第34話 評価が辛辣です
頭を抱えるフランツをよそに紅茶が注がれたカップを口に運んだニコラスは、思い出したようにリリアンナへ振り向いた。
「そう言えば、バロック商会の気違い娘、建国祭で問題起こして家から放逐されたらしいですね」
「気違いって……。もう少し言葉は選びなさいよ」
「だって気違いでもなければ、商会の娘が客に暴言なんて吐かないでしょう? それも相手が貴族でもお構いなしだし、俺だって散々ボロクソ言われましたもん」
その時のことを思い出したのか、ニコラスが盛大に顔を顰める。
基本的に貴族は、日用品等を購入する際は邸に商人を呼ぶことが多いので、そうした店に直接立ち寄るのは街歩きの最中であることが多い。
バロック商会もその殆どが生活必需品の類であることから、貴族でララの暴言の被害に遭ったのは、街歩きの途中で立ち寄った場合が多かったという話だ。
リリアンナは立場上、外出には複数の護衛が必要なこともあり街歩きは最小限にしているので、バロック商会が経営している店に直接出向いたことはないが、楽しいはずの時間が偶々ララに出会したことで台無しにされるのは堪ったものではないだろう。
「そう言えば、貴方は店で直接商品を見る方が好きだって言ってたわね」
「はい、その方が色々な商品を見れて面白いんですよ。でも、何でか俺がバロック商会の店に行った時に限って、あの気違い娘が出てきてたんですよね」
運悪いですよねぇと、ニコラスが憮然とした顔で唇を尖らせるが、確かに王宮でのあの態度を考えれば、そうなるのも分かる気がする。
あの時は、エドワードが早々に不敬罪で衛兵に連行させたのであの程度で済んだが、あれだけでも充分強烈だった。
あのまま延々と暴言が続いていたならば、心身に変調をきたすほど気が滅入っていたかもしれない。
「それから、こちらに伺う前にカロック男爵領とトレイル男爵領に寄ってきてまして、そこであの気違い娘がうちのバカ姉に心酔してたって聞いたんですけど本当ですか?」
「ええ、それは本当のことよ」
「うわぁ、有り得ない。あのバカ姉に心酔とか」
ニコラスが苦虫を噛み潰したような顔で、眉間に皺を寄せる。
ララの特性の能力を知らなければ、そうなるのも無理はない。
まともな感覚を持つ者からは、あれだけの奇行を繰り返すアンナに心酔するなど気が狂っていると思われても仕方がないだろう。
「実はそれには理由があるの。私の判断で勝手に話すことはできないのだけど……」
「それなら、俺がエドからニコラスに会ったら話しても構わないと許可を得ている。ついでに王宮まで引き摺ってこいとも言われたけど」
理由が理由なだけにリリアンナが言い淀むと、横からルイスがそう切り出してくる。
ニコラスはその会話に、面倒臭そうに顔を顰めていた。
「なんか面倒そうな気配がするんですけど。俺の魔法力を検査するって聞いたんですけど、もしかしてそれ、関係あります?」
「関係あるわね。仮説の検証としてだけど」
「仮説の検証ですか?」
「ええ、ただ、それだけで確定できることではないわ。あくまで可能性の一つでしかないから」
人払いをし、遮音結界を展開する魔道具を起動させると、怪訝そうに眉を顰めるニコラスに、リリアンナとルイスがララの特性の能力、そしてアンナが特性持ちである可能性が高いと判断されたことを説明していく。
話が進むにつれ、ニコラスは派手に顔を引き攣らせ、最終的には両手で頭を抱え込んでいた。
「最低最悪の気違い女が、特性の能力であの妄想の世界に生きる頭お花畑のバカ姉に依存し隷属するとか、何の地獄ですか……!」
「お前、本当に実の姉に対する評価が酷いな……」
ララに対してもそうだが、アンナのことも遠慮なくこき下ろすニコラスに、ルイスが呆きれて苦笑を漏らす。
それに対し、ニコラスは当然とばかりに胸を張った。
「だって、事実だから仕方ないじゃないですか。全然現実が見えてないし、自分に都合の良い妄想ばかり垂れ流してるんですから。それに、あのバカ姉の家庭教師はスミス伯爵夫人なのに、Fクラスなんて有り得ないでしょう。下位貴族の令嬢を、高位貴族の令嬢に引けを取らない淑女に育てることに定評のある方だったのに」
ニコラスは相当不満が溜まっていたのか、遠慮なくアンナを罵る言葉を吐き捨てる。
その気持ちが分からなくもないリリアンナ達は、それに苦笑しながらも受け入れるしかない。
事実、スミス伯爵夫人はアンナの件で自信をなくして家庭教師を引退しており、それを嘆く貴族家も多いのだ。
「でもバカ姉の魔法力が俺や両親と比べてかなり低いことに、特性の能力が関係してるかもしれないって言うのは確かに有り得そうですね」
「ええ、平民が叙爵される際は、功績だけじゃなく貴族として最低限の魔法力があるかどうかも考慮されるわ。そうなると、バロック男爵はそれ相応の魔法力があるってことでしょう? だったらララ・バロックとは、それなりに魔法力に差があったとしてもおかしくないわ」
「それで、俺の魔法力を改めて検査するってことになったんですね」
リリアンナ達の説明に理解を示したニコラスが、得心したといった表情で頷く。
ザボンヌ子爵家にとっても謎だったことが解明されるかもしれないと、随分と興味津々のようだ。
「この後は、元々王都に向かうつもりでした。着いたら直ぐに、エドワード様に面会を申し込めばいいんですよね?」
「ああ、寧ろ手ぐすね引いて待ってると思うぞ。俺もこの後は王都に戻るから、その時に一緒に来い」
「分かりました。その方が面倒な手続きが省略されそうだから、俺にとっても都合が良いです」
ちゃっかりしたことをしれっと言いながら、ニコラスが笑顔で同意を示す。
そして思い出したように、苦い顔でその呼び方について付け加えた。
「一応、エドワード様のことは御名前じゃなく、王太子殿下とお呼びした方がいいですかね? 俺がエドワード様とお呼びしてるのを聞いたら、あのバカ姉、弟の俺がそうお呼びしてるなら、姉の自分もそうお呼びして当然とか思いそう」
「そうでしょうね。既に最初から、許しも得てないのに、名前で呼んでるけれど」
うわぁとニコラスが手で顔を覆い、そのまま項垂れる。
不敬にもほどがあるとぼそぼそと呟くニコラスに、その場にいた全員が同情したのは言うまでもなかった。
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