第五話 運命の飴玉(2)
祟り神は言った。
「なるほど、そういう経緯でエドは飴玉を手に入れたんだね。それでエドはその飴玉でどんなことをしたんだい?」
「エドは老人の言ったことに半信半疑だったわ。だからまずは、この飴玉に本当に運命を変える力なんてものがあるのかを確かめようとしたの」
里子は続きを語った。
※ ※ ※
エドは周囲を探してみたが老人の姿はどこにも見当たらなかった。
まだまともに動ける身体ではなかったはずなのに、まるで煙のように消えてしまったのだ。
魔法使いなどと名乗っていたが、まさか本当に魔法使いだったのだろうか。
「それじゃあこの飴も本物……?」
エドは小袋の中の飴玉をまじまじと見つめた。
飴玉は全部で十三粒。
べっこう色で、ふわりとした甘い香りがする。
外見的に変わった所はなく、エドの目にはやはり普通の飴玉にしか見えなかった。
本物かどうか確かめるには、実際に食べてみるしかなさそうだ。
エドは小袋から飴玉を一粒取り出して口に入れてみた。
甘い。
見た目の印象通りの素朴な甘さだった。
山を歩き回って疲れた身体には中々ありがたいものだ。
ただ、飴玉の味は気に入ったが、それ以外は特に何も感じない。
奇跡とやらも一向に起こらなかった。
噛み砕くのを我慢して飴が全部溶けきるまで舐め続けてもみたが、自分の身体にも周囲にも何も変化した様子はない。
やっぱりこれ、ただの飴玉じゃないか?
エドはそう思った。
しかしふと、老人の言っていたことを思い出した。
――食べた者の望んだ通りに運命を変えてしまうことができるのです。
「ひょっとして、願い事は自分で考えないといけないのか」
しまったな、とエドは頭を掻いた。
なにしろこの山はエドにとっては何度も足を運んでいる庭のような場所である。
大抵のことは自力でどうにかできてしまうので特に叶えたい願いなど無いのだ。
それに、口に入れた飴玉はすっかり溶けてしまっていて、もう残っていない。
食べ終わってしまったあとでも奇跡とやらは起こせるのだろうか。
と――そんな時、エドは遠くの木の高い枝に一匹の大きな山鳥が止まっていることに気が付いた。
この山の山鳥は肉が柔らかくてとても美味しく、またその羽毛も高値で売れる。
しかし警戒心が高くすぐに逃げてしまうため、狩るのが難しい獲物の一つだった。
「奇跡を起こせるっていうならあれを捕まえられるかな」
エドは今日薬草を採りに来たので狩りの道具は持って来ていなかった。
そこで足元に転がっていた手頃な大きさの枝を拾い、山鳥目掛けて思い切り投げつけてみた。
この行動はエドにとっては冗談みたいなものだった。
飴による奇跡については正直なところ半信半疑というかほぼ信じていなかったし、そうでなくてもこんなことで山鳥を仕留められるわけがない。
だから、「ほら、やっぱり奇跡なんて起こらないじゃないか。きっとあの爺さんの冗談だったんだろう」と結論付けるつもりだったのだ。
だが、その時不思議なことが起きた。
エドが枝を投げると同時に山鳥はそれを察してその場から飛び立った。
しかしその途端、エドが投げた枝がブーメランのように急激に軌道を変えて曲がり、山鳥の頭に直撃した。
山鳥は悲鳴を上げてバランスを崩し、そのまま地面に落ちて動かなくなった。
エドは駆け寄ると山鳥を拾い上げた。
それから自分が投げた枝も拾い上げた。
「なんだったんだ、今の……」
常識では考えられないような動きだった。
まさか今のが、飴玉による奇跡というものだったのだろうか。
ただ、エドが投げた枝は「く」の字に曲がっていた。投げ方によってはあんな風に軌道を変えてもおかしくはなかった。
果たして今のは奇跡だったのか、偶然だったのか。
エドには判断が付かなかった。
確かめるためには……そうだ、もう一度同じことをやってみればはっきりするかもしれない。
先程と同じように飴を舐めたあと、木の枝で山鳥を狙ってみるのだ。
余程運が良くない限りこんな偶然は二度は続かない。
二回目も同じことが起きたなら、この飴玉には間違いなく奇跡を起こす力があるという証明になるだろう。
しかし、それを検証しようとするなら、飴玉をまた一つ消費することになる。
残りはたった十二粒しかない。
もしも本物だったらと考えると、山鳥一匹のために使ってしまうのは惜しい。
エドは悩んだ末、その日は一旦保留することにして残りの飴玉はそのまま持ち帰った。
そして飴玉のことは家族にも話さず、こっそりと自分の部屋の戸棚の奥にしまい込んだ。
老人が「他人には言わないほうがいい」と言っていたのを覚えていたからだ。
それからエドは暇を見つけては山へ出掛け、自作のマトを用意して木の枝を投げるようになった。
山鳥を仕留めたあの投擲が奇跡によるものだったのか、それとも偶然によるものだったのかを検証するためだ。
何度試してもあの投擲を再現できないのであれば、残りの飴玉に手を付けなくてもあの投擲が飴玉によって起こされた奇跡だったと証明できるのではないか。そう考えたのだ。
だが、不可能であることを証明するというのがどんなに大変かをエドは知らなかった。
エドは毎日のように木の枝を何十回、何百回と投げ続けた。
何度投げてもあの投擲は再現することができなかった。
しかし、あと一回投げたら再現できるのではないか。
そんな風に考えてしまい、エドはいつまで経っても『運命の飴玉』が本物なのか偽物なのか、はっきり結論付けることが出来ず仕舞いだった。
仮に本物だったら無駄に数を減らしたくないし、それに今は叶えたい願いも無い。
そんな訳で結局、『運命の飴玉』が入った小袋は部屋の戸棚に入れっぱなしになった。
それはそれとして、ほぼ毎日何度も枝を投げ続けた結果、エドは枝投げの技術が向上した。
あの山鳥を仕留めた時のような投擲はできないものの、ある程度なら思い通りの方向に枝の軌道を操作できるようになった。
こういうものは上達すると楽しくなるものだ。
エドはいつしか『運命の飴玉』とは関係なく、木の枝を思い通りに投げる練習をするようになった。
※ ※ ※
「うーん、ちょっと退屈になってきたな。てっきり奇跡の飴玉の力で大冒険でもするのかと思っていたのだけど、そういう話ではないのかい?」
祟り神が肘を付きながら言った。
背後からは四匹の蛇が顔を見せている。
もうつまらないからこいつ喰っちゃっていいか、とか考えていそうな顔である。
里子は汗をダラダラ流しながら必死に抗議した。
「ちょっと待ってよ! ここからちゃんと話も動くから! 最後まで聞いてから判断しなさいよ!」
里子だって本当は奇跡の飴玉の力で大冒険みたいな物語を話すつもりだったのだ。
それなのに話をしている内に頭の中でエドが勝手に動き出し、飴玉の検証やら訓練パートやらを始めてしまったのである。
物語を書いているとキャラが勝手に動き始める、と前に見た動画で何とかという小説家の人が語っていたが、まさかこんなに怖い現象だったとは。
とにかく軌道修正が必要だ。
強引にでも流れを変えるため、里子は言った。
「エドの枝投げの練習が習慣になってからしばらく経ったある日のことよ。エドが住んでいる村に、盗賊団が攻めてきたの」
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