8月18日:雨上がり映画
昨日までの湿っぽさを水たまりとして残しつつも雨は上がっていた。
暖かい日差しはアスファルトを乾かしていくようで、かえって熱気が立っている。
何の気なしに外出しようと思ったのは本当に気まぐれ。
今日の気温はグンと上がるらしいから熱中症には気を付けないと。
先週プールに行ったついでに買っておきながら、結局使わなかった日傘を差して、雨に濡れた町を歩いていく。やはり既に凄まじく暑い。サウナのよう。
歩くだけでダメージを負う毒沼のようなうんざりさだが、目的地へと急ぐ。
電車に乗って、バスに乗り継いで。
一昨日なんかは、進めば進むほど人気の少ない山の中へと景色は移り変わったが、今日は真逆で、ずいずいと都会らしさが増していく。
十数分くらいで目的地へと辿り着き、バスを降りてすぐ、また日射が襲い掛かる。
私が来たかった場所――それは映画館だ。
何の変哲もないただの映画館。
テレビ見てもネット見ても何を見ても、コマーシャルがばんばん流れてくる割に、その半分も観に行っていない気がするが、興味自体あるのも多い。
最近だと配信サイトに課金していることもあってか、わざわざ映画館に行くなんて割高なんじゃないかという思想も沸々と。
それでもいざ映画館についてみれば、それなりに客がワッと入っている。
子供連れファミリーにカップルに、老夫婦。年齢層も幅広い。
私みたいに一人で映画館を訪れる陰キャはそんなにいないのだろうか。
映画館内は不思議と甘い匂いが漂ってくる。売店に寄れ、と言われてるみたいに。
券売機も列ができていて、何人もああだこうだ言いつつチケットを出していた。
思うのは、客の捌け具合が遅い気がするということ。
今日に始まったことではないが、そういう認知バイアスなのかもしれない。
観る映画決めていないのに券売機に並んでいる若者連中が今になって相談したり、カードが使えると分かった途端にサイフやら何やら探りだしたり。
そもそも操作の仕方が分からなくて係員を呼んで、なおもてんやわんやしたり。
だって券売機といっても、観たい映画と時間を指定して、人数入れたら終わりだ。戸惑う要素も少ないし、お金にせよカード類にせよ、事前に準備できるはずだ。
立ち止まって、スマートフォン開いて、SNSで一言二言発信する余裕があるのはやっぱり遅いんじゃないかな、って思ってしまう。
それだけやっても一人分が捌けるかどうかだし。
一人か二人、不慣れな人がいるならそれも仕方ない。
大人数だとかえって誰が操作するかで揉めるのかもしれない。
それにしても、大多数がこんなに迷うのはどうしてなのか、やや疑問だ。
そもそも、映画を観ようとする人の層が大きく偏っているのではと思う節もある。
人気作品に惹かれた場合を除き、映画は世間でいうオタクのための娯楽だと。
普段から映画を観ようなんて発想がないから、勝手が分からない。
ほとんど初見だから何処をどうしたらチケットを買えるのかすら手間取るのかと。
無論、こんなのは私の妄想と偏見にしか過ぎない。
ひょっとすると、私がひょいひょいサクサクと操作しているつもりでも、その間に後ろに並んでいる人たちは「こいつ遅ぇな」と思っている可能性も無きにしも非ず。
でも、券売機だけじゃなくて売店も似たように遅く感じるんだよね。
列に並んでいる間に、自分が何を食べたいのか考えてなかったの?
なんて思うときは多々ある。
映画館にやってきたけど、何を観たいのか分からない。
どんな映画が何時にやってるのか知らない。券売機の操作も複雑に感じる。
何か食べたいけど、何を食べたいとか何を飲みたいとか別に考えてもいない。
そんな漠然とした状態のまま生きている人が大多数なのだろうか。
さすがにそれは誇大妄想が過ぎると思いたいのだけれども。
逆に、世の中、何も考えないで流されるままで生きている人が大多数と考えると、ちょっとだけ私の心も軽くなるというもの。
どうせ明日は明日の風が吹く。まだ知らない来年のことまで考えたら鬼が笑う。
皮算用ばかりに頭を悩ませるのは滑稽なんだと。
ようやくして列が捌けて、余裕をもって映画館に来た割には上映時間間近になって券売機の前に辿り着く。これが対人のカウンターだったらアウトだったかも。
陰キャにはパネルタッチするだけでチケットが出る形式がありがたい。
多分、観たい映画のタイトルと時間を言うだけで数分費やす気がする。
チケットが出てきて、本当はポップコーンとコーラを買いたかったけど、諦める。
最初の十数分くらいは上映前のコマーシャルだから全然余裕だと分かっているけどやっぱり劇場内が暗くなる前には自分の席に着いておきたいものだ。
合理的な話をすれば、暗闇の中、トレイを持って歩くのが危険というのもあるが。
やっぱり、映画は始まる前に、暗くなる前に、スクリーンを眺めていたい。
誰に共感を得られるのか分からないアレだけれども。
劇場内まで足を運ぶと、当然のように人がごった返していた。
ざわざわと賑やかで、まるで学校の教室を彷彿とさせる空間だ。
これがいざ暗くなって、もうすぐ映画が始まる頃になると一斉に静かになる辺りもまた学校の雰囲気のソレに似ている。
私はチケットに印刷された座席の番号を探し、階段を降りていく。
意外と思っているのは、席が空いている限り多くの人は後ろから席を詰めている。前の方に座ろうとする人はあまりに少数派だということだ。
そんなに後ろに座っていて映画が観れるのだろうか、と思う私は異端か。
勿論、最前列には座りたくない。首が痛くなるから。
スクリーンの大きさに合わせて、やや前よりの席をチョイスする。
いつもそんな風にチケットを購入しているから、自分の周りだけ人がいないこともまあまあよくある。それはそれとして静かに観られるからいいんだけど。
今日に関してはそうでもない。後ろの席も前の席も埋まろうとしている。
学生さんらしき姿もチラホラと。これは賑やかになりそうだ。
そんなことを考えていたら――
「あれ? 美紅さん?」
「え? 部長?」
「さくら先輩ちっすであります~」
学生ご一行と思っていた塊は、部長と部員の後輩の面々だった。
暗くなるまでのしばらく、私は硬直して座れなかった。
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