第17話 試験結果も妄想の対象です
学期末試験の最終日、魔法演習場では一年生の魔法実技試験が行われていた。
学科試験及び専門科目の試験は昨日までに全て終了しており、残るはこの魔法実技のみである。
試験はFクラスから順番に行われ、午前中には全クラスが終了する予定だ。
基本的に演習場の中に入るのは、その時間に試験が行われるクラスのみとされている。
それ以外の時間は、各教室にいることが前提ではあるが、自習するなり読書するなり、比較的自由に過ごすことが可能だ。
Fクラスの試験が始まり、最初のグループが的を目掛けて魔法を放つのを後ろで眺めていた少女は、酷く冷めた目をしていた。
アンナが放った魔法は、的に当たりはしたが、その見た目には一切変化がない。
だがその隣の、的に届かせることができなかった女子生徒は、それを大袈裟に褒め称えている。
彼女は一年程前に家が叙爵された男爵令嬢で、元平民である彼女の魔力保有量は少なく、魔法の腕も拙い。
一般的に身分が高いほど魔力保有量が多く魔法の扱いに長けていることを考えれば別におかしなことではないが、それはそれとしてアンナに対する評価は些か高過ぎるのだ。
Fクラスの生徒達は、入学当初こそ上手く制御できずに的を外すことが多かったが、今では殆ど的中させることができている。
威力も問題なく、的の見た目も罅割れていたり焦げていたりと変化しており、アンナより余程優秀な結果を残せている者が大半なのだ。
にも拘らず、アンナだけをやたら称賛するのだから、白けた気分になってしまう。
それは、このクラスで唯一の子爵令嬢で一番身分が高いからなのかもしれないが、そもそも経済的に問題ないと思われるザボンヌ子爵家の令嬢が、Fクラスにいるというのがおかしなことなのだ。
正直な話、Fクラスは落ちこぼれの集まりだと言われている。
入学前に行われるクラス編成の為の試験結果が反映されるのは言うまでもないが、それに加え、何らかの事情があって、学園入学までに最低限身に付けておくべき常識やマナーを習得できていないと判断された生徒が、Fクラスに振り分けられるのだ。
基本的にFクラスは、平民から貴族になって間もなかったり、生まれながらの貴族でも経済的な理由だったりで教育が間に合わなかった者が多い。
後ろから冷めた目でアンナ達を見ていた少女は、貧しい男爵家の次女で、後継の長男にしかまともな教育を施す余裕がなかったことから、付け焼き刃程度の教養しか身に付けることができなかった。
だが最低限のラインをクリアすれば、来年はFクラスを抜け出すことができる。
入学までは差があっても、入学してからは身分に関係なく同じ教育を受けることができるのだから、努力すれば充分可能なことなのだ。
クラスの大半は性格に難がある者ばかりだが、それなりに努力を重ねている。
この機会に思う存分知識を吸収しようと意気込んでいるのだが、アンナ達にはそれがない。
それどころか、アンナは自分は優秀だと思い込み努力する素振りすら見せないのだから、余計に見ていて腹が立つ。
魔法を的に当てただけで見た目は一切変化していないのに悦に入っている姿は、途轍もなく不愉快だ。
こちらは抜け出してみせるから、貴女は来年もFクラスのままでいるといいと、底冷えしそうな鋭い目でアンナを睨み付けた。
◇◇◇
学期末試験の順位が張り出され、掲示板の前が生徒達で溢れ返る。
だがエドワード達が現れたことに気付くと、波が引くように離れていく。
一年生の成績が張り出された場所で足を止めると、エドワードが悔しそうに顔を顰めた。
「やっぱりリリィが首席か……」
「エドは、生徒会に例の調査で忙しかったもの。そうじゃなかったら、きっとエドと同点で首席だったと思うわ」
一番上には全教科満点のリリアンナ、次に総合で二点差のエドワード、そしてクリフ、ルイス、ミレーヌの順番で並んでいる。
学園で学ぶ内容は、既に王太子・王太子妃教育で終えている範囲なので、エドワードとリリアンナにとってはそれほど難しくはない。
だがリリアンナの言う通り、忙しさに追われていたエドワードは、ちょっとしたケアレスミスで一問だけ間違えていた。
充分立派な成績ではあるが、自分でも頭を抱えたくなるようなしょうもないミスだったこともあり、余計に落ち込んでいたのだ。
「エドワード様、満点で一位だなんて凄いです! 私はそれに続く二位だなんて嬉しいです。リリアンナ様はお名前すら載ってないんですねぇ!」
的外れな内容の大声が響き、そちらに振り向くと、頭の痛いことに予想通りアンナが満面の笑みを浮かべてエドワードを見つめていた。
「リリアンナの名前なら、一番上にある。私はそれに次ぐ二位だ。名前がないのは君の方だろう」
「どうしてそんな意地悪なこと言われるんですか!? 私、エドワード様のお名前と並んでて凄く嬉しいのに、ここでもリリアンナ様を庇ってそんな見え透いた嘘を言われるなんて!」
「私は事実しか述べていないが」
予想はしていたが、試験結果まで妄想で都合よく塗り替えるのかと、呆きれて何も言う気力がなくなる。
周囲も、相変わらず何言ってるんだこいつ、と言った様子で顔を引き攣らせ絶句している者が殆どだ。
そこへ場違いなほど朗らかな声が響き、リリアンナ達は更に頭を抱えることになった。
「相変わらず事実を捻じ曲げることが得意なようだね。学園史上、見たことがない点数で圧倒的な最下位だった君が学年二位だとは」
「突然出てきて何訳分かんないこと言ってるんですか!? 何の根拠があって二位の私を勝手に最下位扱いしてるんですか? 失礼にも程があります!」
「失礼なのはどちらだろうね」
エドワードの隣に並んだ学園長のギルバートが、アンナを真正面から見据える。
口元は笑みを湛えているが、その目は一切笑っていない。
アンナは未だにギルバートが学園長であることに気付いておらず、憎しみに満ちた目で見返している。
エドワードとギルバートは、こうして並ぶと血縁を感じさせる程度には顔立ちが似ていると言うのに、何故気付かずにいられるのか不思議なくらいだ。
「アンナ・ザボンヌ! お前はまた何をやっているんだ!」
いつもの如くやって来た教師が、有無を言わさずアンナを連行していく。
こうして喚き騒ぎ立てるアンナが連れて行かれるのは、既に飽きるほど見慣れた光景だ。
「圧倒的な最下位ですか……」
「ああ、全教科二十点未満なんて酷い点数は、学園始まって以来のことらしいよ。入学後最初の試験は、例年全教科平均六十点以上あったのに、今回は全教科平均五十点台だからね」
「全教科、二十点未満……」
予想以上の低い点数に、誰もが呆然とし言葉を失う。
ギルバートがアンナの成績を人前で暴露したことに関してはどうかと思うが、アンナが相手では、逆にこの程度のことは必要なのかもしれないという気がしないでもない。
それにしても、よくそれで、学年二位だなんて妄想を大声で叫べたものだと、リリアンナ達は揃って深く溜息を吐いたのだった。
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