8月13日:ソロゲーセン
遊び疲れたなどという言葉がナチュラルに出てくる程度には私もここ数日で随分と陽キャに染まりつつあるのでは、なんて思ってみたり。
ただ実態としては部長に引っ張られているのが殆どなので、結局のところ私自身が陰キャであることは揺らぐことがなさそうである。
それはさておき今、目下の悩みは、連日食べすぎで体重が気になるということだ。昨日なんて特に、こってり家系ラーメンを軽く上回るカロリーを摂取してしまった。
これを如何様にして消費するべきかを入念に検討した結果、この茹だる暑さの中、外出するという選択を下したのはなんともはや健康的と言えるのでは。
もちろんジョギングするとか、ハイキングするとか、アウトドアなソレではなく、この私が行く先など既に決まり切っている――ゲーセンだ。
ゲームセンターの略称。一般的に言えばアミューズメント施設。
より専門的っぽく振る舞うなら商業娯楽施設の総称とも言い換えられる。
この呼び方だとボーリングとか、パチンコとか、そういうのも含まれちゃうけど、私の言っているゲーセンとは即ちビデオゲーム系統の分野で相違ない。
一枚のガラス扉に隔てられた先に一歩踏み込んだ直後、圧倒的な冷気に迎えられ、圧倒されるような騒音のオーケストラが聴覚を刺激する。
目につくのはUFOキャッチャーだとか、くるくる回り続けるお菓子取りゲーム。最近は小型化したものも増えており、コンビニや書店でも見かけるようになったが、私はこれらを華麗にスルー。プライズゲーを初手に選ぶのは素人。
入り口付近に密集していることが多いから
私が向かう先は奥だ。
プリント系のゲーム? 違う。そんな陽キャ専用機に用はない。
メダル系のゲーム? 違う。あんなのは時間を腐らせるほど余らせた層の娯楽だ。
激しい音と音が重なり合い何がどうなっているのかも分からなくなるような場所。ここに私の求めるユートピアが顕在していた。
流行りの音楽から固有のオリジナル楽曲までを取りそろえた音楽体感型ゲーム。
誰もがときめく魅惑の音ゲーだ。
歴史ある古参機種ともなれば千曲から選曲できるほどのボリュームもあるくらいでエンジョイ勢が「へー、小学生のときにやったことあるわー」とか言ってる間にも、彼らは確かに息をしていて楽曲の追加やイベントを継続している。
ライト層は勝手に死んだことにしたがるが、ただ単に店舗に置いていないだけで、ゲームとしてはちゃんと稼働しているものなんてざらにある。
確かに、廃れた結果、サービスやイベント展開を停止してしまったものもある。
昨今は特殊なインターネット回線を通さなければ稼働できない筐体も増えている。過酷な群雄割拠を生き残った猛者しかいないとも言えるだろう。
で、音ゲーもまた分野が広い。楽器っぽいものもあるし、ボタン入力タイプやら、タッチパネルタイプのものもあるが、今回選ぶものは当然ダンスゲームである。
ひと際、他のゲームに比べてスペースをとる大型筐体。
その貫禄ある立ち振る舞いから晒し台とか公開処刑だとか好き勝手に呼ばれるが、ダンスゲームもまた種類が豊富で、プレイヤー層も大きく異なる。
なんといってもプレイしようとしたときのハードルの高さが違う。
初心者は他人に見られることを恐れてしまうからだ。
プロプレイヤーにいちゃもんつけられたらどうしよう、とかね。
だが、他人のプレイを見る人なんてそうそういない。
安心してプレイできることを私は知っている。
何故、私がダンスゲームを選ぶのか?
パリピな陽キャになりたいわけではない。消費カロリーが段違いだからだ。
おっきなボタンをしばくだけでも全身から汗が出るくらいの運動量にはなるけど、ダンスゲームは体全体を使うため、キンキンな冷房の中でも汗だくになれる。
エビデンスは少ないが、年で体重をごっそり落としたというネット記事もあるし、消費量などを測定したという論文だって転がっているほど。
つまりダンスゲーム最強ということだ。
じゃあ、私のステップはキレッキレなのかといえばそんなことはもちろんなくて、フットパネルの上でエセ阿波踊りをするのがせいいっぱいだ。
動画勢には「その足捌き、どうやってんの? 空中に浮いてんの?」というくらいガチでプロ並みのダンサーも混じっているのだから、そこには入り込めない。
しかし、そんなことは私には関係のないこと。
文字通り高レベル帯に足を踏み入れないけど、スコアラーでもクリアラーでもない紛うことなきエンジョイなステップでだって運動は運動だ。
「一人モード、っと」
コインを投入して、ボタン操作する。
ゲーム筐体の真横に置いてあるサーキュレーターの風がけたたましい。
今はまだ、ただの送風に過ぎないが、そのうち心地よく感じられるようになる。
さあ、脂肪を燃焼するときだ。
「あれ? 美紅さん?」
「ひょえっ!? ぶ、部長、なんでこんなところに!?」
選曲画面が開かれたそのタイミングで声を掛けられ、振り向き厨張りにグルリンと私の体は全力で回転した。とんでもないステップを踏んだ気がする。
「こんなところで会うなんて奇遇だね」
「あ、うん、はい、まあ、そうですね……」
こういうときどんな顔をしたらいいのか分からない私は、しどろもどろになりつつ選曲画面のタイムリミットに急かされるままに、誰でも知っていそうな流行り曲へとカーソルを合わせてしまう。
爆音で流されるプレビューをバックに、どう取り繕うべきか硬直してしまう。
「部長こそ、ゲーセンにくるなんて珍しいですね」
「ああ、ちょっと欲しいぬいぐるみが出たらしいから取ろうかと思ったんだけどね、美紅さんの後ろ姿が見えたような気がして、追いかけてきちゃった」
それはよもやよもやだ。予測不能回避不可能じゃないか。
そういえば、プライズの新入荷の看板がチラチラと視界の端にあった気がする。
確かに、部長が好みそうだなぁ、とは思ったけれども本人が来るとは。
「ああ、ゲームの途中で邪魔してゴメンね。続きをどうぞ」
部長が見ている傍で、私にヘッポコダンスをやれと?
それは一体どんな羞恥プレイだというのか。高難度すぎる。
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