第31話 厄介な特性持ちだそうです

 時は、リリアンナ達が社交界デビューをした夜会の三日後に遡る。


 建国祭が終わった翌日、期間中滞在していた王宮からオルフェウス侯爵家のタウンハウスに戻る準備をしていたリリアンナは、迎えに来たエドワードに連れられ、急遽国王の応接室に向かった。


 応接室には国王と王妃、それからギルバートと宰相のレイニール公爵が揃っており、全員が気難しげな表情をしている。


 彼らの様子から、何やら只事ではないものを感じ取り、リリアンナは緊張から自然と背筋を伸ばす。


 レイニール公爵を除く五人がソファーに腰を落ち着け、国王が眉間に皺を寄せながら語り出した内容は、今朝牢から出されたばかりのララに関することだった。


「ララ・バロックが精神作用系の特性持ちであることが判明した。魔力の波長が合う者に依存し、隷属するというものらしい」

「それでは、彼女がザボンヌ子爵令嬢に心酔していたのは……」

「調べたところ、ララ・バロックとアンナ・ザボンヌは、非常に魔力の相性が良いことが分かった。つまり、そういうことだろうな」


 その危険性を理解したリリアンナは思わず顔を強張らせて息を呑み、エドワードは顔を険しくする。


 それほどララが備えていた能力は、厄介極まりないものだと判断せざるを得なかった。


 特性というのは魔法の一種とされており、発現する者が稀な生まれ持った特殊な能力のことである。


 発現するのは、魔力保有量が少ない者に限定されており、それに比例するようにその効果も薄い。


 ただ術式を展開して意識的に発動する魔法とは違い、術式なしで無意識に発動できてしまうという非常に厄介な側面がある。


 術者が気付かないまま常時発動していることも珍しくはないらしく、特性の能力次第では大惨事を引き起こしかねない。


 しかも、魔法も特性も魔力を使用することは同じであるにも拘らず、現行の魔力感知器では特性の発動を感知することができないのだ。


 特性の発動にはほんの僅かな魔力しか必要としないことだけは判明しており、例え直ぐ側にいても、それに気付くのは非常に困難だと言われている。


 以前から魔力感知器の開発や特性発動を感知する手段についての研究が行われてはいるが、特性持ちである者が滅多に現れないことから、かなり困難を極めているようだ。


 また特性発動の痕跡は、魔法発動の痕跡と全く見分けが付かず、仮に特性を発動していたとしても魔法だと見做されてしまう可能性が高い。


 社交界デビューの夜会で起こした騒動がきっかけでララが特性持ちであることが判明するまで、誰もそのことに気付かなかったのは、それが一つの要因でもあるのだろう。


「それにしても、特性の能力は何故そんなものになったのか理解できないものが多いとは聞いていますが、これも理解に苦しむものですね。術者に利点があるとは思えない上、随分と厄介なもののようですし……」

「そうだね、隷属する相手次第では犯罪も厭わないだろう。しかもその相手がアンナ・ザボンヌである以上、何れララ・バロックがリリィに危害を加えていた可能性は高い。まあ尤も、リリィなら余裕で怪我一つ負わず返り討ちにするだろうけど」

「ギルバートよ、確かにその通りではあるが、そこで茶化すな。今はそんな状況ではないことくらい分かるだろう」


 ギルバートが珍しく真剣な表情で見解を述べたかと思えば、にやりとした笑みを浮かべ、リリアンナに揶揄うような視線を向ける。


 それに対する国王の言葉もリリアンナにとっては何のフォローにもなっていない。


 抗議する代わりにリリアンナの表情が抜け落ちたのは仕方がないことだろう。


 できる限りエドワードに任せるよう言われているのでララが騒動を起こした時は何もしなかったが、リリアンナも王宮での魔法行使を許された立場であり、危険を察知し自動展開する防御結界の魔道具も身に付けている。


 確かにララ相手に後れを取ることはないだろうが、この状況で態々茶化すのはやめてほしい。


 だがギルバートが相手では言うだけ無駄なので、敢えて話題を変えることにした。


「それでは、今後彼女は魔法省預かりとなるのでしょうか?」

「その通りだ。特性絡みの研究や開発に、大いに役立ってもらうことにしよう」


 実に良い笑顔を浮かべてそう言い放つギルバートに、全員が白けた目を向ける。


 既にララはバロック男爵家から籍を抜かれ、放逐されており、更に処罰を受けるのが避けられないことから、魔法省預かりとなるのはマシな方かもしれない。


 だが、研究対象とされるのはララの性格上耐えられないだろうし、携わる魔法省の研究員達も大変な労力を払う羽目になるだろう。


 ギルバートの言葉は、他人事にも程があるというものである。


「先に言っておくが、リリィはこの件に関わらないように」

「それは当然だね。リリィは優秀だし誰よりも早く結果を出すだろうけど、魔法省の奴らのプライドを容赦なく叩き折るだろうからね。へし折るのではなく叩き折るだから」

「それに、今は学業を優先するべきだと思うわ。リリィちゃんが優秀なのは分かっているけど、一度魔法の研究にのめり込むと、寝食すら忘れて没頭してしまうでしょう? その結果学業が疎かになったら大変だもの」

「リリィが絡むと、そのうちリリィ並の魔法力がなければ不可能な領域まで突き進んで、誰も使いこなせないと魔法省の研究員達が泣きますからね」

「取り敢えず、リリィは領地でゆっくりしてきて。研究で無茶するのは駄目だからね」


 リリアンナが特性絡みの研究に興味を示したことに気付いたからか、全員から一斉に釘を刺される。


 王家の四人は勿論、その立場からリリアンナがエドワードの婚約者であることを知っているだけでなく、家族ぐるみの付き合いがあり、娘同然に可愛がってくれているレイニール公爵も容赦がない。


 魔法研究及び開発の分野で天才と称されるだけの実績を既に残しているリリアンナが、優秀過ぎるが故に、斜め上に突き進むことが多いことを身に染みて知っている彼らは、これに関してだけは、一切の遠慮がなかった。


「……はい、分かりました」


 正直納得はできないが、逆らっても意味がないことを知っているリリアンナは不承不承ながら頷く。


 最初の緊迫した空気はどこいったと現実逃避したことを考えながら、リリアンナはがっくりと項垂れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る