8月29日:夏のパーティ

 ほどよく生温い空気を残す、蒸しあがりな夏の終わり頃。

 まだ暑いといえば暑い気温なので、熱中症対策を欠かすことはできないけれども、もうこれ以上暑くなることはないのかと思うと何とはなしに寂しさを覚える。


 こういう日こそ、家でグダグダするのが夏休みの醍醐味のようには思っていたが、ゆかり部長からの呼び出しで、私は旧校舎の元図書室準備室へと向かっていた。


 そこは今に至っては授業ですら使われないボロ校舎。

 インドア学生の巣窟たるこの場所に用事なく足を踏み入れるも多くはない。


 普通の教室の半分以下のスペースすらないような図書準備室に何があるのかって、本来必要のないはずのエアコンが完備されて、本来必要のないはずのテレビもあり、勝手に壁紙貼ったり、カーペット敷いたり、好き勝手された、部室がそこにある。


 ズラリと並んだ本棚を制圧しているのは歴史書とかそういった類いのものはなく、娯楽書を台頭するマンガやアニメのブルーレイであり、実に色とりどり。


 ここは文芸部とは名ばかりの、オタク趣味に満ちたマンガアニメの同好会である。そこら辺のマンガ喫茶より快適と言っても差し支えないくらい、こだわりもある。


 元々の殺風景で狭苦しい部屋を知っているからこそ劇的な変化に驚きもある。

 昨日はふと、昔の部室の夢を見ていたからなおさら。


「おはよう、美紅さん。二番乗りだ」

「おはようございます、部長。またえらく急な呼び出しなんですね」

「他の部員たちもじきに来るよ」


 ゆかりは呼び出した張本人だから一番に部室にいるのは勿論当然のこととしても、なんだか妙に落ち着きがない。何故か見覚えのない段ボールが幾つか置いてあるのも無性に気になってしまう。


「それにしても、名前では呼んでくれないんだね」

「部長はまだ部長ですから。それよりも、ソレ、なんですか?」

「ん、まあ、飾りつけだよ。一人でやってもよかったんだけど」


 段ボールを開けてみると確かにパーティ用の飾りつけっぽいものが沢山。

 折り紙で作られた輪飾りに、ペーパーフラワーに……。

 まさかこれを一人でやろうとしていたとでもいうのだろうか。


「天井とか一人でやるのは大変でしょう。手伝いますよ」

「悪いねぇ、美紅さん。本棚をよじ登ればどうにかなると思ったんだけど」


 さすがは行動力の化身。私が遅れていたら本気で一人でやっていたかもしれない。背の小さいゆかりは、自分の背の低さをデメリットにしたがらないところがある。

 だからといって脚立なしに本棚をよじ登るなんて危険すぎるが。


「でも、なんで急にこんなパーティみたいなことを?」

「やっぱり部室を挨拶一つ二つで去るのも寂しいと思ってね」


 相変わらずゆかりらしい考えだ。昨日か一昨日に思いついたのだろうか。

 段ボールいっぱいの飾りを一人で用意するのだって大変だったろうに。


「最初から言ってくれれば手伝いましたのに、また一人先行して……」


 とりあえず段ボールから飾りを取り出してみる。

 奥の方にセロハンテープや画鋲まで揃っており、地味な几帳面さも出ている。


「とりあえず脚立持ってきますよ」

「全くもう、これじゃサプライズにならないね」


 ニヤニヤした顔で言われる。私が手伝うことも織り込み済み感が半端ない。

 確かに、いきなり部室がパーティ会場になったら驚くだろうが。


 後輩ちゃんたちが来る前に急いでおこうか。私は足早に部室を出ていく。


 近くの空き教室が丸ごと物置になっているので大体の備品はそこにある。

 旧校舎ながら役目を果たしましたみたいな雰囲気を醸し出す物置教室の悲壮感は、やはり筆舌に尽くしがたいものがある。


 見るからに埃の積もった教室に入るのも度胸がいるくらい。

 ともあれ、私は手ごろな脚立を手に取る。


 ちなみに、この物置教室は本来、生徒が勝手に使わないように鍵が掛けてあるが、とっくに昔に壊れてしまっていて、わざわざ直すのも予算的に勿体ないということで私が入学する以前から放置されっぱなしらしい。


 別に好き勝手に使っていいよと顧問の先生に言われたときの衝撃よ。

 今ではこうして無断で物置教室から脚立を借りていくようになってしまった辺り、すっかり私も不良生徒になってしまったような気がする。


 やや重たい脚立を両手で抱えてよいしょよいしょと引きずりそうな加減で運んで、思いのほか遠くに感じられた部室へと戻ってくる。

 廊下には冷房がないので汗が酷い。こんなの、ゆかりには持ってこれないな。


「部長、本棚に足をかけるのやめてください」

「ちゃんと上履きは脱いでるから安心しちゃっていいよ」


 案の定というべきなのか、ある種のサプライズだ。

 ゆかりが本棚を梯子にして天井に飾りつけしようとしていた。

 その見た目は、いたずらをしようとしている子供そのもの。


 目を離すと本当に何をするのか分からない人だ。


「淑女として下品ですから、お止めください。お猿さんは降りて、私がやります」


 ゆかりは小さいから上の作業はやらないで、とは本人には言ったりしない。

 ふくれっ面を眺めるのもいいが、とりあえず飾りつけ作業に取り掛かる。


「部長、他にも準備することがあるんじゃないですか?」

「美紅さん、さすがに察しがいいね。実は他にもパーティグッズの用意がね」


 ゆかりが別の段ボールをごそごそと漁ると、とんがり帽子やらクラッカーやら。

 本当にパーティやる気満々なのが見て取れる。

 よく昨日の今日でそこまで集められたな。それとも前々から考えていたのか。


「ほら、これ。みんなで遊べるアナログゲームも買っておいたんだ。テレビゲームも悪くないけど、こういうのもあった方が盛り上がると思ってね」


 パーティの準備にテンションを上げているゆかりは本当に可愛い。

 そのあどけない笑顔は相変わらず、いつまでも見ていたくなるくらい。

 ゆかりのそのロリロリしいその容姿は、どうしてこうも人を惹きつけるのやら。


 二人掛かりで部室のプチ模様替えが終わった頃合い。

 満を持して後輩ちゃんたちが集まり、その日は一日パーティで盛り上がった。


 ただ一つ、疑問が残ったとすれば、ゆかりは何のパーティかを明確にしなかった。先輩たちの文芸部お別れ会とか、そんな名前をつけてもいいはずなのに。


 何故か、私は気にかかってしまった。

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