第29話 婚約発表
オルフェウス侯爵家とウィステリア侯爵家のタウンハウスは隣り合っている。
それもあって、学園でリリアンナの護衛をしていたミレーヌはオルフェウス侯爵家の馬車で共に登下校していたが、それは卒業式の今日も変わらない。
ウィステリア侯爵家のタウンハウスの門前で馬車が停車しミレーヌが降りると、代わりにリリアンナの護衛兼侍女のロザリーが馬車に乗り込んでくる。
学園にいる間だけの非公式な護衛であり、王宮で支度をする訳にはいかないミレーヌとはここで一旦別行動になるが、それは当然であり、仕方がないことだ。
だが会場に入れば不自然にならない程度に側にいてくれることになっている。
ありがたいことに、ミレーヌは会場までは付いてこれないロザリーの代わりに、秘密裏にリリアンナの護衛としての立ち位置で動いてくれることになっているのだ。
ミレーヌに見送られながら、ゆっくりと馬車が動き出し、ここからそう離れてはいない王宮へと向かう。
そう時間を掛けずに到着し、卒業パーティーの支度をする部屋に着くと、侍女達が満面の笑みで待ち構えていた。
それにリリアンナが顔を引き攣らせる余裕もなく湯殿に放り込まれ、隅々まで入念に磨き上げられる。
それが終わるとこれまた入念に全身をマッサージされるのだが、いつになく気合いが入っていて正直怖い。
卒業式があった分、いつもより準備に掛けられる時間が短いのは確かだが、その迫力充分で鬼気迫った様子は、常軌を逸しているようにも感じられる。
だが、今夜のリリアンナの装いを考えればそれも無理はない。
婚約発表が行われる今夜の卒業パーティーでは、漸くエドワードの色を纏えるのだ。
いつも以上に侍女達の気合いが入るのも、至極当然のことだろう。
鮮やかな深い青のドレスに、金の台座にブルーサファイアをあしらったアクセサリーと、金髪碧眼であるエドワードの色だけが取り入れられた装いは、妖精姫と呼ばれるリリアンナの清楚可憐な容姿を際立たせている。
全体的にほぼ青一色で纏められているが、ドレスに軽やかな素材を重ねて使うことで単調な印象にならないよう工夫が施されており、リリアンナの容姿も相まって神秘的な雰囲気さえ漂う。
淡い金髪をハーフアップに結い上げ、清楚さをより引き立てるよう化粧を施すと、侍女達は全体の仕上がりをチェックし始める。
その時の彼女達の感嘆と称賛の声が、これまでとは比べ物にならないほど大きかったのは言うまでもないだろう。
余談であるが、直系の王族男子だけが持つ瞳の色をサファイアブルーと呼ぶのは、宝石と王族の瞳の色を区別する為だと言われている。
だがそう呼び始めたのは国王の大叔父で、ギルバートとそっくりな性格をしていたと聞かされれば、単に紛らわしくて面倒臭かっただけなのではないかという疑念を抱かざるを得ない。
そのことに、国王ですら充分有り得ると頷き頭を抱えたほどだ。
ただ、彼の方が既に故人である以上、真相は闇の中である。
卒業パーティーの時間が迫り、リリアンナを迎えに来たエドワードは、大きく目を見開き、言葉を失っていた。
暫しそのまま硬直していたが、それを無理矢理促し、王族用の入場口横にある控え室へと移動する。
その頃には、エドワードは憂鬱そうに顔を歪めており、不機嫌な様子を隠してもいなかった。
これから起こることを考えればそれも分からなくはないが、あまりにも表情に出し過ぎである。
現に国王夫妻は呆れ果てており、しっかりと苦言を呈していたほどだ。
会場の騒めきが次第に大きくなり貴族達の入場が済んだことが伝えられると、それから程なくして、国王夫妻が入場する。
今夜の主役でもあるエドワードとリリアンナは婚約発表の段階で入場するので、もう暫くは控え室でこのまま待機だ。
通常の卒業パーティーでは、卒業生及び在校生、その身内や社交界デビュー済みの婚約者のみが出席するが、今回は王太子であるエドワードの婚約発表が行われることもあって、王宮主催の夜会同様、国中の貴族が出席している。
国王の挨拶が始まると同時に入場口前に移動すると、参加者の多くがその時を待ち侘びているのが扉越しに伝わり、思わず緊張から微かに手が震えてしまう。
だがそれと同時に異様な気配を感じ、その緊張は一瞬で全く別のものへと変わった。
それはまるで、この後に起きる騒動を暗示しているかのようだ。
国王から正式にエドワードとリリアンナの婚約が公表され、それぞれ王太子と侯爵令嬢の仮面を被ると、笑みを浮かべ入場口の扉を潜る。
姿を現すと会場中から割れんばかりの拍手で迎えられるが、それを掻き消すように、場違いな甲高い声が響き渡った。
「待ってください! そんなのおかしいです、だって、エドワード様の婚約者は私なのにっ!」
玉座の前へ歩み出ると同時に、アンナが端なくその目前に走り込んでくる。
そこには淑女らしさなど、欠片も見当たらない。
まるで常識もマナーもまだ知らずに好き勝手に騒ぎ立てる、幼い子供のような振る舞いだ。
あまりにも非常識なその言動に、会場がしんと静まり返る。
まともな感覚と常識を持ち合わせていれば、こうなるのも致し方ないだろう。
アンナ自身は周囲のその様子に一切気付いていないようで、リリアンナを憎々しげに睨み付けている。
それを臆することなく受け止めると、リリアンナは底冷えしそうなほど冷え切った目で、真正面からアンナを見据えた。
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