8月12日:メイドと謀略
「おかえりなさいませ、お嬢様」
きゃるんきゃるんな笑顔を見せて、フリッフリのメイドドレスに身を包んだ部長を私はどんな表情をして見ていたのかは不明だ。
普段からこんな風な接客している様子を想像することは、私の脳には難しすぎる。
やっぱりよく知る人間か、常連客以外だったら度肝を抜かれるのだろうか。
リアル合法ロリメイドが入口に立っているのだから。
大分前にプチバズってたせいもあってか、初見さんもそう多くないらしいけれど、店長か誰かの親戚の子が職業体験していると思われていてもおかしくはない。
「ご主人様のご帰宅でーす」
「おかえりなさいませ、ご主人様~」
部長によってベルがチリリンと鳴らされ、店内から一斉にコールが掛かってくる。
これには未だ気恥ずかしさを覚える。むしろ慣れるときが来るのだろうか。
まともに来たら私としては、ここは出費がシャレにならないお店の筆頭ではある。部長割引があるからファミレス価格で楽しめる場所だ。
メイドバイトの勧誘もされたが、興味がないことを示してからは準常連客みたいな個人的には微妙な立ち位置をどうにかキープしつつある。
「新作のスイーツってそんなに高くないですよね」
「ハードルなら高くなりますよ、お嬢様」
ふふんとしたニヤリ顔でロリメイドがメニューを差し出す。
一応は建前上、その新作スイーツを目当てとして来ている身としては複雑だ。
写真を見る限りでは、ウェディングケーキかと思うほどのパフェ。
大食い選手権か何かだろうか。今どきはメイド喫茶もドカ盛りブームに乗るのか。
仮に全部を食べ切ったところでロリメイド部長のチェキ以外のご褒美がない辺り、バーガーショップの方がまだサービスが良い気がしないでもない。
「こちらはカップルメニューですが、特別に注文を承ります」
ニヤニヤとしたロリメイドの思考を汲み取れはしない。
割引券を叩きつけてきた張本人がこれなのだから、ドカ盛りパフェにがっつく私を期待していると思うべきか。
「メイドさんは一緒に食べてくれないんですか?」
私なりの皮肉を込めたつもりだったが、暖簾に腕押しという奴だろう。
こうして部長の注文票にドカ盛りパフェが書き込まれてしまうのだった――……。
※
※ ※
※ ※ ※
「あー……、さすがにおなかパンパンですよ。なんですかあの冗談みたいな量」
「それでも食べ切ってしまう美紅さんの胃袋には驚かされるよ」
シフトを終えた部長と二人、街の中を並んで歩いていた。
腹ごなしに運動しないとはちきれてしまいそうだ。
完食した私よりも満面の笑みを浮かべる部長のこの顔は一体なんなのだろう。
一口だってスプーンをつけたわけでもないのに。
「あのきびだんごは絶対部長のアイディアでしょ」
「別に私の専売特許のつもりはないが」
「いいや、あの味は部長の味です。騙されませんよ」
パフェの中に混じるモチモチの感触といい、味付けといい、部長以外の誰があんな奇抜なものを作れるというのか。おかげで美味しく完食できたわけだけれども。
「にしても、本気で売るつもりなんですか? 誰も注文しないんじゃないですか?」
「大丈夫、大丈夫。美紅さんが完食したチェキがあるからいい宣伝になったよ」
むしろそれが目的だったのか。考えなくても気付くべきだったかもしれない。
普通にメニューに載っているだけなら注文を躊躇うだろう。
でも完食したという記録さえあれば食べると思い込めるというわけか。
美味い話に乗っかって美味いもの食べさせられてまんまと騙された。
いやだなぁ。それってつまり、私の顔が看板になるようなものじゃないか。
これで注文した人たちが悉く撃沈していったら私はどんな顔をすればいいんだ。
「美紅さんには今から感謝しておくよ」
「はぁー、まぁー、それで部長のバイト代がアップするならウィンウィンですかね」
釈然とはしないが、通りで機嫌がいいと思った。その点には納得がいった。
まさかとは思うけれども、きっちり私が完食することも折り込み済みだったのか。あえてきびだんごを入れたのも私が完食しやすいように、とかじゃないよね。
「メニュー開発でも多少なりの色は付けてもらったし、パフェの売り上げ次第でも、幾分かボーナスがもらえるよう交渉してあるからね。財布が潤うよ」
「で、またマンガに使い込んじゃうつもりですか?」
「いやいや流石に全部は使い切らないさ。ただ、部費の補填だけはしておくつもり。それくらいはやっておいた方が後腐れもないだろうしね」
後腐れ。そんな何気ない言葉が部長の口から出てきたのは意外ではなかったものの心のうちには衝撃的なものがグサリと突き刺さる気分に苛まれていた。
ああそうか。夏が終わったらもう部活も終わりなのか、って。
分かってる。分かってるつもりだ。
うちの学校では三年生の部活動は秋から完全休止という取り決めになっているし、顔見せるくらいがせいぜい。
そういう取り決めがあろうとなかろうと、色々と忙しいことも目白押しなんだ。
わざわざ旧校舎の端っこの、元図書室があった空っぽの教室の隣の、狭くて窮屈な元準備室を改装した文芸部に目的もなく足を運ぶ理由があるだろうか。
私だって暇があるのならあの部室に入り浸ってグダグダとした時間を過ごしたい。でも悲しいかな、どんなものにだってタイムリミットというものはあるのだ。
後輩に全部明け渡すことが決まっている以上、先輩たる私たちがズルズルズルと、いつまでも先輩風を吹かせ続けるのも情けない。
まあ、これまでカッコいいところを見せてきたのかといえばそうでもないが。
「そっかぁ、部費とかじゃんじゃん使い倒してきましたもんねぇ」
「おいおい美紅さん。一人だけを悪者にしてもらっては困るなぁ。新刊を揃えるのにどれだけ工面してあげたか忘れたわけじゃないっしょ?」
それは丁度欲しい本の発売時期が被っちゃったのが悪い。
文芸部としては正しい部費の使い方のはずだ。
「私はお嬢様なので、帳簿にはてんで疎いんですよ」
「まったくもう。店の外に出たらお嬢様じゃないじゃないの」
ふくれっ面のロリ顔を前にしたらやっぱり自然と笑いがこぼれてきてしまう。
今日は目いっぱいパフェを堪能したけど、この顔も後どのくらい堪能できるやら。
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