第16話 現実だったら国が滅びます
放課後、後ろ髪を引かれながら生徒会室へと向かうエドワード達を見送ってから数分後、パメラは同じCクラスのクレア・アーバン子爵令嬢を伴い現れた。
領地が隣り合っている二人は幼馴染であり、パメラはクレアから薦められたことで、例の悪役令嬢が登場する小説を読むようになったらしい。
悪役令嬢が登場する身分違いの恋をテーマにした小説は数多く出版されているらしく、より詳しいクレアを一緒に連れてきたとのことだった。
学園では、何度もアンナに突撃される可能性があることから、学園から馬車で五分程度の場所にあるリリアンナとミレーヌお気に入りのカフェで話すことを提案する。
情報提供してもらうのだから、こちらがご馳走するのは当然であるし、帰りは寮生である二人を寮まで送ると約束した上で、ルイスを含めた五人で馬車の待機場所へと移動した。
途中でアンナの突撃を受け、リリアンナの後方二メートルの辺りで転んで喚いている声が聞こえてくるが、今は構っていられないのでそのまま無視して通り過ぎる。
カフェにはルイスも一緒に行くことになったが、パメラとクレアは、同性であるリリアンナとミレーヌと同じがいいだろうと、四人一緒にオルフェウス侯爵家の馬車に乗り込んだ。
リリアンナの立場を考えれば、あまりよく知らない二人と同じ馬車に乗るのは避けるべきだが、別にリリアンナは油断している訳ではなく、いつでも防御結界を展開できるよう準備している。
ミレーヌは剣術だけでなく体術にも優れており、そう簡単に後れを取ることはない。
二人はそうとは見えないよう一応警戒してはいたが、実際のところは全くの杞憂であった。
本人達は気付いていないが、リリアンナ達幼馴染の五人は一際見目麗しく、多くの貴族令息・令嬢達の憧れの的となっている。
それはパメラとクレアも同様であり、二人は憧れの存在であるリリアンナとミレーヌと一緒にオルフェウス侯爵家の馬車に同乗しているという現実に、これ以上ないくらいに緊張していたのだった。
カフェで注文を済ませ、頼んだものが運ばれてくるのを待つ間に、クレアが三冊の本をテーブルに置く。
この三冊は、最近特に人気のあるものらしく、主人公の少女はそれぞれ男爵令嬢、子爵家の庶子、平民で、相手の男性は王太子、臣籍降下予定の王子、公爵令息と身分も立場も異なっている。
リリアンナ達にしてみれば、いくら創作物とはいえ現実感がなさすぎて、感情移入が難しそうだとしか思えないが、実際に読んでみないことには分からない。
善は急げとカフェを出た後は書店に寄り、取り敢えず先程の三冊を探すと、幸いどれも売り切れてはおらず棚に並べてあった。
それに加え、クレアお薦めの数冊を購入すると、遅くならないうちにと二人を寮へ送り届け帰路につく。
クレアは自分のものを貸すと申し出てくれたのだが、エドワードも読む可能性があると伝えると流石に躊躇していたので、気持ちだけありがたく受け取っておくことにした。
結果的にエドワードにクリフ、更には王妃や二人の王女まで全ての本を読むことになったので、それで正解だったと言えるだろう。
そして、彼らの感想は現実的で皮肉たっぷりの辛辣なものだった。
「主人公に都合が良すぎるにも程がある」
「こんな頭お花畑な王太子がいてたまるか」
「高位貴族の令嬢馬鹿にしすぎ」
「政略結婚の意味が分からない馬鹿に王太子や国王が務まるものか」
現実では有り得ない相手と結ばれる物語に夢を見るのは構わない。
だが現実と掛け離れたことがこうも多いと苦言を呈したくもなる。
王族の婚姻は政治的なバランスが考慮されるが、それを分からない者に国のトップが務まる訳がない。
悪役令嬢と呼ばれる登場人物は、公爵家または侯爵家の令嬢ばかりだったが、高位貴族の令嬢とは思えない稚拙で迂闊な言動が多すぎる。
高位貴族の令嬢は、甘やかされていても教育に手が抜かれることはない。
どの家の親も、娘が可愛いからこそ、立派な淑女になれるよう教育に関しては厳しくしており、甘やかし我儘を許した挙句、家柄だけが取り柄だと侮られることがないようにしているのだ。
現実には、悪役令嬢のような行動をする公爵令嬢や侯爵令嬢がいるとは思えない。
仮に相手に嫌がらせをするのなら、自分自身は勿論、仲の良い令嬢にも直接手は出させず、絶対に証拠が出ないよう画策した上で実行するだろう。
分かり易い証拠など残すはずがないのだ。
実際には、主人公の少女のような身分を無視した行動をすれば、周囲が何もせずとも、勝手に自滅するだけなのだが。
そして、これらの小説を読んで全員が強く感じたのが「王太子や高位貴族の男がこんなのばかりだったら国が滅ぶ」ということだった。
「もしかしなくても、ザボンヌ子爵令嬢は自分を主人公、私を悪役令嬢に見立てているのかしら?」
リリアンナが何気なく呟いた言葉に、その場にいた全員が苦虫を噛み潰したような顔になる。
それは、これらの小説を読み進めるうちに、誰もが感じていたことだった。
「リリィがこの悪役令嬢と同じにされるのは腹が立つが、そう考えるのが妥当だろうな」
前提として色々とおかしな点があるが、その可能性が高いと言わざるを得ないと、エドワードが苦々しげに吐き捨てる。
ただ、アンナのリリアンナを悪役令嬢として陥れようとするには稚拙にも程がある行動は、未だ謎のままではあるが。
「父上から、僕の方で調査するよう命じられた。リリィには手を出させないようにってことだから、リリィは大人しくしていてね」
「分かったわ……」
リリアンナをそう諭したエドワードが、クリフと意味ありげな視線を交わす。
これにどのような意味が込められているのか、今のリリアンナには分からない。
そしてこのことが、後にリリアンナの学園生活に変化を齎すことになるなど、この時には知る由もなかった。
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