8月20日:ショッピング

 見上げるような入道雲が青空に浮かび、途方もなく暑い日差しに晒される昼の前。私と部長は市営バスに揺られ、猛烈な冷房で汗を引かせていた。


 二人揃って外行きの装いだが、先週とは違って今日はプールではない。

 かといって、メイド喫茶というわけでもない。

 ゲーセンでもなければ、お祭り会場に向かおうとしているわけでもなかった。


 本日の行く先はショッピングモールだ。何故と聞かれたら答えは単純にして明快。昨日は部長の家でしこたまゲームでボコしてしまった結果、謝罪の機会を失ったからというのが建前だろう。


 別に私自身、一昨日の件は怒っていたというわけでもないし、どうでもよかった。

 でも、部長が得意ゲームで勝負してくるなら手も抜けない。

 なんやかんや理由つけてみたものの、一応は許すのを条件にしていたこともあり、せめて今日一日は自由に遊ぼうというところに着地した。


 それを言ったら、昨日も散々部長とは遊び倒したんだけどなぁ。

 心ではそうは思ったが、口にはしなかった。


「それで何処に行くつもりなんだい?」

「SNSのトレンドに挙がってた海外コスメが今日発売らしいので、それでも」


 自分の口で言っておきながら、実際にはそこまで興味のあるものではないけれど。ただバズっていたから本当にあるのかどうか見たいだけ程度のレベルだ。


「美紅さん、実際のとこ、ソレそんなに興味ないだろ」

「まあ、はい」


 さすがに部長にはバレるか。もしくは、よほど分かりやすい顔をしていたか。


「せめてマンガとかの新刊じゃないのかい?」

「言うて、大体チェックしてますし、今はアプリ買いが殆どなので」


 より厳密な言い方をすると形の残るような本は文芸部に持っていってしまったし、あえてダブって買う気がないのと、本を買う=部室に持っていく、という感覚なので新しく買おうとは思えないのが本音といえるだろう。


 夏を超えたらあの部室は後輩たちに明け渡すわけだし、かといって欲しい本だけを持って帰るというのもなかなか勇気のいる行動ではある。

 あれでいてあの部室に置いてあるものは備品扱いなわけで、面倒なこともある。


 お気に入りのマンガだけは既にアプリでも購入済みだし、部室用でなくなるのならやっぱりわざわざ買う必要がないな、って思ってしまう。


「それとも、部長は何か揃えておきたいマンガがあるんですか?」

「まあ、特にはない、っかなぁ。えへへ」


 私の記憶の中では続き物の単行本は最新刊まで揃っている。

 新刊が出そうな奴も来月以降だった気もするし、新しいマンガを開拓しない限り、文芸部目的で考えるなら買うものはないはず。


 同様に、部長自身が欲しいものとしても抜けている本はなかった気がする。

 昨日も本棚を物色した限りでは目ぼしいものは大体揃っていたし。


 ただ、この誤魔化しの表情から察するに、何か長編を検討しているように見える。まだ完結してないけど、連載期間が長くて巻数も多いやつだ。

 部費の足しにするとかで例のメイドのバイト代もちゃっかり貯めているようだし、そのくらい大盤振る舞いしてもいいかな、とは密かに思っていそうだ。


「他に買うものとなると、下着とかですかね。部長もそろそろどうですか?」

「どう、とは?」


 しれ~っと目線を逸らした。かなり触れられたくないデリケートなことだろう。

 何せ、身長の伸びっぷりは停滞しっぱなしの状態なのだから。

 はたして、去年より一センチでも背は伸びたのだろうか。


「まあ、はい。すみません、言いすぎました」

「そこで謝られるのタイミングおかしくない!?」


 さしもの部長も、何を言わんとしようとしていたかは察せたらしい。

 こんなつるぺたのロリ体型、あまりにも危険指数が高すぎる。

 誘拐されないことを祈るばかりだ。


 何はともあれ、ショッピングモールに到着して生温い冷房を肌に感じる。

 夏休みシーズンはまだまだ健在だと言わんばかりに親子連れほ多いこと多いこと。


 ショーか何かをやっているようで、拡声されたボイスと歓声で賑わいでいた。

 そんな人だかりを横目に、私は一応の目的であるコスメ求め化粧品売場へ向かう。


「美紅さん、買ったとしてそれ付けるの? 化粧の仕方とか大丈夫?」


 おそらく現状、化粧とは最も縁の遠い人物から心配されるが問題はない。

 数回ほど練習代わりに使ったら後はコレクションと化すだろうから。


「いざとなったらAIに聞くから」


 せいぜい私にできる渾身の返しはこんなものだった。

 納得されたかどうかはさておいて、部長の笑みを見られたからよしとしよう。


 極力生活に関わるものでもなければ買い物なんてこんなものだ。

 強い意図や意味も持たず、やはり漠然と漫然と流れるままやっていくものだろう。


「部長はどうするんです? 一緒のものでも買います?」


 また意地悪っぽく言ってしまう。

 部長がメイクにさほど興味ないと知っておきながら。


「美紅さんがそういうなら、せっかくだし、買ってみようかな」


 だからそんな答えが返ってきて、私は意表を突かれた。

 反応しそびれるくらい驚いて、発声器官が詰まり、一瞬咽るレベルで。


 何しても似合わないだろうなぁ、という想像が脳裏を過ぎる。

 似合わないというよりも、おしゃまな絵面しか浮かばないというべきか。


「そんなに笑うほどのことかねぇ?」

「ゴホッ、わ、笑ってないよ、気管支に入っただけだから……」


 取り繕うとして余計に咽て、逆に笑いを堪えているみたいになってしまった。


「部長こそ、メイクなんてしたことあるんですか?」

「失敬な。バイト先でちゃっかりと練習している」


 想像できないかと思ったが想像できてしまった。

 練習している、という辺り、同じバイトの子たちに囲まれてああだのこうだのと、涙ぐましい努力をしている光景が目に浮かぶ。


 思い返してみれば、あの類の店でメイクしない方がおかしいのか。

 確かにいつもより部長が数割増しに可愛く感じられた気がする。


 単にメイドらしく振舞っているだけと思ったが、そうではなかったらしい。


「なら、部長のお手並み拝見といかせてくださいよ」

「こっちの勝負なら美紅さんより分があると思うけど、いいんだね?」


 相変わらず部長のロリロリしい笑みは、やっぱりメイクなしでも可愛らしかった。

 やはり口には出さないけど。

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