第22話 久々の領地です

 初日は色々とあった建国祭も、諸外国からの来賓を迎えた二日目と三日目は何事もなく終わった。


 アンナとの問題が起きる代わりにララの件があったのは疲れたが、それは既にリリアンナの手が届かない範囲で、あとは然るべき者達に任せるしかない。


 そして二日間はしっかりと身体を休め、疲れを取ると、いよいよ領地へと向かう日を迎えた。


 領地までは馬車で三日、家族揃って移動することになる。


 一年の大半を領地で過ごす両親にとっては帰領だが、逆に一年の内二ヶ月弱しか領地に帰ることのないリリアンナにとっては、帰領というより別宅に帰るという感覚の方が近い。


 実際には領地の邸が本宅で、王都のタウンハウスが別宅だが、リリアンナの場合、王太子妃教育もあって王都での生活が長く、タウンハウスの方が住み慣れているという事情もあるからだろう。


 建国祭の前はその準備であまり家族の時間が取れなかったが、馬車の中には家族四人だけ、久々にゆっくりとした家族水入らずの時間を過ごせている。


 母のエレノアは、タウンハウスにいる間に例の悪役令嬢が登場する身分違いの恋を描いた小説を数冊読んだらしいが、リリアンナ達同様気に入らなかったようで、遠慮なく毒を吐き始めた。


「どのお話でも、悪役令嬢は冷たい顔立ちをした美しい令嬢とされていたけど、それって随分と安直じゃないかしら? 確かにその方が悪質な嫌がらせをしそうだとイメージしやすいのでしょうけど、虫も殺せない人畜無害そうな顔して悪辣非道な真似をする令嬢だって、いくらでもいるのにね」


 それはリリアンナ達も感じていたことではある。


 見た目と中身が一致しない者など、そこかしこに溢れているというのに、悪役令嬢の外見のイメージはそう統一されていたのだから、何か悪役令嬢はそういうものだと決まり事でもあるのかと思ったほどだ。


 それに、顔立ちが冷たいからといって、中身まで冷酷な訳ではない。


 逆に清楚可憐な少女が、無垢な顔して悪辣非道な振る舞いをする方が、よりその陰湿さが助長され、恐怖や不安が増しそうな気がするのだが。


 他はリリアンナ達と同様な感想が続き、主人公の少女達が王族の妃や高位貴族の妻として迎えられる展開など、現実では有り得ないと断言して、漸くエレノアの毒舌が止まった。


「現実では魔力保有量の問題があるから、下位貴族や平民の血筋の娘が、王族や高位貴族に嫁ぐのは難しいのよね」


 魔力保有量は、魔法力の強さと関連があり、優秀な魔法の使い手であることが求められる王族や高位貴族にとっては重要なものだ。


 過去には、下位貴族や平民でも魔力保有量の多い者がそれなりに存在したが、何れも子孫にそれが受け継がれることはなかった。


 豊富な魔力保有量を安定して子孫に受け継ぐことができているのは、王族と高位貴族だけ、それも両親ともに豊富な魔力保有量を有している場合だけである。


 王族の婚姻相手は、伯爵家以上の血筋を持つ者と定められているが、それはこの魔力保有量が重視されているからだ。


 リリアンナがエドワードの婚約者として選ばれたのは、家柄もあるが、魔力保有量の多さが突出していたことが特に大きかった。


「ザボンヌ子爵令嬢は、その小説の主人公のように王太子殿下の妃の座を狙ってるのかしら?」

「それは、何とも……」


 それは、それらの小説を読んだ時点で感じていたことではある。


 だが現時点では、憶測や推測の域を出ない状態であり、今はまだ言葉を濁すしかない。


 それに子爵令嬢であるアンナでは、王太子であるエドワードの妃となる条件を満たしていないのだ。


 貴族としては常識であるそれを、アンナ本人が理解しているかどうかは分からないが。


「だとしても、リリィを悪役令嬢に見立てるのは許せないわね。リリィは感情に任せてこんな愚かな真似をすることはないでしょうし、どちらかと言えば、真正面から正論で叩きのめすタイプだものね」

「それができるのは、話が通じる相手だけです。ザボンヌ子爵令嬢のように話が通じない相手には使えません」

「そのようね……」


 エレノアの言う通り、リリアンナは相手を真正面から正論で説き伏せる方が得意だ。


 それは何れ王太子妃、王妃となる者としては問題があるが、別に搦手ができないのでも苦手な訳でもない。


 だがどちらもアンナには通用しないのだからこそ、頭の痛い状態になっているのだ。


 三日間の馬車の旅では、主にアンナへの対策に関して話すことが多かったが、基本的にリリアンナとエレノアが話し、父のフランツは時折相槌を打つ程度で黙って何か考え込んでいた。


 アルフレッドは激昂しようとする度に、エレノアが視線で黙らせていたので、結果的に静かにしていただけではあるが。


「それにしても、エドにはザボンヌ子爵令嬢の件に関しては手出ししないように言われてしまいましたし……」

「ああ、それは、殿下の言う通りにした方がいいでしょうね……」


 何故かエレノアだけでなく、全員から目を逸らされ、リリアンナは不満そうに目を眇める。


 それはどういう意味だと問い詰めたいが、誰も目を合わせてくれない。


 そうこうしているうちに、馬車は領地の邸へと到着した。


 馬車から降り、思いっきり空気を吸い込むと、自然豊かな清々しい空気で身体が満たされたようで気持ちが軽くなる。


 久しぶりに会う使用人達に笑顔で迎えられ、暫くは心と身体を休め、のんびりと過ごそうと、リリアンナは笑顔を返しながら邸へと歩き出した。

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