第30話 想定内の波乱
静まり返っていた会場が少しずつ騒めき始める。
あちらこちらで言葉が交わされているが、その多くがアンナに対する非難の声だ。
それはアンナの言動だけでなく、その装いにも向けられている。
今夜の卒業パーティーではリリアンナにしか許されない色のドレスを身に纏ったアンナに対し、誰もが突き刺すような視線を向けると共に、これ以上ないほどの嫌悪感を露わにしていた。
原則、直系の王族男子が持つ色を纏えるのは、その妃か婚約者だけだ。
現状では、王妃とリリアンナ、この二人だけである。
通常の夜会であれば、他の者が色調の異なる青系統のドレスを纏うことが許されているが、王族男子の婚約発表が行われる場では、青系統のドレスを身に纏うことが許されるのはその婚約者だけだ。
そうした場での王妃は、その女性を認め、王族の仲間入りすることを歓迎するという意味を込めて、婚約者の女性の色を取り入れたドレスを身に纏うことになっている。
現に今夜の卒業パーティーで王妃が纏っているドレスの色は、リリアンナの瞳の色であるエメラルドグリーンだ。
それなのに、アンナはくすんだ青い色のドレスを身に纏っている。
リリアンナだけに許された色を纏い騒ぎを起こしたアンナに対し、多くの者達の厳しい目が向けられるのは当然のことであった。
リリアンナを睨み付けるアンナから彼女を隠すように、エドワードが二人の間に進み出る。
学園入学当初に戻ったどころか、それ以上に冷たく鋭い目でアンナを見据えながら、エドワードはその目同様、凍て付きそうなほど低く冷えた声を張り上げた。
「衛兵、その者を取り押さえろ!」
それをまた都合良く解釈したのか、アンナの顔が歓喜の色に染まるが、直ぐ様衛兵に両腕を後ろ手に捻り上げられ、床に両膝を突かされたことで、痛みに顔を歪め悲痛な声で叫び始めた。
「何するの!? 捕まえるのは私じゃなくリリアンナ様の方でしょう! 痛いわっ、離してよ! 早くリリアンナ様を捕まえなさいよっ!!」
アンナは床に押さえ付けられながらも、リリアンナを憎しみの籠った目で睨み、多くの者には理解できないであろう言葉を喚き散らす。
それを氷点下の眼差しで見下ろしながら、エドワードは地を這うような低い声で、静かに怒りを露わにした。
「何故何の罪も犯していないリリアンナを捕えねばならない? 捕らえられるのは、王太子の婚約発表の場で愚行を働き台無しにしたお前の方だ」
「何故私が捕えられるのですか!? だって悪いのはリリアンナ様でしょう? エドワード様と私の婚約が発表されるはずだったのに、それをリリアンナ様が我儘を言って、強引に私からその場所を奪い、エドワード様の婚約者だなんて嘘を吐かれてるんですから!」
怒りを滲ませながらも冷静に言葉を放つエドワードに対し、アンナは事実とは異なる妄言を喚き立てる。
これにはアンナのことを知らない者達も、その異常さを認識して顔を強張らせ、正体不明の化け物を見る目で遠巻きに眺めていた。
「王族の妃となる資格を何一つ有していないお前が私の婚約者になれる訳がない。それに公表されたのはつい先程のことだが、私とリリアンナは十歳の頃に婚約を結んでいる。くだらない妄想を垂れ流すのもいい加減にしてくれ」
「エドワード様、どうして急にそんな酷い嘘ばかり吐かれるのですか? それに、資格がないのはリリアンナ様の方ではないですか! だってリリアンナ様はルイス様と愛し合い、既に純潔を失われているのですから!!」
その瞬間、エドワードの纏う空気が更に重く凍て付き、会場は再度しんと静まり返る。
それは、アンナの言葉を真に受け、リリアンナとルイスの仲を疑ったからではない。
この場にいる殆どの者が、それは絶対に有り得ないことだと理解していたからだ。
怒りに震える二人の関係者以外は、何故このような場でそんな見え透いた嘘を吐けるのかと、誰もが戦慄を覚えていた。
「たった今、妄想を垂れ流すなと言ったはずだが? リリアンナとルイスは双子の姉弟、契りを交わすことなど不可能だ」
「何故またそのような嘘を吐くのですか!? ルイス様はオルフェウス侯爵家ではなくコルト侯爵家の方です、お二人が姉弟な訳ありません!」
「嘘など言っていない。二人の母親であるオルフェウス侯爵夫人はコルト侯爵家の出身であり、現コルト侯爵の姉でもある。ルイスは学園に入学する半年前に、後継のいないコルト侯爵家に養子に入っている」
「それも嘘ではないですか! 仮にお二人が血の繋がった姉弟だとしても、契りを交わしていない証拠にはなりません!」
「血の繋がった姉弟だからこそ、その証拠になるのだがな。我が国の者でありながらそれが理解できないとは嘆かわしい」
リリアンナの目の前では、エドワードとアンナの激しい応酬が続けられている。
できる限りエドワードに任せるよう言い含められているので大人しくしているが、次々と飛び出すアンナの狂った妄想に、リリアンナはいつ怒りが爆発してもおかしくない状態だ。
しかも数日前に、アンナがリリアンナに執拗く絡んできた理由が、とんでもなく馬鹿げたものであったことが判明し、関係者全員怒り狂ったばかりである。
リリアンナ達が一年生だった頃の夏休みから色々と仕込んできたことを考えれば、怒りが頂点に達するのも当然であるほど酷い理由だったのだ。
お陰で準備の最終仕上げは、全員気合いの入り方が違った。
遠慮も手加減もするものかと、関係者全員が、アンナを追い詰めることに強い執念を燃やしていたのであった。
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