第28話 卒業式
卒業式は粛々と、それでいて無駄に時間を掛けることなく行われた。
以前は、一人一人壇上に上がり学園長から卒業証書を受け取っていたが、ギルバートが学園長に就任して以降、それは代表者一人のみとなっている。
他の卒業生は卒業式の後、各クラスの教室で担任教師から受け取ることになっているのだ。
卒業生全員の名前を呼び上げることもしない。
それにより以前に比べ、式に掛かる時間は大幅に短縮されている。
これには、夜に行われる卒業パーティーの準備があるからという尤もらしい理由が付けられているが、要はギルバートが面倒臭がって、できる限り式を簡略化しようとした結果に過ぎない。
現にギルバートの学園長挨拶は簡潔に済まされているし、祝辞を述べる来賓にも手短に済ませろと言わんばかりに笑顔で圧を掛けており、こちらもギルバートの学園長就任以前に比べ、格段に短くなっている。
答辞のエドワードにでさえそうなのだから、式の簡略化がギルバートの個人的な意向という名の我儘であることは、誰の目にも明らかなことだろう。
確かに卒業パーティーの準備を考えれば、早く終わってくれるに越したことはないが、それとこれとは話が別である。
尤もエドワードは、それを完全に無視して予定通りに答辞を述べたのであったが。
今年度の卒業式で、答辞と卒業証書授与の代表を務めるのはエドワードだ。
成績を考えればリリアンナであってもおかしくはないが、本人にその気はないし、それを行うことに拘りもない。
寧ろ、そんな面倒なことから逃れられたのは幸運だったと考えるタイプである。
それに、エドワードも首席と言っても過言ではない成績を残している上に生徒会長を務めており、しかも王太子であることから、人選としては誰も文句はないだろう。
因みに、この場にアンナの姿はない。
余計な騒動を起こさせない為というのもあるが、Fクラスであるアンナには、卒業式に参列できない明確な理由があり、それ故にこの場に立ち入ることを禁止されているだけだ。
今はアンナの弟であるニコラスが、魔法演習場で彼女を見張っている。
何故魔法演習場なのかというと、魔法を行使してでもアンナが卒業式に乱入するのを防げと、学園長であるギルバート自ら厳命しているからだ。
学園内で魔法を行使するのが認められているのは魔法演習場だけであることから、そこにアンナを閉じ込めておくことになったのである。
その監視役に進んで立候補したニコラスの目は完全に据わっていたが、それは敢えて見なかったことにした。
それは兎も角、魔法力はアンナよりニコラスの方が断然上なので、監視役としては何の問題もない。
通常であれば、血の繋がりが近ければ魔法力の強さも似たようなものになるのだが、アンナとニコラスの間には血の繋がった姉弟だとは思えない程、魔法力に差がある。
それは、アンナが魔法の鍛錬を怠っていたのも理由の一つだろうが、それだけでは説明がつかないのだ。
ニコラスは、一般的に見ればそれほど魔法力が優れている訳ではない。
平均よりは上だが、より豊富な魔力保有量と高い魔法力を誇る高位貴族に比べればどうしても劣る。
制御力が抜群であることから学園の成績には然程影響していないが、子爵家の嫡男としては多い魔力保有量、それに魔法の威力も、高位貴族の一般的な魔法力には到底及ばない。
それでもアンナの相手ならば、ニコラスでも余裕で熟せる程の実力差があるのだ。
血の繋がった姉弟でありながらこれだけ魔法力に差があることは、魔法省でも疑問視している。
ただ以前から調査されてはいるが、それは未だに答えが出ておらず、随分と難航しているようだ。
リリアンナもそれは気になるところだが、王宮どころか魔法省にまで、仕方なく依頼するまでは絶対に手を出すなと懇願されたので、大人しく静観するしかなかった。
最終的に王命まで下されたのは、解せぬし不満しかないのだが。
それはそれとして、魔法演習場でどのような展開が繰り広げられたかは分からないが、ニコラスの尽力により卒業式は恙無く終わった。
後から聞いた話では、卒業生の多くが学園を去った後の魔法演習場で、ニコラスが実に良い笑顔を浮かべていたそうだが、それに関して詳しいことは何も聞くまいと固く誓ったのはリリアンナだけではないだろう。
何はともあれ、卒業式後の教室にアンナに乱入されることもなく、それどころかアンナに顔を合わせることもなく心穏やかに学園を後にすることができたのは、アンナに問題を起こさせなかったニコラスのお陰である。
それには素直に感謝するしかない。
そして、リリアンナにとってこの日最も重要なのは、夜に王宮で開催される卒業パーティーだ。
エドワードとの婚約が発表されるリリアンナは、王宮でその支度をすることになっている。
そうでなくとも、王族のパートナーを務めていた者はこれまでと変わらず王宮で支度することになるので、オルフェウス侯爵家の馬車で王宮に向かったとしても、直前までエドワードの婚約者だと断定される心配はない。
事前に知るのは、リリアンナの支度をする為に待ち構えているであろう侍女達くらいだ。
今回は社交界デビューの時同様、王宮とオルフェウス侯爵家の侍女達が合同で支度をすることになっているので、恐らくいつも以上にもみくちゃにされるに違いない。
オルフェウス侯爵家の侍女達だけでなく、王宮の侍女達も支度をしてくれる時は目の色が違うので、リリアンナは毎回戦々恐々とすることになり、その時間を途轍もなく苦手にしている。
卒業パーティーの前に、準備を乗り切らなければならないと思うと、少しだけ遠い目をしたくなった。
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