第21話 後味が悪いです

 予定より早めに夜会を退出すると、リリアンナはエドワードに連れられ、ギルバートの応接室へと向かった。


 てっきりララは取調室へ連れて行かれたものだと思っていたが、マジックミラーが設置された小部屋があるギルバート専用の応接室で、取り調べ同然の話し合いが行われていたらしい。


 リリアンナはエドワードと共にその小部屋の方に通され、マジックミラーの前に置かれた椅子に腰掛ける。


 すると程なくして、リリアンナ達を小部屋に案内した侍従がギルバートに耳打ちするのが見え、ギルバートが不自然にならない程度に、一瞬だけ視線を寄越した。


 応接室に居るのは、ギルバートとララ、バロック男爵に騎士が二人。


 そして、ララは終始怒声を撒き散らし、バロック男爵はその横で、何かを堪えるように俯き唇を噛み締めている。


 騎士達からは苛立っているのが伝わり、ギルバートは口元に笑みを浮かべたままララに相対しているが、当然その目は笑ってなどいない。


 再度小部屋に入ってきたギルバート専属の侍従の話によると、ララは自分の置かれた状況が理解できず、ギルバートの言葉にも的外れな不満をぶつけるだけで、実際には会話が成立せず、話し合いの様相を呈していないようだ。


 ギルバートに対しても、不敬と言わざるを得ない態度を取り続けるララに、噂には聞いていたがこれ程とはと、リリアンナとエドワードは嘆息した。


 ララの悪評は、バロック男爵が叙爵される以前から広く伝わっていた。


 国一番の大商会の娘であることを笠に着て、身分問わず顧客相手に横柄な態度で好き勝手に接していたことは有名だ。


 当然ララの立場ではそれが許されるものではなく、両親や従業員達からも嗜められ、客前に出ることを禁止されていたが、一切聞く耳を持たず、特に父親が仕事で店を離れている間はやりたい放題しようとしていたらしい。


 部屋に監禁すれば、食事を運んできた使用人に暴力を振るって逃げ出し、店頭に出ようとして従業員と押し問答をするなど日常茶飯事。


 従業員達の大変な苦労と労力があって、ララが店頭に出ようとするのを何とか防いでいたが、それでも月に数回は突破され、面倒を引き起こされていたらしい。


 特に父親が叙爵され貴族となってからは、それがより酷くなり、更に問題が増えたそうだ。


 父親のバロック男爵は商才に恵まれ、先祖代々続いてきた商会を更に大きく成長させている。


 人とは違う視点で特産品を見出すことに長け、国外との取引も活発に行い、国の経済活性化と雇用促進に大きく貢献してきた。


 商機を見逃さない強かさはあるが、基本的に誠実で温厚な人柄だとの評判だ。


 ララの三歳下の弟は、人当たりがよく勤勉で努力を怠らず、その優秀さから立派な後継となるだろうと言われている。


 従業員の教育も行き届いており、だからこそララの存在の異質さは際立っていた。


 バロック男爵は、従業員を教育するのは上手いが、娘の教育には失敗したと揶揄されることは少なくない。


 顧客である貴族達から、商会のことを思えば何れララを切り捨てる覚悟をしておけと、助言や忠告をされたことも数えきれないほどある。


 それほど人に疎まれ、誰の言葉にも耳を貸さず好き勝手傲慢に振る舞っていたララが、学園に入学した途端、アンナに心酔し、その言葉は絶対だと信奉するようになった。


 それに疑問を覚え、警戒するのは当然のことだ。


 何故それがアンナだったのか、それは調査を続けている今も判然とはしていないが、それが危険な状態であることは言うまでもない。


 同じくララのアンナに対する態度に疑問を持ち、注意深く応接室の様子を伺っていたリリアンナは、ある違和感に気付き、それを無意識のうちに言葉にしていた。


「魔法の痕跡……?」

「何……!?」


 それに反応したエドワードがララを凝視し、直ぐに目を見張る。


 それは、魔法の感知能力が高い二人でさえ、注意深く観察しなければ気付かない微かなもの。


 しかも、ララからは本人の魔力しか感知できないことから、余計に分かりにくかったようだ。


「何の魔法かしら? 私の知る魔法ではないようだけど…。でもこれは、まさか、精神に作用する類の……」

「ああ、僕もそう思う」


 リリアンナが息を呑み、両手で口元を覆う。


 小部屋の声や物音は、外には漏れないよう作られているので、応接室にいるギルバート達には何も聞こえていないし、二人の様子も分からない。


 だから二人に構うことはなく、中では新たな局面を迎えようとしていた。


「ララを、バロック家から追放します」

「そうか、ならば学園は必然的に退学となるな」

「はあ!? なんで私が家から追い出されなきゃならないの? それになんで学園まで辞めなきゃなんないのよ!」


 沈痛な面持ちでそう声を絞り出したバロック男爵と、それに淡々とした反応を返したギルバートに、ララが更に激昂し、ギルバートに掴みかからんばかりに熱り立つ。


 それを、素早く動いた騎士がララを床に押さえ付け、後ろ手に腕を捻り上げた。


「王立フォレスト学園は、貴族のみが通うことを許された学校。バロック男爵家を追放され、貴族ではなくなる君が退学になるのは当然のことだ」

「巫山戯るなっ! 何であんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ!? てか離しなさいよっ、痛いじゃない!」


 床に押さえ付けられながらも、ララがギルバートを憎悪の籠った目で睨み付ける。


 それをギルバートは冷ややかに見下ろしながら、敢えて穏やかな口調で言葉を投げ掛けた。


「学園長の私がそう判断することの何が悪い? それとも、君もアンナ・ザボンヌ同様、私が学園長だと言うことを知らないのかな?」

「何、馬鹿なこと言ってるのよ! あんたみたいなのが、学園長な訳ないじゃない!!」

「本当に知らなかったか。入学式で学園長として挨拶しているんだが……。我が学園の学園長は、代々王位を継承しない王族が担うことになっている。王弟である私が学園長を務めていてもおかしくはあるまい」


 それでも理解できないララは、拘束を逃れようともがき暴れているが、ギルバートは呆れを滲ませた目で一瞥し、バロック男爵へと向き直った。


「どうせなら、二、三日牢へ放り込んでおくか?」

「お願い致します。私はその間に、家族や従業員への説明を済ませておきます」


 その言葉を受け、ギルバートがララを連れて行くよう騎士に命じる。


 大声で叫び騒ぎ立てるララの声が遠くなるのを確認したエドワードが、詰めていた息を吐き出した。


「ララ・バロックの調査を継続する必要があるな。それから、魔法省へも調査依頼を出した方がいいだろう」

「ええ、そうね……」


 エドワードにそう言葉を返しながらも、リリアンナはどこか心在らずな状態になっている。


 悄然として項垂れるバロック男爵に視線を向けたまま、リリアンナはどうにも腑に落ちないでいた。


 この結末は、ララの自業自得だとしか言えないだろうが、何故かアンナが無関係ではないような気がして、何処となくすっきりとしない、後味の悪さを感じた。

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