8月15日:部活とお祭り

 もう一度来るとは正直、私も思ってもみなかったことだ。


 旧校舎の片隅にある元図書室の、隣に位置する狭い部屋を改造した、その部屋。

 我らが文芸部の部室であり、どういうわけだか部員も集合していた。


 修理したばかりのエアコンからは涼しい風が流れてくる。

 なんとも白昼夢でも見ているかのような気分。


 これといって深い経緯は特にないのだが、私含む文芸部の部員らが揃っているのは部長に呼び出されたということに他ならない。

 理由もあっさりしていて、「夏休みの部活第二弾特別編だ」と称して招集された。


 おそらく第一回というのは先週くらいの呼び出しのことを指しているに違いない。まあ、そこまではいい。部長に呼び出されることに違和感を覚えることもない。


 どうして呼び出されたのだとか、そういう面に関しては何も文句はない。


 要点として私が特筆したいことは、部員たちが揃って学校指定のブレザーではなく浴衣を着こんでいるということだろう。

 それはそれは頭がバグってしまっているのかと思う光景が広がっている。

 私服ならまだしも、揃いも揃って、なんで浴衣姿なのだろう。


「なんでみんな浴衣なの?」


 思わず口から飛び出してしまうくらい、素直に疑問が膨らんでいた。

 多分、部室の入り口で硬直している私を見かねてか、部員が一人起立する。


「はい、お答えします先輩。夕方から夏祭りが予定されているからであります」

「あ、うん、丁寧な答えをありがとうね、雨水うすいさん」


 一つ下の後輩――雨水莉子りこちゃんの懇切丁寧な回答に相槌で返す。

 なんと可愛らしい後輩なのだろう。アジサイ模様の浴衣もよく似合っている。


「それじゃあ、みんなもこの後、お祭りに向かう感じなんだ」


 部室内から各々同意の返答が来る。なんだか合理的だなぁ、と思ってしまう。

 わざわざ制服に着替えてから部室にやってきた私の立場とは一体。

 地元でお祭りがあることをすっかり忘れていたも少し恥ずかしい。


「さくら先輩はお祭りにいかないのでありますか? 楽しいでありますよ?」

「うーん、どうしようかな。一度家に帰って浴衣着替えてくるかな」


 この暑い中を一度帰宅してから着付けしてくるのはなかなかに面倒だ。

 最初から着てくるという発想が当然の帰着であることを改めて理解してしまう。


「別に浴衣にこだわなくてもいいんじゃないのかな、美紅さん」


 と、可愛らしい金魚模様の赤い浴衣を着た小さな部長が横からにゅっと現れる。

 一瞬、何処の迷子だろうと思ってしまったのは内緒だ。


「いや、夏祭りといったらやっぱり浴衣ですよ。今から走って着替えてきます」


 私だけ制服というのもやはりいたたまれなくなり、即決だ。

 部室に一歩しか足を踏み入れていないのに、私は踵を返した。


 外はまだ明るいし、暑いし、というかたった今、その中を歩いてきたばかりなのに少しも休憩せずにとんぼ帰りしてしまったのは少しだけ後悔している。

 せめて、部室でちょっと休んでからの方がよかったのではと遅れて思った。


 よほど頭が沸騰していたらしい。何やっているんだろうと自己嫌悪になりながらも私は大急ぎでこの暑苦しい太陽の下、帰路に就くのだった――……。


 ※ ※ ※


 あれから部室で合流するも、一時間ちょい休憩してすぐ部員全員でお祭り会場へと向かうことになり、汗だくの私は流れるように移動していた。


 まだ外の熱気はムンムンとしているものの、空はうっすらぼんやりとした茜色。

 賑やかな囃子のBGMが流れる神社の中、文芸部一同が揃って歩く。


 立ち並ぶ屋台は何年もやってる老舗も多く、ベテランの顔ぶれが目に付く。

 これこそお祭りというオーラを放っている感じがヒシヒシと。


 先頭を歩いている部長は、目を輝かせているようだった。

 ちょっと目を離した隙に焼きもろこしやリンゴ飴などで食べ物二刀流状態だ。

 一緒に同行していたのに、お面までいつの間に買ったのだろう。


 さながら、親戚の子を預かってきた女子高生グループだろうか。

 うちの部員には背の高い子もいるから余計にロリ具合が強調されている。


 そんな一方で、私はといえば、このメンツの中で一番へたっていた。

 猛暑の中を往復した挙句、あまり休憩できていないのもあるだろう。


 部員のみんなはエアコンの効いた部室でゆったり読書やゲームに興じていたので、その差が今、まさに如実に表れているといってもいい。


「さくら先輩、かき氷買ってまいりました。顔赤いので冷やすといいのであります」

「あ、ごめん、雨水さん。気を遣わせちゃった」

「いえいえ、先輩のためなら一肌も二肌も脱ぐでありますよ、私」


 面倒見の良い後輩、という言い方をすると語弊があるだろうか。

 レインボーカラーをしたかき氷を受け取りつつ、莉子ちゃんに会釈する。

 眩しいくらいのニコーっという笑顔が返ってきた。


 とりあえず、シロップの垂れていなさそうな面を頬につける。

 うむ、ひんやりしてて心地よい。急速に氷を溶かしている気分になる。


「というか、これ、シロップ何色入れたの?」

「全部であります!」


 相変わらず豪快にもほどがある。これでは何味だか分からない。

 かき氷屋台ってシロップかけ放題のとこ多いイメージだけど、こんな客ばかりだと採算が合わなそうだ。むしろ、よく怒られなかったものだと感心する。


「美紅さん、せっかくだからこっちにも一口くれないかな」


 珍しいものを見つけた子供みたいな顔で言う。

 まだ私は口もつけていなかったけど、そんな目で見られたらあげるしかない。


「両手ふさがってるじゃないですか。まったく、部長は」


 部長の両手に持っていた食べ物がさっきと変わっている点にはツッコミを入れず、スプーンストローの先に混ざり合った色のかき氷を乗せ、部長の口に持っていく。

 パクンとストローにしゃぶりつく様は、なんだかペットみたいだ。


「あんまぁ~い! 口の中がアツアツだったから冷たさがしみるね!」


 そりゃそんだけ食べてればそうもなるだろう。

 二口目を差し出そうとした辺りで唐突にドーンと大きな音が聞こえ、ハッとする。


「お、花火だ。美紅さん、花火がもう始まっちゃったよ」

「広場の方に移動しましょうか」

「賛成であります! 急ぐであります!」


 かき氷みたいな色に光る空の下、私たちは今日という祭りを堪能していた。

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