8月23日:後輩と遭遇と
昨日も結局、冷房の効いた部室でロリ部長と、あと後輩ちゃんたちとマンガ読んで雑談だけで一日が終えてしまった感がある。
無駄に無駄しかない無駄だらけの無駄な日だったと言わざるを得ないだろう。
存外それがいつもと変わらないというのは言うまでもない話だが。
スマートフォンのメッセージアプリに莉子ちゃんからスタンプが飛んできていた。お辞儀をするクマ的なキャラクターのスタンプだ。
三つもポンポンポンと連打してある辺り、その度合いが分かるというもの。
しばらくアニメーションするクマのスタンプを眺めていたら既読に気付いたのか、新たなメッセージがポンと出てきた。
どうやらお礼を兼ねた遊びのお誘いらしい。他の後輩ちゃんも呼ぶとか。
メンツは私含め三人。まあまあ少人数ではあるが私にはそのくらいが丁度いい。
わざわざ断る理由もなかったので、OKのスタンプだけ返しておいた。
即答でお辞儀するクマ的なスタンプがまた連打される。なんと可愛い後輩だろう。
窓の外を見上げる限りではやや曇りがかってはいるが、予報では降水確率も低い。鞄の中に折りたたみ傘を入れておけば問題ないだろう、多分。
思いのほか、涼しげな風も吹いているようなので、ある種お出かけ日和だ。
私は支度を済ませて、意気揚々と外へと飛び出していくのだった――……。
※
※ ※
※ ※ ※
「さくら先輩、こっちであります!」
駅前の雑踏の中、大きく手を振る小さな莉子ちゃんの姿を確認する。
指定の時間より早めに来たのだけど、既に集まっていることに申し訳なくなる。
あるいは、先に二人だけで集まっていた可能性も否めない。
「美紅パイセン……、ゃー……」
莉子ちゃんの隣で、雑踏に消えそうなほど小さい声でおどおどと片手を挙げるのは身長百七十は超えているであろう長身長髪の白露ひまわりちゃんだ。
内気なのに莉子ちゃんのテンションに合わせてか頑張ってる様子が伺える。
本人を前にしては言わないけれど、その長身は正直目印になっていた。
「ごめんね、待たせちゃったよね」
「ぃぇ……、そのようなことは、なぃ……、す」
語尾が殆ど聞こえないくらい、か細い声で言われた。
前髪で表情も読めないが、かなり照れているということだけは間違いなく分かる。
ひまわりちゃんは口数が少ない方でこれでも喋れるようになった方である。
中学生の頃から身長がすくすく伸び始めて周囲に打ち解けなくなっていったとか、そんなことを言っていた気がするが、悪い子でもないことを私はよく知っている。
ただ、ぬらりと立つ無口な高身長は、やや威圧しがちであるというくらい。
同級生の莉子ちゃんとはよく遊んでいるようで並んでいる姿をよく見かける。
身長差が首一つ分くらいあるし、テンションの差も真逆なのに実に仲良さそうだ。
「それじゃみんな集まったところでレッツゴーであります!」
「ぉー……」
挙げるタイミングを見計らうようにゆっくりと拳を突き出すひまわりちゃん。
正直、そのギャップが可愛すぎた。
※ ※ ※
カラオケボックスにこもって数時間。
レパートリーの少なかった私は早々にリタイアし、賑やかし役に回っていた。
莉子ちゃんの元気ハツラツっぷりが垣間見えるアニソンラッシュも然ることながらひまわりちゃんのラブソングの異常な上手さに思わず涙が溢れそうになった。
声はいいんだから普段からもうちょっと声を張っていけばモテそうなのに。
こういうのを残念な美女というのかもしれない。
こんなカラオケの場でもなければこの声も聞くことがないと思うとかなり貴重だ。逆に、ひまわりちゃんの引っ込み思案が治ったらどうなってしまうのやら。
ドリンクバーのグラスが空になってきた頃合い。室内に内線の呼び出し音が響く。
ひまわりちゃんの美声にかき消されそうだったが、辛うじて時間がもうちょっとで終わるということが分かった。
「延長する?」
「これでラストにするのであります」
なんとなく通じたのか、莉子ちゃんが首を縦に振る。
ほどなくして熱唱を終えたひまわりちゃんが息を切らせつつ察した様子だ。
「ぁ……、ぉゎ、ぉわ、り、です、か?」
どうしてマイクを置いた直後にこんなにも弱々しくなるのか。実に謎だ。
勢いのまま大声でハキハキ喋っていてもおかしくないのに。
ともあれ私たちは放り出していた手荷物をまとめてカラオケボックスを後にする。
こもっている間に曇り空が一層深くなっており、薄暗かった。
いざ、外へと出ていくとまた急激に熱気に包まれる。
太陽も見えていないというのに、なんという暑さだ。
早く駅に行こう。
そう思った矢先、莉子ちゃんがボーっと何処かを一点に見つめていた。
「さくら先輩……、あれって……?」
そっと指さす先を見ると、そこには部長の姿があった。
だが、私は声をかけようとは微塵も思わなかった。
何故ならすぐ近くに別な誰かがいたから。うちと同じ学校の男子生徒だろうか。
「部長、誰と……」
言葉が上手く紡げない。たまたま出くわしただけという感じでもない。
一体あれは誰なのだろう、という思考に埋め尽くされて声が出せない。
「ぁ……、ぁれ……三年の、葉月パイセン……」
「白露さん、知ってるの?」
おどおどと答えるひまわりちゃんに向かって私が思いきり振り向いたからビクっと反応されてしまった。落ち着け、なんで私は焦っているんだ。
「あれは学年二位の人であります。イケメンモテモテ先輩でありますよ」
「ぁ、ぁたしも、顔と名前、知って……ぅ」
そんな有名人なのか。全然知らなかった。成績の順位とか見てなかったし。
「え、じゃあ、部長なんで、なんでそんな人と? じ、実は兄妹とか、親戚とか?」
「いや、部長は一人っ子でありますからして」
「違うと、思う。でも、ぶちょ……、楽しそぅ……」
しどろもどろになる私に後輩ちゃんたちが答えてくれるが、疑問は解消されない。声を掛けてしまえば明らかになるのに、どうしてか踏みとどまってしまう。
あれは、私が立ち入っていいものなのだろうか。
何を話し込んでいるのかは雑踏に紛れて分からない。
でも、少し近づいて、おーいと声を掛ければ届く距離。
部長と知らない誰かが会話している姿を、私たちは眺めるしかなかった。
おかしいな、今日は降水確率低いはずなのに。
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