第64話 雲の上で王子と白馬ペガサスに出会う

 ほっげほっげ

 ほっげほっげほっげ……


 青い空、白い雲。

 精一杯、飛び続けるヒッポグリフと、その背に乗るわたし。


 周囲には誰の姿もなく、この世界はわたしとヒッポちゃんだけが存在しているよう……フライングレースの真っ最中なのにね。


 スタート地点にあれほどいたというのに、先頭集団どころか最後尾の選手すら見えません。それでも宙に半透明の矢印が常に表示してあるのでコース上をしっかり飛んでいるのは確かです。ただただ他の集団が遠いだけ。コースアウトしているわけじゃないらしい。そうかそうか……みんな速いのぅ。


 ウインドウで確認したところ、今回13450名参加していて、そのうち約300名のプレーヤーと幻獣が、このコース上競い合っているのだとか。タイムアタックらしいから、このコースで優勝しても1000万コインはもらえない。総合優勝が必要なのだ。


 わたしは1万人の頂点に立とうとしてたのか。そうかそうか……規模の大きな大会だったんですね。手作り感満載のポスターだったから町内会レベルのつもりだったよ、大人気ゲームだもんね、舐めてすみませんでした。


 しかもスタート地点に集まっていたプレイヤーも幻獣も本格的というか。ドラゴンいましたね。あと翼のない竜タイプもいました。巨大。それだけでズルくないってくらい巨大。


 それから騎乗しているのは甲冑の人もいれば、ご自分が飛んだらってくらい立派な両翼を持つ人もいてカーニバルみたいでした。ヒッポグリフもいたような気もしますが、あっという間にスタートしたのでよくわかりませんでしたねー。


 まあなんかいろいろいましたわ。とにかくドラゴンにびっくりしたって話よ。ああいうのが優勝するんじゃない? 一回翼はためかせるだけで乱気流起こりそうだったわよ。


 でも今は優勝賞金より完走することに気が向いてるんだ。それが大事。ヒッポちゃん、何時間かかってもいいから、絶対ゴールしようね。がんばろー!


「ほっげー!」


 ということで、一人旅いや二人旅が続く続く。どこまで行っても青い空、白い雲。ナマケモノ運営さんの実況もうるさいだけなのでオフにしてあるから、聞こえてくるのは「ほっげ、ほっげ」と威勢の良いヒッポちゃんの鳴き声だけだ。


「あっ、次の休憩場所が見えてきたよ。あそこに着地しよう」

「ほげっ」


 この空のレース。乗っても大丈夫な硬い雲が存在している。赤い三角コーンがその目印だ。数十人乗っても大丈夫そうな広い雲もあれば、一組でギリギリな狭い雲など、様々が点在して浮かんでいる。


 で、今回見つけた雲はわりと広めだったんだけど。


「あっ」


 安全ベルトを外し、鞍から下りたところで気づきました。まさかの先客です。人を見るのは久しぶりな気分。どうもこんにちは。


「やあ、よかった。もう誰も来ないかと心配してたんだ」


 きらんっ。

 白いは輝く王子様スマイル。


 この人、めっちゃイケメンやな。もちろんアバターだとわかってるけども。でも見れば見るほどイケメンっていうか王子様ですね。服装もそれっぽいし。しかも相棒はなんと白馬のペガサスさんです。


「えーっと、たぶんわたしで最後ですね」


 たぶんというか確実ですけども。ウインドウでランキングを確認したら最下位でしたからね。それからあなたにお会いするまで、誰も抜き去ってませんし。


「あのさ、おれ、困ったことになっててさー」


 きらんっ、と微笑みながら、慣れならしく近づいて来る王子。うーん、見た目も白馬も、しっかり王子様コンセプトのようなのに、話しぶりがいまいち王子様じゃない。口を開くとすぐわかる品のなさがあります。そこはしっかりキャラを徹底してもらいたいところ。見た目が作り込んであるだけに厳しく言わせてもらいます、まあ言ってませんけど、心の中で思っただけです。


「それで相談なんだけどさ。おれ、どうしても幻獣ライダーの称号がほしくてぇ」


 なるほど。そういや完走者全員に「幻獣ライダー」の称号が配られるんでしたね。よーしっ、最初はコインしか興味なかったけど、努力賞ってことで、わたしも称号獲得を狙います!


「でもおれの幻獣、怪我してさあ」

 おや?

「ほら見てよ、この羽」

 ぷらーん、としてますね。折れてます。

「痛そう。大丈夫?」


 わたしはペガサスさんに話しかけたんですが。


「ぜーんぜん大丈夫じゃないんだよねー。これじゃ飛べなくて。だから幻獣交換してくんない? 他の奴らには断られちゃってさ。君が頼みの綱なんだよ」

 ハ?

「ぶっちゃけヒッポグリフはいまいちだけどさあ。どーうしても完走したいんだよねー。な、幻獣交換しようぜ。ヒッポグリフよりペガサスのほうがイケてるだろ?」


「え、えっと。それはルール違反では?」

「バレなきゃいいっしょ」

「でもエントリーする時に幻獣の種類も登録してあるはずで」

「へーきへーき。事前登録でしょ。当日変更した、で通用するって」


 いや平気じゃねーだろがい。王子アバターだからって横暴が過ぎるぞ。


「なあ、難しく考えるなよ。優勝しようって話じゃねーぜ。完走の記念品が欲しーって話よ。もしかして君も幻獣ライダーの称号狙ってるわけ?」


 数分前は狙ってませんでしたが、今はがぜん狙ってます。

 だいたい不正はいやですし、幻獣交換?

 ありえませんっ。わたしはヒッポちゃんとゴールするんです!


「申し訳ないですけどお断りします。残念でしょうが、ここでリタイアしたらどうですか。早くペガサスさんの羽、治療してあげてください」


 あまり休憩できませんでしたが、これ以上関わりたくないので。

 ヒッポちゃん、行きましょ——って!!


「ビリのくせにうっぜーやつっ。お前がリタイアしろっての」

「ほ、ほげっ!」

「ちょっちょっと」


 わたしを突き飛ばし、勝手にヒッポちゃんに飛び乗る王子野郎。さらに。


「ほらっ、飛べっ」


 ぴしゃりっ。 

 鞭です。鞭でヒッポちゃんの素敵ヒップをぴしゃりぴしゃり。


 「ほっげーーーーー!!」


 ああっ、ヒッポちゃんっ。

 どうしよ、ヒッポちゃんが飛んでいってしまいましたっ。

 なんてこったい。王子野郎に、わたしの幻獣、盗まれましたああああ!!!!


 

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