第20話 予想外の波乱です

 エドワードの遮音結界が瞬時に展開される。


 それも、唇の動きを読まれることのないよう幻影効果付きだ。


 結界の内側からは外の様子が確認できるが、外側からは中の様子が不明瞭で何が起きているのかよく分からない。


 中に誰がいるのかくらいは分かるが、その行動は全くと言っていいほど把握できない状態だ。


 突然夜会の最中に魔法が行使され、外にいる者達が驚き目を見開いているのが見て取れる。


 ララの父親であるバロック男爵などは、青褪めた顔で今にも倒れそうだ。


 原則、王宮で魔法を行使するには、事前に許可を得ておく必要がある。


 それも、王族や情勢的に必要だと思われる人物、護衛や警備を担う近衛騎士や衛兵など、王宮側が許可を出す必要があると認めた者に限られ、使う魔法も防衛や捕縛に関する魔法が主で、攻撃魔法は基本的に認められていない。


 そして許可が得られれば、当人の魔力や行使する可能性のある魔法の術式を予め登録しておかなければならないのだ。


 魔道具の持ち込みに関しても、事前に申請し、どのような機能を持つのか説明した上で許可を得なければならない。


 こちらは夜会直前の申請が殆どであり、許可が出なかった魔道具は、王宮で一旦預かり、帰りに返却されることになるが、大抵は防御を目的としたものなので許可が下りないことは滅多にない。


 因みに魔法に関しては、不測の事態など、状況次第ではこの限りではないが、そうでない場合は、未登録の魔法行使は厳罰を受けることが有り得る。


 これは過去、酔って最大火力の攻撃魔法を放った愚か者がおり、あわや大惨事になりかけたことがあるからだ。


 その時は、当時の国王と護衛が咄嗟に防御魔法を展開した上でその魔法を相殺し難を逃れたそうだが、下手すれば会場は半壊し、怪我人が多数出るところだったらしい。


 そんなことがあれば、王宮での魔法行使に過敏に警戒するようになるのも当然と言えよう。


 以上の理由から、問題でも生じない限り、夜会の真っ最中に魔法が行使されることはない。


 だからこそ、突然結界が展開され、その中に王太子がいることに、誰もが驚きを隠せずにいた。


 ララが余計なことを口走りそうな気配を察したエドワードは、リリアンナに腕を掴まれるより早く遮音結界を展開し、同時に会話を記録する為の魔道具を起動させた。


 結界の中にいるのは、エドワードにリリアンナ、ミレーヌ、エドワードの護衛が二人に衛兵が一人、そしてララの七人だ。


 少し離れた場所にいたクリフとルイスは、外側から険しい顔で鋭い視線を向けている。


 そして、それ以上に険しい顔をしたララが耳を疑う罵声を浴びせたのは、エドワードが準備を終えた直後だった。


「何であんたが王子様にエスコートされてんの!? 王子様はアンナ様をエスコートするはずだったんだから、邪魔しないで引っ込んでなさいよ! 巫山戯るのもいい加減にしてよね! アンナ様がかわいそうだと思わないの!?」

「……何を言ってる? 巫山戯ているのは君の方だろう」


 そのあまりにも予想外かつ想定を上回る暴言に、リリアンナとミレーヌは二の句が継げなくなり、エドワードですら一瞬のこととはいえ言葉に詰まる。


 内容が滅茶苦茶なのは言うまでもないが、侯爵令嬢であるリリアンナをあんた呼ばわりしただけでなく、更にはエドワードを王子様と呼んでいる。


 王太子ではなく王子と呼ぶのは、エドワードが王位を継承することに異議があると取られてもおかしくはない。


 恐らくララはそれを理解してはいないと思われるが、王宮でそう発言した以上、何もなかったことにはできないだろう。


「私のパートナーは、最初からリリアンナに決まっていた。それは、慣例に従った結果だ。私がザボンヌ子爵令嬢をエスコートすることなど有り得ない」

「はあ!? 何馬鹿なこと言ってんの? だってアンナ様がそう言ってたんだもの、王子様にエスコートされるのは自分だったって。それをその女に無理矢理奪い取られたって嘆かれていたわ。その女も図々しいけど、王子のくせにそいつの言いなりになるあんたも情けないわね!」


 簡単に経緯を説明したエドワードの言葉を否定しただけでなく、あまつさえ侮辱したララに対し、護衛二人と衛兵が殺気立つ。


 報告から薄々分かっていたこととは言え、アンナの言葉だけを盲信し、他は一切聞き入れないララの様子に、エドワードは吐き気がしそうになる。


 何が切っ掛けでそこまでアンナに心酔しているのか、甚だ疑問だ。


 遮音結界を展開しているとは言え、これ以上この場で騒ぎを大きくするべきではないと判断したエドワードは、不敬罪を適用することにし、ララを捕らえ連行するよう衛兵に命じた。


「ララ・バロックを捕えよ。拘束魔法を行使しても構わない。それから、連行する際は魔法で口を封じておくように」

「はっ!」

「はあ!? 何で私が……」


 抵抗しようとするララの口を封じ、拘束魔法を施した衛兵が、引き摺るように彼女を連行して行く。


 遮音結界を解除し、直ぐ側にいたギルバートに歩み寄ると、エドワードは会話を記録していた魔道具を手渡した。


「王弟殿下、一旦お任せします。後から私もリリアンナと共に向かいますので」

「学園絡みは、全部任せてくれても構わないけどね。今夜は国賓がいなくて助かったか?」

「そうですね、我が国の恥を晒すところでした」


 他国からの来賓を招くのは、建国祭の二日目と三日目だ。


 叔父と甥ではなく、王弟と王太子としてギルバートに相対したエドワードは、そのことに強く感謝する。


 そしてギルバートと共に、顔を真っ青にしたバロック男爵に近寄ると、ギルバートに付いていくよう指示した。


「バロック男爵、王弟殿下に付いて、御息女のところへ向かってくれ。それから、今までも散々、方々から忠告されただろうが、切り捨てる覚悟をするべきだ。国としても、バロック商会に潰れられるのは痛いからな」


 蚊の鳴くような声で頷いたバロック男爵は、茫然自失としたままギルバートの後に続く。


 それを見送ると、エドワードはリリアンナを伴い、まずはこの場の事態を収拾すべく動いたのだった。

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