第八話 祟り神が食べるのは

 里子が話し終えると、祟り神は腕組みをしながら満足そうにうんうん頷いた。


「ふーん、なるほど。この飴にはそんな由来があったんだね」


「そうよ。もちろんこの飴は物語で実際に出てきたものではなくて、エドが考案した製法によって再現された模造品。でも味は同じだし、ひょっとしたら何か特別な力だって宿っているかもしれない」


「それを確かめるには実際に食べてみるしかない。そういうことか」


「その通り。どう? 私なんかを食べるよりずっと面白そうでしょ?」


 里子はそう言いながら祟り神に笑い掛けて見せたが、内心では心臓が破裂しそうなほどバクバク言っていた。


 危なかった。

 一時はどうなるかと思ったが、なんとか物語をいい感じに着地させることができた。


 これならこの飴がただの飴でもなんら問題無いし、ありがたいことに祟り神も好意的に解釈してくれているように見える。

 あとは、里子の代わりにこの飴を食べたい、と祟り神が考えてくれたら成功なのだが……。


 里子は祟り神の様子を窺った。

 祟り神は黙ったままじっと里子の両手に盛られた飴玉を見つめている。


 里子も祟り神も何も言わず、辺りには静寂が広がった。

 それはほんの十数秒程度の出来事だった。

 しかしこの時の里子にとっては、何分にも何時間にも思える重苦しい沈黙に感じられた。


 ゴクリ、と無意識に喉を鳴らす。


 すると不意に祟り神がパンと手を叩いた。

 そして言った。


「よし、いいだろう。君の願いを叶えよう」


「え?」


「君のことは喰わない。その飴を君の身代わりと認めよう。それに君の度胸にも敬意を表しないとね。即席にしては中々面白い話だったし、その才能をここで潰してしまうのは惜しいしね」


「じゃ、じゃあ私、助かるのね……」


 里子はへなへなと頭を垂れた。

 祟り神はおかしそうに笑う。


「いやあ、久し振りに人間と話せて楽しかったよ。君さえ良かったらまたここへ来て物語を聞かせてくれないかな」


「ごめんなさい、さすがにそれはお断りさせてもらうわ。こんな思いするの、もうこりごり……」


「そうか、それは残念だ。……さて、では今回の取り引きをさっさと済ませてしまおう。飴玉をこちらへ渡してくれるかな」


 祟り神が両手を差し出してくる。

 里子は言われるまま、そこへ飴玉を流し込んだ。


 すると突然里子の視界がぼやけ始めた。

 謎の眩暈と睡魔が襲ってくる。

 立っていられなくなり、里子はその場に突っ伏した。


「最後に警告をしてあげよう。言い伝えというやつには素直に従って、危険だとされている場所へは不用意に近付かないことだ。僕のように物分かりのいい神ばかりとは限らないからね」


 祟り神のそんな言葉を最後に里子は意識を失った。



 ※ ※ ※



 目が覚めた時、里子は森の入り口で倒れていた。


 遠くからカラスの鳴き声が聞こえる。

 空は茜色に染まっていた。

 家を出たのは昼過ぎのはずだったのに、もうすっかり夕方だ。


「私、ここで寝てたの? じゃああれは夢だったのかな……」


 里子は呟いた。

 しかしふと思い出し、急いで小物入れを開けた。


「……無い」


 中に入れていたはずの飴玉が一つ残らず無くなっている。

 それじゃあやっぱり、あれは夢なんかじゃなかったんだ。


 そのとき微かな風が吹き抜けた。

 草木が揺れ、森全体がザワザワと音を立てる。


 里子は小さく悲鳴を上げると祖父母の家へと慌てて駆け出した。

 森の奥から誰かの笑い声が聞こえたような気がした。

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祟り神は情報を食べる 鈴木空論 @sample_kaku

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