第六話 運命の飴玉(3)
エドが山で枝投げの練習を始めてからしばらく経ったある日のこと。
家での仕事も終わり、そろそろまた山へ出掛けようとした矢先、突然表が騒がしくなった。
物が倒れる音、壊れる音。男や女の悲鳴のような叫び声。
何事かと外に出ると、見るからに荒くれ者といった姿の男たちが馬に乗って村人たちを追い回していた。
そのうちの一人がエドの方にもやってくる。状況も理解できないままエドは殴り飛ばされて気を失い、気が付くと縛られたまま村の広場に転がされていた。
「親分! これでこの村の連中は全部のようです」
「そうか、ご苦労だったな」
「やっぱこんなクソみてえな小さい村は駄目ですねえ。弱い奴しかいなくて腕慣らしにすらなりゃしねえ」
荒くれ者がエドを見下ろしながら下品に笑う。
エドと同じように他の村人たちも縛られた状態で広場に集められていた。
荒くれ物たちはそれを取り囲んで逃げられないようにしながら喋っている。
それらの会話から察するに、どうやらこの荒くれ物たちは最近この辺りを荒らし回っているという野盗の集団らしかった。
襲った集落の金品や食料、女などを根こそぎ奪い、民家には火を放ち、捕まえた人間は一人残らずいたぶりながら殺してしまうという恐ろしい連中である。
村人たちは相手の正体を知ると震えあがった。
その様子を見て野盗たちは嘲るようにニヤニヤ笑う。
そんな状況の中、エドは親分と呼ばれていた男に声を掛けた。
「なあお前さん方、俺はお前さん方が見たことも聞いたことも無いような凄い宝を持っているんだ。それをやるからこれ以上ここで暴れないでもらえないか」
「なんだと? こんなカスみたいな村にどんな物があるって言うんだ」
「魔法使いから貰った『運命の飴玉』さ」
エドは魔法使いを名乗る老人から飴玉を受け取った経緯や、その飴を食べて奇跡を起こしたこと――山鳥をただの枝で仕留めてしまったこと――を必死に話した。
あの飴は結局あれから一切手を付けず、戸棚の奥にしまい込んだままだったのだ。
こんな奴らにあの飴を渡すのは惜しい。
だが、自分たちが死んでしまっては元も子もないだろう。
野盗の親分はエドの話に興味を持ったようだった。
ただしその顔には、相手を小馬鹿にするような冷笑が浮かんでいた。
恐らくエドが助かりたいがために口から出まかせの嘘を言っていると考えたのだろう。
正直なところエドも親分がそんな反応になるのは理解していた。
なにしろエド自身、あの飴が本物かどうかは未だに半信半疑なのだ。
話している本人が疑っている上に、手に入れた経緯もお伽噺みたいな内容である。
信じろというのが無理な話だろう。
だが、親分はエドの話を聞き終えると言った。
「へえ、面白そうじゃねえか。そんな飴があるってんならこの村は見逃してやってもいいかもな」
「本当か?」
「ああ。ただしその飴が本物だったらな」
親分はエドに飴玉の場所を尋ねた。
そして部下に『運命の飴玉』が入った小袋を取って来させると、エドの縄を解き、小袋から飴玉を一つ取り出してエドの手に握らせた。
「さあ、早速そいつで奇跡を起こしてみせてくれよ。そうしたら信じてやるからよ」
親分の言葉に子分たちが腹を抱えて笑い出す。
やはり野盗たちはエドの話を信じたわけではなかったようだ。
これはただの余興だ。
奇跡を起こせると豪語したエドが失敗する様を見て笑い者にするつもりなのだろう。
もしかすると、助かるために嘘をついた見せしめとして殺されるかもしれない。
だが、何もしなければ結局殺されるのだ。
こうなったら飴玉を信じるしかない。
奇跡を起こしてみせて、野盗たちに村を出て行ってもらうのだ。
エドは飴玉を口に入れた。
それから少し離れた位置にある民家の屋根に目をやりながら言った。
「では先程話したのと同じことをやってみせよう。あそこにいる鳥を枝で仕留める」
民家の屋根には鳥が三羽止まっていた。
村でよく見る鳥である。
人慣れしているので山鳥ほど警戒心は強くないが、身体が小さいので難易度で言えば山鳥とそう大差ないだろう。
親分も屋根を見上げながら頷いた。
「あんなもん、弓でも狙うのは難しいな。それをただの枝で落とせるってんなら確かに奇跡に違えねえ。いいだろう、やってみてくれや」
親分が子分の一人にアゴで指示を出す。
子分は近くの木の枝を無造作に折ってエドに渡した。
エドは受け取った枝をさらに折って丁度いい形に整える。
それから身構えて鳥たちに狙いを定めた。
「わかってると思うが、俺たちに対して奇跡を起こすなんて大口を叩いて見せたんだ。もし失敗したらそれなりの責任は取ってもらうぜ?」
「ああ」
エドは頷いた。
そして野盗たちや村人たち全員が見守る中、屋根の上の鳥に向けて思い切り枝を投げた。
だが鳥たちは広場の異様な雰囲気を感じ取っていたらしい。
エドが枝を放ったのとほぼ同じタイミングでその場から飛び立ってしまった。
投げられた枝は何もない屋根の上を虚しく飛んで行く。
野盗たちが笑い出した。
「ギャハハ、仕留めるどころか掠りすらしねえじゃねえか!」
「こりゃここでのなぶり殺し第一号は決まったな!」
しかし。
エドが投げた枝はまるで意志を持ったかのようにぐるりと軌道を変え、鳥たちの後を追い始めた。
そして三羽の鳥のうち飛び立つのが遅れた一羽にぶつかった。
それを見た野盗たちは笑うのも忘れて目を丸くする。
だが、枝の奇妙な動きはそれで終わりではなかった。
一羽目の鳥を落とした枝は再び軌道を変え、二羽目の鳥の頭を叩いた。その反動でそれまで縦回転だった枝は横回転になり、弧を描いて三羽目の鳥の腹を打つ。
枝とともに三羽の鳥が落ちてくる。
ただし鳥たちは驚いただけで死んではいなかったらしい。
すぐに意識を取り戻すと、慌てた様子で再び飛び去って行った。
何の変哲もない木の枝で三羽の鳥を落とす。
まさに奇跡としか言いようがない。
エド以外のその場の全員が唖然としたまま地面に転がった枝を見つめていた。
「や、野郎ども、出発するぞ!」
沈黙を破るように親分が声を張り上げた。
随分興奮した様子で飴玉の小袋を強く握り締め、自分の馬のほうへと駆け出していく。
子分たちが慌ててその後を追った。
「親分、いきなりどうしたんです」
「ここでまだ何もしてねえじゃねえですか。一体どこへ行くって言うんです」
「お前らだって今の見ただろうが! この飴玉は本物だ。これさえありゃあどんな願いだって叶えられるんだ。だったらもうこんな村どうでもいいんだよ! これ以上こんな所で無駄な時間食っていられるか!」
「ま、待って下さい親分!」
「俺もその飴欲しいです!」
さっさと馬で駆け出す親分を見て、子分たちも慌てて自分たちの馬に跨りそれを追う。
激しい砂煙が治まったあと、村の広場には村人たちだけが残された。
エドは一人一人の縄を解いてやった。
飴玉は奪われてしまったが、村は野盗の襲撃から助かったのだ。
ひとまずはそれだけで十分だろう。
九死に一生を得た村人たちは互いの無事を喜んだ。
そしてその日の晩、村ではエドを囲んで朝まで飲めや歌えの大宴会になったのだった。
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