01 その名はミラームーン


 何事も最初が肝心だ。

 第一印象がその後の社会的立場を決定し、人間関係を大きく左右するのは言うまでもない。それは高校デビューでも舞踏会デビューでも変わらない真理。


 勿論、それは侵略者の世界デビューでも。


******


 五月某日某所。

 若い男女が計画開始のカウントダウンを始める中で段取りを確認していた。


「比呂田くん、念のため繰り返すわよ。まず最初に──」

「都市の真上、上空千メートル地点に転送だろ」

「うん、そこで馬鹿演説をしてもらうから」

「バカって言うなよ、やる前から恥ずかしくなるだろ」


 口調としては文化祭の舞台挨拶を予行演習しているような雰囲気。比呂田と呼ばれた少年は装備をつけた姿で相方の少女に愚痴を零す。実際子供じみた内容を大勢の前で披露する羽目になるわけで、恥ずかしいことこの上ない。


「録音でも良かったけど身振り手振りが嘘っぽくなるしね。カンペはあるから頑張って」

「他人事のように」

「そこからは南東のウサミ・テクノラボに突撃、メインコンピュータのナノチップを強奪、撤収すること」

「本当にいいのかよ、宇佐見。そこはお前んちの会社だろ」

「だって軌道エレベーターも月都市計画もうちの会社がエネルギー分野で貢献してるんだもん。襲わないと不自然だしどうせなら最初にクリアしとこうと思って」


 事前の打ち合わせで何度も確認したことを未だ心配する相方に対し、宇佐見と呼ばれた少女はモニターの中で肩を竦めた。ただし深刻さは欠片もない、ホームコメディのやれやれ仕草である。


「第3ラボは無人の計算ルームだから派手にぶっ壊しても問題無し。デビュー戦は景気良くやらないと」

「派手すぎる。天才のスケールは分からんなあ」

「天才じゃないよ、天才を超えた神才だよ」


 チッチッチッと指を振る彼女は天才を超えた神才を自称する、それはおそらく事実だと比呂田は受け入れていた。だからこそこんな馬鹿げたことを考案し、表沙汰にならない資産を運用し、実行できるまでの戦力を整えたのだ。

 まさかそこに自分が組み込まれると彼は思っていなかったが。


「じゃあそろそろ始めるけど」

「おう、ちょいと道化をしてくるわ」

「転送開始前5、4、3、2、1──グッドラック!」


 宇佐見少女は親指立てて転送スイッチを押す。眩い光に照らされて比呂田少年は身につけた戦闘装備ごと空間を跳躍した。

 転送座標はユートピアン。

 国際開発都市ユートピアン直上である。


******

 

 人工島にして国際開発都市ユートピアン。

 太平洋上の赤道直下、メガフロートに建設された最先端都市。あらゆる国家の垣根を超えて最先端技術を研究開発するために用意された研究都市だ。

 世界三大国家連、環状諸国連合・大華ユーロシア連盟・インダスナイルバビロニア集連が中心となり出資、完成させた箱庭。

 先駆けとなるのは二大プロジェクト、軌道エレベーターの建設と月都市建設計画に用いる地球・月間の往復運用を見込んだ大型航行シャトルの建造。

 世界中の頭脳が手を取り合い、この困難な事業を成功させるために協力し合う──というのが理想だったが現実は厳しい。

 理想の箱庭は産業スパイが跋扈し、生き馬の目を引き抜いて己の利益を追求する『どこにでもある競争社会の縮図』に成り下がっていた。既に民衆の心がバラバラの中で空しく積み上がるバビロンの塔めいた軌道エレベーターも完成の暁には誰が占有するか争う日々を誰もが予感していた中。


 それは起こった。


「ユートピアン上空に未確認浮遊物を感知」

「またか、どこの国だ」


 ドローン対策室のレーダーに怪しげな物体が感知された。産業スパイの暗躍が激しいユートピアンでは所属不明のドローンが破壊工作や妨害行為、送信データの傍受に利用されることは日常茶飯事。都市運営局の下で監視と対策は強化されているが収まる気配は全くない。


