8月21日:パフェ、再び

 またここに来てしまった。

 そんな心境で私はビルから突き出すそのカラフルな看板を見上げた。

 アニメ調のキャラクターがウィンクしている、そんなイラストが描かれている。


 ともあれ、私はその建物へと入り、階段を上っていく。

 アンダーグラウンドに向かって足を踏み入れているような気持ちだ。

 目の前に板チョコのような茶色い扉が現れ、不思議の国へ誘われたアリスみたいなそんなメルヘン感に気持ちが切り替わっていく。


 当然、この扉を開けたら――。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 きゅるるんとしたとびっきりの笑みを見せるロリロリメイド部長が現れる。

 昨日のコスメを使ったのか、普段の三割増しくらいキュートさが上がっていた。


 それとの関連性は不明だが今日は妙に客の数が多い気がした。気配というべきか、熱気というべきか。冷房ついているはずなのにムッとくる。


「ご主人様のご帰宅でーす」

「おかえりなさいませ、ご主人様~」


 ベルの音を合図にして店内からコールが響き渡っていく。

 そして、私は部長に案内されるがままにテーブルへと向かった。


 その間に、ふと、他の客のテーブルが目についてしまった。

 あのドカ盛りパフェに挑戦している客がドカドカといたのだ。

 まだ半分すら食べれていないのに早くもリタイア気味な客もいる。


 なんなんだ、この空間は。ほとんどの客がスプーンを片手にパフェを睨んでいる。

 新作スイーツで、値段も結構張ったような気がするのに、何故。


 すると、通りすがりに私の方に視線が集中していたような気がした。

 別に常連客とは面識がないはずなのに、私を見て驚いているようなそんな目つき。その不思議な理由の答えは直ぐに分かった。


 ドカ盛りパフェの完食者の写真がドカドカと、いやデカデカと貼り出されており、どういうわけか、そのド真ん中に私の顔が映っていたのだ。

 これって肖像権の侵害という奴なのでは。訴えたら勝てるのでは。


 しかも、よりにもよって完食タイムまでバッチリ載せられている。

 急激に私は顔が真っ赤になっていくのを感じた。


「ちょっと……、部長、これ、どういうことですか……?」


 ヒソヒソと問い尋ねる。これに部長メイドは笑顔を崩さずにニッコリ答える。


「美紅お嬢様のおかげで大変好評でございます」


 悪びれもしない言葉には返す言葉もない。


 他の完食者の写真が見当たらないと思ったら、横にあるポップのせいだと気付く。私のタイムを基準にされているっぽい。

 それだけでなく、私の完食タイムを抜けたらオリジナルグッズがプレゼントされるキャンペーンまでやっている。だからこんなにドカ盛りに挑戦しているのか。


 ぁー、分かった。全部把握した。

 いきなり部長から奢りだなんて景気のいい話がくるなんておかしいと思ったんだ。


 パフェの売り上げでボーナスがもらえるとか言っていたっけ。

 この分だと、相当ウハウハに儲かったに違いない。


「ねえ、ちょっと待ってください。確かカップルメニューって言いませんでした?」


 今ふと思い出したのは、そう。ドカ盛りパフェはカップルメニューということ。

 元々は一人で注文するメニューではなかったはずということだ。

 だからこそ、あんなドカ盛りになったのではなかったのか。


「そのときはその予定だったというだけでございます」


 なんか騙されたような気分だ。


「さすがにこれは酷くないですか? 私のときは時間制限なんてなかったですよね」


 私は普通にパフェを完食しただけ。タイムアタックをした覚えはない。


「それでもこちらのタイムは美紅お嬢様のもので間違いございませんから」


 確かになんかストップウォッチ持ってたからちょっと変だなぁ、とは思ってた。

 お客さんがどれくらいの量を食べられるのかとか計算するためのものかと思えば、ドカ盛りパフェのタイムアタックのためだったとは。


 少し悔しいと思ってしまったのは、私としてはゆっくり食べたつもりだったから。

 それがまさか完食に至る客すら少ないなんて、恥ずかしさが限界突破しそうだ。


 むしろ、なんでみんなこの記録を抜いてくれないのか。それが分からない。


「それではお嬢様、こちらがメニューになります」


 そういって席に着いた私に、部長からメニューが差し出される。

 一ページ目をめくり最初に目にしたのが私の笑顔だったことにトドメを刺された。


「こちらただいまキャンペーン中となっております」


 そんな、あざとい上目遣いの愛嬌振りまきまくったブリっこボイスで言われても、部長のロリロリしさが強調されるばかりでただただ可愛いだけじゃないか。


 なんで私の食べ終えた顔と一緒に、ドカ盛りパフェが映り込んでいるのか。

 この横に「私が作りました」とか書いてあるならまだしも、「完食しました」では意味合いというかなんというか、化け物感が増し増しのドカ盛りすぎる。


「じゃあ、これで」


 メニューに映り込むデカデカしいドカドカとしたソレを指さす。

 そのときの私がどのような顔をしていたのかは定かではない――……。


 ※


 ※ ※


 ※ ※ ※


「「「うおおおおぉぉぉおおぉ!!!」」」


 店内に響き渡る歓声の中、私はスプーンの先端を舐める。

 ストップウォッチ担当のメイドさんがタイムを止めたとき、一瞬ゾッとした表情を浮かべたのを私は見逃さなかった。


「タイム更新おめでとうございます、お嬢様。こちらがグッズになります」


 ほくほく笑顔のロリ部長に紙袋を手渡される。嬉しいという感情も勿論あったが、胸中としては複雑なものが渦巻いているとしか言いようがない。


 だって、あんな中途半端なタイムが嫌だったんだもん。

 ま、そのせいでますます景品に届く人も少なくなっちゃったけどね。


「挑戦客が減ったらごめんね」

「いえいえ、これでますます増えると思いますよ」


 確信めいた笑みでそんなことを言われるものだから溜め息が出そうになる。


 他の客の盛り上がりようを見るに、その可能性も否めない。

 こんなつもりじゃなかったのにまたしても部長にハメられてしまった気がする。


「では記念のチェキを撮らせてください」


 さすがに拒否する気力もなく、私は部長と並んで作り笑顔を浮かべた。

 こんな写真がまたしばらく貼られると思うと、店に来れなくなりそう。


 まあ、思い出が残るという意味なら悪くないのかもしれない。

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