第65話 無念のリタイアか。盗まれたヒッポちゃん

 ヒッポちゃんが盗まれてしまった!!

 なんてこったなんてこった……。


 落ち付こう。深呼吸、深呼吸。すーはーすーはーすーすー。


「よし、リタイアするか」


 もうそれしかありません。ヒッポちゃんもいないし、代わりにどうぞと置いて行かれたペガサスさんは翼がぼっきり折れているんだから。


 えーっと、ウインドウでリタイア宣言したあと、運営さんに事の次第を説明してヒッポちゃんを鞭の脅威から助けてもらわないと。

 

 ハア。まさかこんなことでレースから離脱するとは……。残念無念です。


 でも仕方ない。切り替えて次の行動に出ませんと。


 あんな暴力むち打ちヒッポグリフさらいの王子野郎なんか即刻失格にして、全データ削除したのち出禁にしてもらわないといけませんね。まったく、ほのぼの農業シミュレーションゲームにとんでもないゴミクズ王子が紛れ込んでいたものです。


 で、ウインドウを開いて苦渋の決断をしようとしていると。


『申し訳ない。わたしの元主人のせいでお嬢さんに迷惑をかけてしまった』


 ハッ!! 幻聴が聞こえる……!

 しかもとても渋いダンディな声です。誰、神様?


『驚かせてすまない。お嬢さんとテレパスで話している。わたしはヒッポグリフ殿と交換に置いて行かれた翼の折れたペガサスだ』


 なんとっ、ペガサスさんでしたかっ。

 すごくダンディーなのですね。葉巻とブランデーが似合いそうです。

 失礼ですが、おいくつですか?


『先月生まれたばかりだ。わたしはまだ若いペガサスだよお嬢さん。飛べるようになって間もないのに無理をしたせいで、このざまさ』


 いやいや。それはあなたのせいというより、あのゴミクズ王子のせいですよ。それよりお怪我は大丈夫ですか? 傷みます? ショップで治療薬を買いまそうか。


『優しいんだねお嬢さん。でも平気さ。痛みはあまり感じないんだ。それよりわたしのせいでリタイアすることになって本当に申し訳なく思っている……』


 しょぼんっとうつむくペガサスさん。横顔も鼻筋がすっとしててたてがみも銀色でハンサムな方です。おおっ、青い目ですね、まつ毛もフサフサと長い。見惚れちゃうわね……ハッ!


「美しさを堪能している場合じゃなかった。急いでリタイアしてヒッポちゃん救出に動かねば」


『しかしリタイアは惜しいだろう。まずは運営に連絡できないのだろうか?』


 あっ、そうですね。その方がいっか。


 まあどちらにせよ、リタイアするしかないと思いますけどね。鞭打たれたヒッポちゃんを取り返したところで、またレースに戻すのは気の毒ですから。今頃お尻が腫れているかもしれません。


 しかし、えーとっ、どれどれ……まったくこのウインドウの項目ったら見にくいったらない。電話アイコンがあるから、ひとまずコイツを押してみようかなー…。


 って、ぽちりかけたところで。


「おーーーいっ、今どんな感じー? 順調かーい?」


 危機馴染みのある声が。キョロキョロ見回すと、パタパタパタと飛んでくる全裸のベビーがいます。あ、全裸ではありません、ハート柄の腰巻してます。


「キューピッドさん!」


「ちゃおー! いやさあレースがどうなってるか気になってさあ。近くまで来てみたんだけど、弟子のヒッポはがんばって飛んで……馬になってるね。鷲要素はどこいったんだい」


 驚いた様子で、ペガサスさんの周囲をパタパタパタ。


『すまない。わたしはヒッポグリフではなくペガサスなのだ』


「エッ、どゆこと!? おいおい飼い主ーぃ。君さあ、あんなに特訓してぼくの特製恋のドーピングずきゅんっ♡まで施してやったというのに、幻獣チェンジしたのかよぅ。見損なったぜぇ」


「ち、ちがいます。これにはかくかくしかじか……というわけなんです」

「なんだって!?」


 驚愕のキューピッドさんです。かなりのお怒りよう。全身真っ赤になってブルブル震えております。


「そんな〇〇〇ぴーーーーー王子なんて地獄へ落ちちまえっ。ぼくがそいつの尻に矢を打ち込んでやるよ。糞にでも恋してろってんだ、ぺっ!!」


『申し訳ない。わたしの元主人がご迷惑を……』


「あんなのを元とはいえ主人なんて思うんじゃねーぜ、ペガサスさんよ。君は虐待されてたんだぜ。聞けば、その鞭。たぶん禁止アイテムの『従順の鞭』だ』


 なんです、その鞭は?


「いいか。その鞭で打たれたら、何でも言うこと聞かなきゃいけなくなるんだ。心で拒否してても体が勝手に動くんだよ。ペガサスさんよ、あんたも無茶苦茶に飛ばされたから、その立派な羽、折れちまったんだろ?」


『いかにも。あの元主人……いや見掛け倒し王子コスプレ野郎は、最初、優勝を狙ってたんだ。それでドラゴンに負けまいとわたしを何度も鞭打って……。無理がたたり、どうにも飛べなくなってしまったんだ……』


 そんなっ、あんまりです。


 でも大丈夫、我が家の温泉に浸かれば回復しますよ。

 だってズタボロになったノームのおじいちゃんも、湯上りはつるんってしてましたから。ところでペガサスさんのお名前は? もううちの子ですからね、しっかり覚えましょう。


『名前なのだが……。まだ名付けてもらっていないのだ』

「けっ、ほら虐待だぜ、育児放棄だ、○○ぴーー○○ぴーーー○○ぴーーーーだよっ」

「まー! じゃ、わたしが名前を——」

「ぼくがつけてあげるよ。この人がつけるとたぶんペッガちゃんとか、サス太郎なんて安易な名前にされるぜ」


 な、なんてこというんですか。もうちょっと工夫した名前をつけるつもりで……第一候補はペガちゃんです。


『いや。わたしはこのままペガサスでいいのだが?』


 えーーーっ!!


 ピロンッ♬


【幻獣図鑑に幻獣ペガサスが登録されます】

【鳥の翼を持つ馬。プライドが高く気に入った相手以外その背に乗せない。天馬とも呼ぶ】


【以前の飼い主が所有を放棄したため、あなたがペガサスの飼い主になりました。名前をつけますか?】


 つけますっ!!


「よし、ぼくがとっておきのを付けてやるよ。コイツの名前はきゅーぴ……」

「テンマちゃんでお願いします!!」


 ピロンッ♬


【ペガサスの名前はテンマに決定しました】


 やったー!

 これでわたしもペガサス持ちです、ふっふー♬


「……って、小躍りしている場合じゃない。ヒッポちゃんが盗まれてるんですよっ」

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