第48話 水の精霊ウンディーネの失恋話

 人んちで泣きわめいてギャグ切れを始めた不審者改め水の精霊ウンディーネさん。


 見た目は何て言うのかなあ、水人間? 水が人型になっているのはなんとなーくわかる。でも顔のパーツとか髪型とか、そういうのはわからない。性別もシルエットはつるんとしてるだけでわかりにくいけど、声からすると女性なのかな?


 まあそんな水人間ウンディーネさんなんだけど、水の精霊だけあって液体を操れるのか、露天風呂のお湯を全部なくす勢いで噴き上げて「うわああああああんっ」と泣き喚いている。すごい迷惑。どうすんの、うちの風呂、壊す気?


「あの子のことなんだけどね、ダーリン」

「うわっ、サラマンダーさん、どうしました?」


 耳元でウエットな声(でも本人は燃えている)がしてびっくりしたけど、どうやら精霊同士交流があるのか、サラマンダーさんって、ウンディーネさんのことをよく知っているらしい。コソコソ話のつもりなのか、ちょっとだけ燃え盛るボディの炎を弱めて耳打ちしてくれる。


「ウンディちゃんったら、すんごい男好きでね。常に恋人がいないとダメな子なのよ」


「へ、へえ、すごい人ですね」

「うん、でね」

「はい」


 サラマンダーさんはさらに声を落として(ボディの炎も弱めて)耳に近づく。


「いっつもすぐフラれるの。で、今回もそうみたいよ。ごめんね迷惑かけちゃって。あたし、あの子にいつも言ってんだけどね。『終わりは新たな恋の始まりでしょ、元気出して新しいダーリン捕まえなさいよ』って。でもねえ」


 ハア、とため息をついている。


「毎回、浮気されたあげく罵倒されてああなってるのよ、ダーリン。情熱が足りないのかしらね?」


 なかなかにヘビーな話だ。この人トカゲだけど。


「とりあえず、あの人、失恋して泣き喚いてるってことですか?」

「そゆこと」

「人んちの風呂で?」

「イエス」

「……相当ヤバいお方ですね」

「恋って厄介よね、ダーリン」


 サラマンダーさんはウインクすると、ボッといつもより多めにボディを燃やしてから、「トウッ」と肩から飛び降りて着地する。それからツツツッと速足で、「うぎゃあああああ」と泣いているウンディーネさんの元に近づく。


「さあさあウンディちゃん、そろそろ泣き止んだら? このままだとあたしの情熱の炎まで燻っちゃうわよ」


「だ、だだって。みんなわたしよりほかの人が大事だって。あの人も」


  え、わたしのこと指差してます?


「わたしよりサラちゃんのほうが好きなんでしょ。だいたい、サラちゃんもひどいのよ、この人に温泉をプレゼントするなんて! 水はわたしの領分でしょっ、奪わないでっ!」


「温泉はマグマ、マグマは情熱よっ」


 サラマンダーさんはフンッと胸を張っている。

 一方ウンディーネさん、ますます「ひどいわあああ」っと絶叫。


「サラちゃんは暖炉やピぜ窯でもつくったら良かったのよ、なのにっ、なのにイイイイ!! わたしの味方は誰もいない、誰も彼もが他の人を好きになるの。誰もわたしを愛さないっ」


 うわあああああんっっ、とまた泣き叫んで。と、その瞬間。


「おだまりって言ってるでしょ」


 サラマンダーさんが飛び上がり、ウンディーネさんの頬あたりに尻尾でビンタする。


「情熱ビンタよ!!」


 だ、そうです。でもジュワッと炎が水人間の頬に負けかけているけど。それでも、「燃える情熱っ」とやるとボワッと尻尾の炎も元通りになったので、サラマンダーさんは元気いっぱいだ。


 一方、情熱ビンタが利いたのか、ウンディーネさんは大人しくなった。噴き上がる滝のようになっていた露天風呂の湯も、ばっしゃーんっと湯舟に戻って静まる。


「で、今回はどんなダーリンに何をどうして、そうなったわけ?」


 親身に話を聞くサラマンダーさんに、ウンディーネさんがボソボソと話している。それによると……。


 相手が一目惚れしてきて付き合い、婚約もしたのに浮気されて、それを咎めたら水辺に連れていかれて罵倒されたようだ。


 で、どうやらウンディーネさんの性質で、水辺で愛する人に罵倒されると、人間のかたちを保っていられなくなり、顔のないただの水人間と化してしまうらしい。そうなる前はどうやら絶世の美女だったようだ。


「美女って言うかね、ダーリン」


 とサラマンダーさんが追加情報をくれる。


「ウンディちゃんは相手の好み通りの姿に変身するの。だから向こうも即落ちよ。でもこの子、性格がね、ちょっと湿っぽくてさ。ストーキングするは、しつこく愛情確かめるは、で。嫉妬と依存と束縛の激しさで相手が引いちゃうのよ」


「だ、だだ、だって。本当に好かれてるか不安になるんだもん」

「そこは情熱でカバーするのよ」

「だって、だって」

「だってじゃないの、情熱よ、すべて情熱が解決するのっ。ほら、歌いましょう。サラサラ・マンダー、サラマンダー♬」


「わたし歌下手だもん」

「それなら踊るのよっ」

「踊りも下手だもん」

「だったら何ができるのよっっ」


「ど、どど、どうせわたしは何もできな——」

「バカおっしゃい、大事なのは情熱なのよおおおお!!」


 ゴオオオオオと燃えるサラマンダーさんに対し、えぐえぐとすすり泣くウンディーネさん。夜中にわたしは何を観劇してんのかな。燃えるトカゲと泣く水人間の女子トークに、アマチュア園芸家のわたしは、どう参加したらいいのでしょうね。 

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