第七話 運命の飴玉(4)
宴が終わった次の日。
村人たちは野盗を追い払うことができたという興奮もすっかり治まり冷静になっていた……というか、戦々恐々としていた。
何しろ、野盗たちを追い払えたといってもほとんどエドの飴玉のお陰で見逃してもらえただけなのだ。
野盗たちの気まぐれで、再びこの村を襲いに来ないとも限らない。
いや、前回の襲撃でこの村にそれなりの蓄えがあることは知られてしまったのだ。
間違いなく近いうちにまたやって来るに違いない。
村人たちは広場に見張り用の高台を建てたり、農具を改造して武器や罠を作ったり、いつでも逃げられるように必要最低限の荷物をまとめたりと野盗に備えて様々な準備をした。
エドももしもの時の役に立つかとしれないと考え、自分が磨いた投擲の技術を他の村人たちに教えたりした。
しかし、ひと月ほど過ぎても野盗は現れなかった。
村人たちは不思議に思った。
そしてその理由が判明したのはそれからさらにひと月過ぎたある日のことだった。
「あの野盗どもかい? あいつらなら全員死んだよ」
そう言ったのは、村を訪ねてきた馴染みの行商人だった。
エドを含めた村人たちは皆驚き、詳しい話を聞きたがった。
「全員死んだって、一体何があったんだい? ようやく国の兵隊さんたちが動いてくれて、縛り首にでもしてくれたのかい?」
「いや、どうもそうじゃないらしい。ワシも実際この目で見たわけじゃなく人から聞いただけなんだが、奴ら、自分たちのアジトで仲間割れを起こして一人残らず死んでしまったそうなんだよ」
「仲間割れだって?」
さらに詳しい話を聞いてみると、野盗たちは一つの部屋の中で全員血まみれで死んでいたらしい。
死因はどれも刃物によって刺されたことによるもの。
そしてそれぞれの腕にはそれぞれの致命傷と合致するナイフや剣が握られていた。
どう見ても勝手に殺し合いを初めて勝手に全滅したとしか思えない状況だったのだという。
「しかしどうしてそんなことになったんだ?」
「そんなのワシだって知らんよ。まあ荒くれ者の集まりだったらしいからな、何かの切っ掛けで争いになって歯止めが効かなくなったとかじゃないのかね。――そうそう、おかしな事といえばな、野盗たちが死んでいたという部屋の真ん中に小さなテーブルがあったらしいんだが、その上には飴玉がいくつか入った小さな袋だけが置いてあったらしい」
「……なんだって?」
「そのテーブルというのがおかしなものでね。野盗たちは相当な大立ち回りをやったらしくて部屋の中は窓は割れるわ他の家具は傷だらけだったり倒れていたりと荒れ放題の状態だったそうなんだが、そのテーブルの周りだけは全くの無傷だったんだそうだ。まるでそこだけが聖域か何かのようにね」
エドは野盗に奪われた『運命の飴玉』のことを思い出していた。
ひょっとして野盗たちはあの飴玉を巡って争いになったのではないか。
魔法使いだと名乗った老人の言葉を思い出す。
『……そうそう、忠告を一つ。その飴のことは誰にも教えないほうがいいでしょう。人間とは欲深い生き物です。もし話してしまえば、余計な諍いの火種にもなりかねませんからね』
エドは尋ねた。
「その袋に入っていたという飴玉がどうなったのかは分かるか?」
「野盗たちが蓄えていたものは全て国の役人が持っていったよ。捕まっていた女たちはそれぞれの集落に帰し、金銀財宝は被害を受けた各集落へ公平に分け与えたらしい。食い物に関してはその場で焼却処分したというから、多分その飴玉も灰になったんじゃないかな」
「そうか」
エドは落胆した。
どうやらあの飴玉はこの世から消えてしまったらしい。
しかし同時に何故かホッとしてもいた。
野盗たちはエドが三羽の鳥を一本の枝で打ち落とすのを見て本物の奇跡の飴だと信じたようだった。
しかし実を言うと、エドにとってあれは奇跡でも何でもなかった。
枝を投げる訓練を続けた結果、あの程度の軌道コントロールは意図的に出来るようになっていたからだ。
もちろん、鳥を三羽とも落とせたのはかなり運が良かったのだろうとは思うのだが。
結局、エドはあの飴玉が本当に奇跡を起こせる代物だったのかどうか、最後まで確信が持てないままだった。
いや、ひょっとしたらあの時起きた奇跡というのはエドが三羽の鳥を落としたことではなく野盗が村にほとんど被害を出さずに去ってくれたことだったのかもしれないが、それはそれでやはりエドには確かめようが無い。
しかしこれで良かったのかもしれない、とエドは思った。
もしも『運命の飴玉』が本当に奇跡の力を起こせると確信してしまっていたら、欲望に溺れて破滅していたのは野盗たちではなくエドの方だったかもしれないのだから。
野盗全滅の報を受けて村はすっかり平穏を取り戻した。
喉元過ぎれば恐怖も娯楽に変わり、野盗襲撃の際のエドの行動は一種の英雄譚として村での語り草になっている。
村の子供たちはエドに枝の投擲を見せてとせがみ、また魔法使いのお爺さんから貰った飴玉はどんな味だったの、と何度も聞いた。
そこで、エドは記憶を頼りに老人から貰ったものと同じ飴を作って子供たちに配ってやった。
子供たちは大喜び。
そして、その様子を偶然見かけた行商人がその飴に目を付け、エドに『運命の飴玉』として売り出さないかと持ち掛けた。
以来、『運命の飴玉』は村の特産品となり、現代でも味わうことができるという。
果たして、『運命の飴玉』とはどんな味なのか?
本当に奇跡を起こすことができるのか?
それは実際に口にした人にしかわからない。
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