第四話 運命の飴玉(1)

「さて、それじゃ早速聞かせてもらえるかな」


 祟り神が話を促す。

 しかし里子は上手く言葉が出なかった。


「あの、その……」


 自分でも予想外だった。

 架空の物語をでっち上げることを提案したときは話の候補が頭の中にいくつも浮かんでいたはずだったのだ。

 だがこうしていざ話そうとした途端、頭が真っ白になって何も出て来なくなってしまった。


 もし下手なことを話せば、話せたとしても相手を満足させられなければ、その時点で終わり。

 そんな考えが思ったよりプレッシャーになっていたらしい。


 里子は自分の背中に汗が滲むのを感じた。

 まずい。このままではまずい。このままでは、何もできないまま食べられてしまう。

 しかし焦れば焦るほど考えは逆にまとまらなくなっていく。


 そんな里子を見て祟り神が怪訝な顔をした。


「どうかしたのかい?」


「え、えっと、ごめんなさい。緊張しているせいか、物語の内容をどこから話したらいいかわからなくなっちゃって……少し待ってもらっていいかしら」


 里子は内面を悟られないよう、必死に笑みを浮かべた。

 こうなったら少しでも時間を稼がなければならない。


 だが祟り神は何か察した様子で里子を眺めた。


「なるほど。まあ自分の命が掛かっているのだし無理もないね。それでは僕の方からささやかな助け舟を出してあげよう」


「助け船?」


「その飴玉の逸話というのはどこの国の物語なのかな」


「それは……はっきりとはしていないわ。ただ、海の向こうの遠い国の話よ」


「では、主人公はどんな奴なんだい?」


「主人公は、男の人。名前は……エド。そう、エドっていうの。小さな村に住む青年で、この物語はエドが薬草を取りに山へ入ったときに、怪我をして倒れていた不思議なお爺さんを助けたことから始まったのよ」


 祟り神からの質問に答えていくうちに、真っ白だった里子の頭の中にはっきりとした物語の輪郭が浮かび上がってきた。

 ささやかどころではない助け船だ。


 祟り神が何故こんなアシストをしてくれたのか里子にはわからなかった。

 単なる気まぐれなのか、それとも他に理由でもあるのか。


 とにかく、おかげでアイデアはまとまったし、緊張もほぐれてきた。

 これなら何とかなりそうだ。


 ここから生きて帰るため、里子は物語を紡ぎ始めた。



 ※ ※ ※



 昔々、とある国の小さな村に、エドという青年が住んでいた。


 ある日のこと、エドは母親に頼まれて山へ薬草を取りに出かけた。


 エドはこの山にはこれまで何度も入ったことがあったので、難なく必要な量の薬草を集め終えた。

 用事も済んだのでエドはさっさと山を下りようとしたのだが、そんな時、あらぬ方向から人間の悲鳴が聞こえた気がした。


 聞き間違いかとも思ったが、エドは念のため声がしたほうへ歩いて行った。

 すると向かった先には、一人の老人が倒れていた。


 老人は全身泥まみれだった。

 話を聞いてみると、山道を歩いている途中でうっかり踏み外し、ここまで転がり落ちて来たらしい。

 幸い骨は折れていないようだったが、身体中あざだらけ切り傷だらけの酷い有様だった。


 エドは持っていた布で老人の泥を拭ってやった。

 それから採ったばかりの薬草を潰して飲み薬を作って老人に飲ませてやった。

 とても苦いが、怪我の治りが早くなる薬である。


 渋い顔をしながらも薬を飲み終えた老人はエドに礼を言った。


「いやはや、ありがとうございます。あなたがいなければどうなっていたことか」


「困ったときはお互い様さ。それよりもお前さん見かけない顔だが旅の人かね?」


 エドは尋ねた。

 すると老人はゆっくりと首を横に振りながら答えた。


「いえ、私は魔法使いです。大昔にここで修行をしていたことがありましてね。懐かしさを感じて思わず立ち寄ったところ、つい油断をしてこんなことになってしまったのです」


「魔法使いだって?」


 この爺さん頭でも打っておかしくなったのかな、とエドは思った。

 だって、魔法使いなんておとぎ話にしか出て来ないような存在だろう。

 そんなことを言われて信じるのは小さな子供くらいのものだ。


 エドの顔にはそんな考えがはっきり浮かんでいた。

 だが老人は気分を損ねた様子もなく、ニコリと微笑んで言った。


「さて、助けて頂いたお礼をしなければなりませんね。あいにく今はこんな物しか持ち合わせが無いのですが、受け取っていただけますか」


 老人は懐から袋を取り出してエドに差し出した。

 握り拳くらいに膨らんだ、小さな袋である。


「これは?」


「『運命の飴玉』というものです。食べた者に対して一粒につき一度だけ奇跡を起こし、運命を望んだ通りのものに変えてしまうことができるのです」


「なんだって? そりゃとんでもない代物だが、そんな物を俺なんかに渡していいのか?」


「あなたは命の恩人ですからね。これでも私が返せるものとしては足りないくらいです。ぜひあなたの人生のお役に立てて下さい」


 エドは半信半疑ながらも小袋を受け取った。

 開けてみると中には砂糖を煮詰めて作ったらしい、何の変哲もない飴玉が入っていた。

 一つ、二つ、三つ……全部で十三粒あるようだ。


「……そうそう、忠告を一つ。その飴のことは誰にも教えないほうがいいでしょう。人間とは欲深い生き物です。もし話してしまえば、余計な諍いの火種にもなりかねませんからね」


「ちょっと待ってくれ。本当にこの飴は……あれ? 爺さん? おい爺さん、一体どこへ行ったんだ?」


 エドが顔を上げると老人の姿はどこにもいなくなっていた。

 老人が存在していた証である小袋を握り締めたまま、エドはしばらくのあいだ呆然とその場に立ち尽くしていた。

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