第13話 常識以前の問題かもしれません
応接室の扉を開けると、ザボンヌ子爵夫妻とスミス伯爵夫人が、今にも倒れそうなほど真っ青な顔でソファーから立ち上がる。
礼をとろうとする彼らをエドワードが制し、口を開く許しを与えるより先に、ソファーに座るよう命じた。
それに彼らの顔が絶望に染まるが、エドワードはそうではないと首を振った。
「謝罪を拒否するという訳ではない。まずは話がしたいから、お茶でも飲んで気持ちを落ち着かせてくれ」
その言葉にいくらか安堵したようだが、その手は小刻みに震えている。
これではお茶を飲むどころかカップを持つのも無理かと、エドワードはテーブルの中央で存在を主張する魔道具に視線を向け、短く息を吐いた。
「手っ取り早いとは言え、こんなものを延々と見せられれば、手が震えるのも仕方ありませんね。それにしても、こんなものをどうやって、というのは、聞かない方がいいのでしょうね」
「今はそうしておいてくれ。何れ知ることになるだろうが」
テーブルの中央に鎮座した魔道具は、アンナがこれまでリリアンナ達にしてきた数々の奇行を宙に映し出している。
こうやって客観的に見ると、改めて酷いものだなと、エドワードとリリアンナは僅かに眉を顰めた。
「申し訳ございません…! 王太子殿下やオルフェウス侯爵令嬢様に対して、アンナが何ということをっ……!!」
ザボンヌ子爵が、ソファーに座ることなく深く頭を下げ、声を震わせながら謝罪の言葉を口にする。
ザボンヌ子爵夫人とスミス伯爵夫人も、今にも崩れ落ちそうになりながらも、同様に頭を下げた。
「取り敢えず、ソファーに座ってくれ。まずは、ザボンヌ子爵令嬢の行動について、何か心当たりがあれば聞かせてほしい」
エドワードが再度命じると、三人は顔を伏せたまま漸くソファーに腰を下ろす。
エドワードとリリアンナが謝罪に対し何も応えていないことから、彼らの顔色が更に悪くなるが、エドワードはそうではないと改めて首を振った。
「先程も言ったが、別に謝罪を拒否するという訳ではない。私達は、ザボンヌ子爵令嬢が何故あのような不可解な行動を繰り返すのか、その訳を知りたいだけだ」
「どんな些細なことでもかまいません。何か心当たりがありましたら、教えて頂きたいのです」
ザボンヌ子爵達の向かいのソファーにエドワードとリリアンナ、学園長であるギルバートが座り、エドワードの後ろに護衛であるクリフが控え、ルイスとミレーヌは、隣の小部屋からマジックミラー越しに応接室の様子を見守っている。
ザボンヌ子爵は暫し視線を彷徨わせると、心持ち顔を伏せながら声を絞り出すように話し始めた。
「心当たりと言えるのかは分かりませんが、幼い頃からアンナは、王子様のお嫁さんになるのだと、繰り返し語っていました。そしていつの頃からか、王太子殿下の絵姿を眺めては、いつか自分はこの方と結婚するのだと言うようになりました。その度に、王太子殿下と結婚できるのは伯爵家以上の御令嬢なのだから、アンナでは無理だと諭してはいたのですが……」
「王子様と幸せになることを夢見る少女が、本物の王子であるエドワードとの結婚を夢見ることになったか」
概ね予想通りのザボンヌ子爵の言葉に、ギルバートが皮肉たっぷりの笑みを浮かべる。
アンナがエドワードに好意を抱いているのは明らかだが、問題はリリアンナへの態度だ。
「エドワードに婚約者がいることは教えていたのかな?」
「はい、勿論。婚約者がどちらの御令嬢なのかは公表されていないことも含めて…」
「ならば、オルフェウス嬢に対する行動に関してはどう思う?」
ギルバートの言葉に、ザボンヌ子爵夫妻が顔を見合わせる。
だが直ぐに揃ってこちらに向き直ると、今度はザボンヌ子爵夫人が躊躇いがちに口を開いた。
「あの子は昔から、思い込みが激しいところがありました。もしかしたら、どこかで、オルフェウス侯爵令嬢様が、王太子殿下の婚約者なのではないかという噂を聞いたのかもしれません」
「それでオルフェウス嬢が気に入らなくて、あのような行動に出たと? 王太子の婚約者かもしれないという噂だけでその相手を攻撃するのは禁止されていると、知らない訳ではないだろう?」
「はい、それも教えたはずなのですが……」
ザボンヌ子爵夫妻が、アンナの行動に困惑した様子で項垂れる。
すると入れ替わるように、隣で微かに震えていたスミス伯爵夫人が、顔を上げた。
「今思えば、ザボンヌ子爵令嬢は、自分に都合の悪いことは聞き流していたように思います」
「それは、貴女が家庭教師として指導しているなかでそう感じたと?」
「はい」
スミス伯爵夫人は、アンナの家庭教師として長く勤めていた。
それは、アンナが学園の入学準備で忙しくなる直前までだ。
だからこそ、アンナに対して責任を抱いているのだろう。
「特に爵位に関しては、何度教えても納得できないようでした。何故、子爵は伯爵よりも下なのかと何度も聞かれました。私は、そういうものだからとしか言えませんでしたが……」
「それは、私達にとってもそうだ。そういうものだという認識だからな。爵位に関しては、我が国が建国する以前から、大陸全土で統一して使われていたものをそのまま踏襲しただけにすぎない」
ギルバートがやや呆きれ気味に言葉を放ち、エドワードとリリアンナも頷き同意を示す。
護衛として表情を変えることなく控えているクリフ以外は、大なり小なりそれぞれの感情が顔に表れていた。
ザボンヌ子爵夫妻とスミス伯爵夫人が、それぞれアンナに関して話を続けるのを聞きながら、リリアンナは、ある一つの仮説に辿り着く。
もしかしたら、これは常識以前の問題なのかもしれないと、ひっそりと溜息を漏らした。
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