8月17日:雨の日の憂鬱
昨日から降り続く雨は、心の不快感を煽るだけに留まらず、何処となく蒸すような湿気を内に閉じ込める。エアコンの除湿は冷房よりも電力を食うとはよく聞くけど、こういうときこそ使うべきなのではと心が迷う。
この夏の終わりはカラっと乾いてくれるのだろうか。
今日が雨降りだとして、来週、再来週も同じように雨が降り続くことはない。
そうは思いたくとも――止まない雨はないと思いたくとも――確証はない。
人気の恋愛もののマンガに目を通しているが、人物の名前が頭に入らないどころかストーリーがどうなっているのかすら分からなくなっている。
セリフの意味や意図すらもすり抜けてしまい、無個性な棒人間と文字の羅列だけが延々と続いているように見えて、さすがに閉じるしかなかった。
このマンガはこんなにつまらないのに世間では人気を博しているのか。
そんなわけがない。咀嚼する気もなく、口に入れることすら拒んでいるせいだ。
自ら味わおうとしないものをどうやって堪能すればいいのか。
私自身がつまらないままでいる限り、この世のどんなものもつまらないんだ。
こんなにも単純明快な答えがあるっていうのに、心はままならないものだ。
気持ちって奴は、どうやったら切り替わるものなのだろう。
スイッチみたいに簡単にON/OFFがパチっと変わってくれたらいいのに。
ここのところの私ときたら壊れた蝶番のよう。
切り替えるべき新しい私がないからなのかもしれない。
高校生活を過ごして、なんやかんやで文芸部に居座って、部長や後輩ちゃんたちと楽しく過ごして、グダグダでも笑いあって――それが私の全部。
それがなくなったら、私はなくなってしまうんだ。
だから、私は新しい自分を早く探さないことには壊れてしまうに違いない。
変わることのないまま失うのは虚無に取り残されるようなものだ。
依存というのはそういうことなんだと思う。
なら、私がすべきこととは何か。差し当たっての問題も明瞭といえる。
夏の後に残らないものに固執せず、次なる目標と居場所に視野を向けることか。
はぁー……文芸部、嗚呼、文芸部。どうやって私の中から切り離そう。
こんなことで悩んでいるのって、私くらいなんじゃないの。
後輩ちゃんたちだってこんなにも固執していないはず。
やっぱり部長も、同じなのかな。
あんなに子供っぽくて、子供みたいに愛嬌振りまいて、子供じみたあのロリ部長が私なんかよりずっと大人でいられるなんて、正直どうしてかな、なんて思う。
でもきっとそう。部長は新しい自分に切り替われるんだと確信できる。
そして、私はきっと逆なんだ。大人ぶっている私の方がずっと子供なんだ。
心ばかりはずっと子供のまま成長できていない。
いや、これから成長しなきゃならないのだから、切り替える新しい自分を作ろう。選択の余地もない、確定した道順に沿って歩くしかないのだから。
時間は止まらない。高校生活は終わる。文芸部も終わる。戻ってくることはない。どれだけ横道に逸れていったところでそこには帰れない。
……窓の外の雨音が激しくなってきた。
私の心情をそこまで反映してくれなくてもいいのに。
天気予報では明日には晴れるらしい。だとしたら私も晴れるのだろうか。
明日、私は、何をしよう。
終わる夏休みを、満喫する以外に、私に何ができるだろう。
窓を打ち付ける雨粒がけたたましい。胸の内にマシンガンを撃ち込まれてるよう。ハチの巣みたいに穴だらけになってしまったら、そこに私の心はあるのだろうか。
こういうときに気分を変える方法って何があるのか思いつかない。
外に出る気はしないし、マンガもつまらないし、ゲームでもやるしかないか。
のそのそと、酷く怠い体を引きずるようにしてゲームをセットする。
テキパキ動けば一秒でセットアップできる程度の労力なのに。
ディスプレイに電源を入れる。
このゲームは丁度、部長が部室に持ってきたものと一緒のものだ。
ローカル対戦もオンライン対戦もできるし、ソロプレイでも十分に遊べる。
ゲーム画面にメーカーのロゴやらが流れていき、タイトル画面へと遷移していく。聞きなじんだBGMを片耳に、コントローラーを握った私は操作を進める。
別に、得意なゲームというわけでもない。
過去シリーズをやってきたから惰性というのもあるし、一応は流行っているから、というのもある。まあ、ゲームをやるのに理由なんてほぼ要らないが。
先週くらいに部室で部長や後輩たちとやったときは結構熱戦だった気はする。
勝ったり、負けたり、腕前が拮抗していて決着も分からなかったくらい。
確かそう。優勝したら次の部長だとか言ってたんだっけ。
急遽、後輩ちゃんバトルロワイアルが開催されて、莉子ちゃんが勝ってたけど。
あんなんで本当に部長になるんだろうか。
部長が部長を降りて莉子ちゃんが部長になったら私にとっての部長は何なんだ。
自分で思っててこんがらがってきた。
夏の終わりを迎えたら、部長は、雪村ゆかりになるのだろうか。
そこからの私は幸村さんとか、ゆかりさんって呼ばなきゃならないのか。
あんまりしっくりこないな。いっそ気恥ずかしいくらい。
そもそも部長呼びなのも、名前を呼ぶのが気恥ずかしかったのが発端のはずだ。
ようやく卒業する頃合いになってそっちも卒業することになるのか。
なんだかややこしいな。
部長が卒業を機に部長をやめて部長が変わるから私は部長の部長呼びを卒業する。じゃあ新しい部長を部長呼びしたら卒業するまで部長は卒業できないのか。
やれやれ、意味が分からなくなってきた。
部長も、私がいつまでも名前で呼ばないことをどう思っていたのやら。
三年の付き合いがあって、部活動であれだけの時間を過ごして、未だ他人行儀。
案外そこら辺にいるモブ一同の枠組みだったりするのだろうか。
ちょっとそれは想像したくないものだ。
私の中での部長が大きくなっている一方で、私自身はそんなものなんて。
ぼんやりとしていたら、ゲーム内の私は勝利を獲得していた。
やはり、CPU対戦は少々物足りないものがある。
かといって、安易にネットに繋げればボコられる。
だから私の手はサッとスマートフォンに伸びた。
「……もしもし部長? 今からオンライン入れますか?」
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