第26話 人選ミス
思わず乾いた笑いが出たのも無理はない。
それほどまでに、有り得ないことを聞かされたのだから。
昼休み、いつもの王族専用施設での食事が終わり談話室へと移動した直後、ルイスからその話を聞かされたリリアンナは、思わず頭を抱え、呻くような声を漏らした。
「何で、私とルイスが男女の仲だなんて疑われてるのよ……っ!」
この日はリリアンナ達と昼食を共にしたルイスが疲れた顔で話し始めたのは、ここ最近、ルイスにやたら絡んでいるアンナのことである。
今度は何を企んでいるのかと気にはしていたが、その内容はあまりにも予想外というか、斜め上を行くにも程があるものだった。
「やたらとリリィと俺が特別な仲なんじゃないのかって、毎回しつこく勘繰ってきたからな。まさかそう来るとは思わなかったよ……」
ルイスもリリアンナに負けじと頭を抱え、虚ろな目で天を仰ぐ。
リリアンナとルイス、この二人の関係やオルフェウス侯爵家とコルト侯爵家の事情を知る者達であれば、絶対に有り得ないと断言できることをアンナに疑われていると知り、流石に勘弁してくれと力なく項垂れた。
「世間知らずにも程があるわね、よりによって、リリィとルイスが特別な仲だと疑うなんて…。社交界では割と知られた話なのに……」
頭を抱える二人を気遣わしげに見守っているミレーヌも、苦笑を通り過ぎて乾いた笑いを漏らす。
それほどアンナから向けられた疑惑は、有り得なさ過ぎて衝撃が大きかった。
「確か、あの手の小説に、王太子の婚約者であるにも拘らず、他の男性と男女の仲になっている悪役令嬢がいたわよね」
「ああ、そんな悪役令嬢もいたわね。自分は婚約者の王太子裏切っておいて、主人公虐めるとかとんでもないのが。…って、まさか、リリィにその設定付け加えようとしてるの!?」
「その可能性が高いと思うわ」
ミレーヌが苦虫を噛み潰したような顔で、うわぁと小さく声を漏らす。
夏休み前の時点で、アンナが身分違いの恋と悪役令嬢がセットになった小説を大量に読んでいたことは、調査により明らかになっている。
充分有り得そうなその可能性に、三人とも疲れ果てた様子で、ソファーへぐったりと身体を預けた。
「だからって、何でそこでルイス? どう考えても有り得ないじゃないのよ……」
「私達の関係を知っていればね」
「それはそうだけど、知らない方が珍しいくらい有名な話なのよ!?」
「彼女が知ってると思う?」
「……知らないでしょうね」
ミレーヌが手で顔を覆い、深い溜息を吐く。
ルイスに至っては、言葉を紡ぐ気力すらないようだった。
「まあ、正直な話、ルイスより他の男性の方が信憑性を持たせやすいのは確かね」
「そうね、それこそ、Aクラスでリリィと割と仲の良い男子とか…。あ、でも……」
「クラスで私が割と仲良くしていた男子達は、今は彼女に好意的な態度で接しているわね」
Aクラスの中でも、リリアンナと同じ政治経済コースのクラスメイト達とは、特に良好な関係を築いていた。
だがその彼らも、今はアンナに対し友好的に接しており、その中からリリアンナの相手として選ぶのは難しい。
だからと言って、よりによってルイスを選ぶなんてと、リリアンナは力なく乾いた笑いを漏らした。
「当然、ルイスは否定しているのよね?」
「当たり前だ。ああ、でも、ただ否定しているだけ、だけどな」
「それって……」
「俺達が、絶対に結婚できない間柄だってことは話していない」
その意味を正しく理解したリリアンナとミレーヌが、不敵な笑みを浮かべる。
もしそれを知らなければ、それがリリアンナとルイスの身の潔白を証明することになると気付くことはない。
そうなれば、アンナが自分で仕掛けた罠に、自ら勝手に掛かるだけだ。
「それでいいんじゃないかしら」
「そうね。それに、仮に知っていたのであれば、それはオルフェウス侯爵家とコルト侯爵家に喧嘩を売るも同然の行為だもの。勿論その相手は、ザボンヌ子爵家ではなく、彼女本人とさせてもらうけど」
「侯爵家序列一位のオルフェウス侯爵家と序列三位のコルト侯爵家を同時に相手するなんて、公爵家でも厳しいわよ」
リリアンナとミレーヌが、楽しそうに顔を見合わせ笑い合う。
それをルイスも、愉快そうに眺めている。
リリアンナの相手にルイスを選んだのは、とんでもない人選ミスだ。
それをアンナが知れば、今度は一体どのように動くのだろうか。
「取り敢えず、私は彼女に関わるのも手を出すのも禁止されているから、大人しく静観しているしかないわね」
「王命なんだから、絶対に手を出すなよ」
「分かってるわよ……」
強めの口調で釘を刺してきたルイスに、リリアンナが不満げに唇を尖らせる。
それにルイスとミレーヌは、仕方ないなと言わんばかりに苦笑を漏らした。
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