「彼らに出動要請は?」

「要らんだろ、どうせどこかのドローンだ」

「撃ち落とし許可発行、今回は横槍無しですね」

「三大連のスパイじゃないってことか。まあいい、処分実行」


 世界最高水準の迎撃ドローンが不審飛行物体をターゲッティング、後は引き金を引くだけの段になって現場のスタッフが制止の声を上げる。

 モニターに映ったのは見慣れた平べったい飛行機械ではなく、


「ま、待て、何かおかしいぞ!?」

「ドローンじゃありません! あれはまるで」


 ドローン対策室の職員たちが見たのは人らしきシルエットをした何かだった。

 あれは何だ、鳥か、飛行機か、と彼らが確認に急ぐよりも早く。


『ハッハッハッハッ!!』


 割り込んだのは高笑い、映り込んだのは謎の人影シルエット。

 後に人々は知った。

 その時その瞬間、世界中のテレビモニタ、ラジオ、ネット環境といったあらゆるメディアはジャックされ、世界同時中継の媒体と化していたことを。

 繋がった世界環境を独占したのは空に浮く一人の男。


『やあやあ地球人類の諸君、遠からん者は音に聴け、近くば寄りて目にも見よ』


 朗々と歌い上げるが如く陶酔めいた言葉が世界に走る。誰が操作しているのか、ドローン対策室の迎撃ドローンが謎の男をあらゆる角度から撮影する。

 己の肉体を誇示するような全身タイツに金属製のマスクで顔を隠した古のヒーロースタイル、唯一のチャームポイントは頭につけたバニーガールめいた付け耳。


「ぶっふ」


 どこかで誰かが笑ったのは仕方ない。なんだこの道化は、どこのバカだと思ったのも無理らしからぬ話だ。見ただけではただのふざけた変態にしか見えないのだから。

 世界のあちこちで発生する笑いの衝動を男は知らぬ顔で、


『諸君らは愚かな地球人類の分際で、我らの領地を侵そうとしている。我らが女王陛下は其れを由とせず、諸君らに身の程を弁えさせろとおっしゃった』


 やれやれ嘆かわしい、大袈裟な身振り手振りで道化は人類の無礼さを糾弾。

 その上で幼い人類に対し、宣戦布告を行った。


『我輩はマッスルラビット、月来人げつらいとが住まう月の鏡界ミラームーンを治めしマッドバニー陛下の忠実なるしもべにして、諸君らに灸を据える者だ』


 世界中の耳目を集めた道化の演説は終わり、続いてショーが始まる。

 空に浮いていたマッスルラビットは急降下を始める。ドローンのカメラが追いつけない速度、自由落下を超える加速で墜進したのは南東に位置する巨大企業の敷地内。

 ユートピアンの重要企業、ウサミ・テクノラボの一角だ。


『マスラビィ、メテオォォ、ダウンンンンン!!』


 地表で大爆発が起こる。まるで隕石が落ちたような衝撃は人ひとりの重量では成し得ない破壊をもたらした。大型研究棟の一角が粉砕された後、立ち上る炎と巻き起こる噴煙を背景にひとつの影が屹立、ウサ耳が爆風に揺れる。


『ハッハッハッハッ、邪魔するぞ地球人類! それとも留守かね?』


 無人の荒野を往くが如く、実際人気のない研究棟の廃墟をゆったりと闊歩するマッスルラビットはコンピュータルームだった場所に到達。メテオダウンの衝撃は居並んだ量子コンピュータの大半を鉄くずに変えていたが、一際大きな柱状の演算機はまだ偉容を保っていた。


『ふむ、これがよかろう』


 筋肉兎は無造作に腕を突き出し、演算機の集積回路を引き千切る。重要パーツをもぎ取られた機械は断末魔のような異音を立てて停止した。


『地球人類よ』


 遅れて追いすがったドローンの一機に兎の尖兵は語りかける。


『今日はほんの挨拶代わりだ。諸君らが身の程を弁えれば女王陛下も砂場遊びに目こぼし下さるだろう。だがそうでなければ』


 地球上での活動を砂場遊びと揶揄した道化兎は含みを持たせた言葉を残し、光に包まれ消失した。数多くのドローンが彼を撮影する中で忽然と姿を晦ませたのだ。

 まるで出来の悪い映画の幕切れ、フィルムが切れて上映中止になったかのような唐突な終焉は夢まぼろしでも見ていたかのような。

 だがしかし、後に世界中のメディアが前代未聞のテロ事件を報じることで地球人類は知ることになった。

 白昼の悪夢は現実に、僅か数分の間に起こった事件だったのだと。


 国際テロ組織、否、月軌道広域テロ組織ミラームーン。

 人類が接触した初の地球外生命体によるテロ事件、或いは侵略行為と歴史に刻まれる最初の事件。

 これが全くの騙りであることを知る者は二人しかいない。


******


「お疲れ様、比呂田くん」

「お褒めに預かり光栄にございますことよ、女王陛下」

「でも今回はあくまでお披露目、彼らが出張ってくる次からが本番よ」

「分かってる。次からは飛んでくるんだろうな」


「ヒーローたちが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年11月30日 14:22

リハーサル、宇宙の侵略者 真尋 真浜 @Latipac_F

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画