8月16日:曇天の墓参り
窓の外はどんより曇り空。ベッドの上で仰向けになる私は、にやついていた。
スマートフォンに映し出される昨日の部員たちの浴衣姿を眺めていた。
こんなにも楽しくはしゃげたのは久しぶりのように思えてしまう。
普段から部室にこもっていたようなものだし、会話も必要最低限だったのもあり、デジタルゲーム以外の遊戯で一緒に遊んだのはかなりレアだったのでは。
そんなことを考えつつも、妙に鬱な気持ちになるのは、謎に私だけお祭りのことがすっぱりと頭の中から抜けていたことだろうか。
どうして事前に浴衣集合とか言ってくれなかったんだとか思うところもあったが、そもそも別に打ち合わせなく、なんとなくみんな浴衣で来ていたことに驚く。
部活に行こう。ああ、そうだ、この日は祭りがあるんだった。
じゃあ、せっかくだし、浴衣も着ていこうかな。
そのくらいナチュラルな思考で動いていたらしく、事前連絡などあるはずもない。
他の部員が祭りに行くかも分からないわけだし、浴衣を着るとも限らないわけで、あえて特に言わなかったところもあるのだろう。
ただ、あの奇跡的な合致っぷりを見るに、普通の考え方はそうなのかもしれない。最初から祭りのことも意識してなくて、浴衣を着る発想もなかったのは私だけ。
そういう思考に行き着いてしまうと、自己嫌悪がずいずい昇ってくる。
半年もなく卒業する陰キャな先輩が無理してはしゃいでる、なんて思われたかも。精一杯の笑顔の並ぶ写真を眺めて、こんな気持ちになろうとは、逆張りも過ぎるか。
ネガティブ気質も、こうまで拗らせるとは、我ながら情けない。
ありもしない妄想で自身の心を削り出したら負の連鎖まっしぐらだ。
そういえば、かき氷と焼きそばしか食べてなかったな。
折角ならフランクフルトも食べておけばよかったな。
こんな些細な後悔すら、ズゥンとなってしまうくらいなのだから。
その点でいえば、部長は全力投球で祭りを楽しんでいた。
文芸部の部長という肩書きを持ちながら本当相変わらずアグレッシブな人だ。
見た目相応な行動力にはいつも驚かされる。
「美紅ー、そろそろ支度してー」
階下から母の声が聞こえてくる。
気持ちのスイッチを切り替えるみたいに、私はベッドから降りた。
「はぁーい」
返事を一つ。もう一度窓の外を見る。やっぱり薄暗い。
このこびりつく暗鬱な気持ちは天気から来ているものなのだろうか。
何にせよ、私は外行きの服に着替え、適当な白い帽子を被った。
※ ※ ※
いつポツリポツリときてもおかしくないような空の下。
ほとんど無人の駅を降りて、下手したら通り過ぎてしまいそうなスカスカな改札を家族と並びつつ電子マネー決済で潜り抜けてすぐ。
殺風景でだだっぴろいだけの田舎駅のロータリーでタクシーを待っていた。
目につく店が改装途中のように寂れて見えるが、口にするのは失礼か。
家を出るときに手ごろな折り畳み傘を持ってこなかったことにも後悔していたし、乗車した駅のコンビニに立ち寄った時に傘を買わなかったことにも後悔している。
今さら何処かで傘を買おうとしてももう遅い。
「タクシー、呼んだのになかなかこないね」
何の気なしに呟いてみたり。バスの路線も少なすぎるのもなかなか深刻である。
このまま時間が止まってしまうのだろうか、と思うくらいの静寂がまとわりつく。
暑いというほどではないが、湿気のねっとりとした屋外は、気持ちも晴れない。
灰色に染まった空を見上げて溜め息をついている間に、タクシーがやってきたが、それが早かったのか遅かったのかは分からない。
ともあれ、私の家族全員はタクシーへと乗り込むのだった。
※ ※ ※
自宅から電車とタクシーを乗り継いでたどり着いた場所は、霊園だ。
夜にはとても行きたくはない光景が広がっている。
墓石が驚くほど真っすぐに整列されたこの場所を訪れた理由は明白だ。
お盆だから墓参りに来たというだけ。毎年の恒例行事というやつである。
何の感慨もない、といえばウソになるが、こんな時期に外出することを考えると、不謹慎ながらもやや疑問が強くなる。
曇っていたからよかったが、熱射をまともに浴びていたら仏が増えるだけだろう。そんなことをご先祖様が望んでいるとは到底思えない。
墓参りに来たついでに墓に入る準備を進めるとか、冗談にもなってはいやしない。
この石の下に眠っているのは、私のひい祖父ちゃんとひい祖母ちゃんだ。
はっきりいって顔も覚えていない。おむつを替えてもらったことはあるらしいが、私がまともに言葉を覚える前になくなってしまったから。
今はお盆の時期。亡くなった人たちもこちらに帰ってきているとは言うのだけど、もし本当にここに、墓の前にいたとしたらどんな顔をしたらいいのか。
幽霊とかオカルティズムなことを真っ向から信じてはいない。
それでも、私の人生の一割にも満たない人たちに何を思えばいいのだろう。
私はこんなに大きくなったよ、なんて自慢に言えることも少ない。
墓の前、お線香を添えて、手を合わせて、スッと目をつむる。
どうしてか、私の心の中に「ごめんなさい」という言葉が浮かんでしまう。
何か悪いことをしたわけでもないのに、何も良いことが思いつかないばかりに。
こういうとき、普通の人はどんなことを思うのだろう。
ひいお祖父ちゃん、ひいお祖母ちゃん、いつも見守ってくれてありがとう。
私は来年の春に高校を卒業して立派な大学生になります。なんて。
少なくとも、私にはない言葉だ。あきらかに、心にもない言葉だ。
顔もろくに覚えていない、ほぼ赤の他人に近い人たちに何が言えよう。
立派どころか、卒業すら億劫で、今のままでいたいと思っているくせに。
もう八月は半分を過ぎた。夏の終わりまで間もない。
その先にはグダグダと引きずり続けていた学校生活の一区切りが待っている。
もっと晴れ晴れとした顔をするべきだと思っているのに、顔模様は空と連動する。
「あら、降ってきたみたいね」
母の言葉で、温かい雨粒が私の頬に伝っていることに気付いてしまった。
「やだぁ、私、傘持ってないのにっ」
雨から逃げるフリをして立ち上がった私は、雨宿りのできる場所を探す。
あまりに、わざとらしすぎただろうか。でも今、顔は見られたくなかった。
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