第二話 祟り神の身の上話
相手の自己紹介に里子は戸惑った。
「土地神なのに祟り神なの?」
「おや? 君は僕のことを知らないのか」
「う、うん」
「そうかそうか。ではこの僕が直々に教えてあげよう」
男の子――祟り神は何故か得意げに言った。
その姿や祟り神という名前からおどろおどろしいものを想像していたが、意外と気さくというか、話したがりな性格のようだ。
里子はやや拍子抜けしながらも祟り神の話を大人しく聞くことにした。
「自分で言うのもなんだけど、僕は別に悪い神じゃない。ずっと昔からこの森にいて、君が生まれるずっと以前から近隣の村の人間たちと取引をしてきたんだ」
「取引?」
「そうさ。対価を受け取る代わりにそれを差し出した人間の願いを叶えてあげる。そういう存在だった。例えば歯痛を鎮める代わりに大根十本を差し出してきた人間がいたし、子供が無事に生まれてくるようにと米俵を一俵抱えてやってきた人間もいた。変わり種を言うと、人間じゃなくても良いから嫁を紹介してくれと言って牛一頭連れてきた人間なんてのもいたな」
そう言って祟り神はおかしそうに笑った。
どうやら彼にとっては楽しい思い出話のようだ。
というかその話が本当なら本人が言った通り悪い神様では無いんじゃないかしら、と里子は思った。
相応の対価さえ払えば願いを叶えてくれるなんて夢のような存在だ。
土地神と呼ばれて敬われるのも当然だろう。
しかし、だからこそ最初の自己紹介が引っかかる。
「そんな素敵な神様なのに、どうして祟り神なんて呼ばれているの?」
里子は尋ねた。
すると祟り神は少し言い辛そうに頭を掻いた。
「それがね、三百年くらい前だったかな。この辺の地域一帯で酷い飢饉が起きたんだ。あれは今思い出しても本当に悲惨なものでね。人間たちは間もなく僕の所へ助けを求めにやって来た。しかし飢饉だから僕へ納めるための食べ物が無い。だから人間たちは食べ物の代わりとしてある物を差し出してきたんだ」
「ある 物って?」
「人間さ。村長の娘を生贄として差し出すから雨を降らせてくれ。そう言ってきたんだ」
「………」
「僕は娘を受け取って雨を降らせてやった。そうしたら人間たちはこれまでに無いほど大喜びしてね。僕としては複雑な気分だったけれど、その時はその対応で正解だったのかなと思った。しかしどうもそうではなかったらしくてね。――人間たちはそれ以来、僕へ頼みごとをするときはどんな願いであろうと人間の娘を差し出してくるようになったんだ」
里子は驚いた。
「どうして? 飢饉は解決したんでしょう?」
「その通りだよ。むしろ人間一人を僕に捧げたものだから村の人間たちはそれまでよりもむしろ裕福になっていた。だからいくらでも別の物を持ってこれたはずだったんだ」
「それなら何で……」
「僕には正直あまり理解できないけれど、人間の感情というのが原因だったようだ。自分が大事な娘を生贄にしたのだから、お前らが願いを頼みに行くときも自分の娘を差し出せ。そんなルールが人間たちの方で勝手に出来上がってしまったらしい。僕の方からはそんな要求一言だってしなかったというのにね」
祟り神はハハハと笑った。
里子は笑えなかった。
「そんなわけで、僕という存在はその日から『ちょっとした願いを叶える土地神』から『若い娘を生贄として要求する祟り神』に変わった。人間たちは滅多なことでは僕に願い頼みに来ることはなくなり、それどころかこの森を恐れて近寄りすらしなくなった。そうして拗れてしまった関係は修正されることもなく今に至る、というわけさ」
祟り神はそこまで話し終えると軽く息をついた。
その顔にはどこか寂しさが浮かんでいるように里子には見えた。
今の話が事実なら彼が祟り神扱いされるのは理不尽というものだろう。
彼はただ単に人間の願いを望まれたまま叶え続けただけなのだ。
いくらなんでもかわいそうだ。
なんとかしてあげられないだろうか。
里子はそう思った。
しかし、そんな同情を抱き始めていた里子に対して祟り神は信じられない言葉を口にした。
「……さて、では事情も理解してくれたようだしそろそろ君を喰うとしようか」
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