第12話 ストレス発散します

 魔法演習場に、地響きでもしているかのような音が絶え間なく鳴り響いている。


 その発生源は、主にエドワード、リリアンナ、ルイスの三人だ。


 学園入学の時点で魔法名だけの略式詠唱ができれば優秀だと言われているなか、三人は無詠唱で的に様々な魔法を放ち続けている。


 三人の魔法は、どれもが緻密に練り上げられ芸術的なまでに美しい反面、その威力は身震いするほど凄まじい。


 的に魔法が直撃したことによる衝撃で、空気が震えているのだ。


 基本的に直系の王族は魔力保有量が多く、魔法の扱いにも長けているが、エドワードは特に優れた才能を有している。


 オルフェウス侯爵家とコルト侯爵家は、優秀な魔法の使い手を多く輩出していることから、魔法の名門として有名だ。


 その中でもリリアンナとルイスは、歴代最強ではないかと言われるほどに傑出している。


 既に魔法省からも化け物扱いされている三人が、無表情で鬱憤晴らしでもするかのように魔法を放ち続けているものだから、指導教官は堪ったものではない。


 演習場に張られている防御結界がビリビリと震えており、耐えられるのか不安になるほどだ。


 演習場で使用されている的は実体のあるものではなく魔法で作られており、使われた魔法が木材の的に当たった場合にどのような結果になるのかを瞬時に判定し、見た目に反映させている。


 他の生徒達の魔法は、割れたり罅が入ったり、火魔法や雷魔法で焦げたりといった結果が殆どだが、三人の場合は、全ての的を消失させていた。


 それだけでも、三人の魔法がどれだけ桁外れか分かろうというものだ。


 クリフとミレーヌも無詠唱で魔法を使い熟しているが、二人が最も得意としているのは剣であり、普段の鍛錬で憂さ晴らしをしているので、今は三人の様子を苦笑しながら見守っている。


 他のクラスメイト達は羨望の眼差しで見つめているが、指導教官の方は、授業が終わるまで防御結界が耐えられるかどうか、常にはらはらしていなければならなかった。


 思う存分魔法を放ったことで一度は気分がすっきりとしたが、またもやアンナの出現で台無しにされてしまう。


 いつものように王族専用の施設に逃げ込み昼食を終えた頃、珍しい人物が訪ねてきた。


「叔父上がこちらにいらっしゃるなんて珍しいですね」

「ここでは学園長と呼んでくれ、王太子殿下」

「他の生徒がいる前ではそう呼びますよ」


 エドワードと軽口を叩きながらソファーに腰を下ろしたのは、学園長のギルバート・フォン・フォレストだ。


 国王の弟、つまりは王弟であり、エドワードの叔父でもある。


「ところで、何か話があるから態々こちらにいらっしゃったのでしょう?」

「まあね、今度ザボンヌ子爵夫妻が来ることになった。ついでに、あれの家庭教師だった女性も一緒にね」

「は…? 手紙ではなく、子爵夫妻が直接こちらにですか?」

「ああ、手紙での謝罪も受けたけど、直接会って謝罪したいとね」


 まさか子爵夫妻が謝罪の為に態々学園にやって来ることになるとは思わず、リリアンナ達は唖然とするが、それだけ彼らは事態を重く受け止めているのだろう。


 相手が王族に侯爵令嬢ともなれば、それも致し方ないのかもしれないが。


「それにしても、家庭教師も一緒にですか。何か、あの不可解な行動の解明に繋がるものがあればいいですけどね」

「そうだな。可愛いリリィが舐められ侮辱されているのも許せないが、最近は生徒会にも影響が出ているからな」


 エドワードとクリフが生徒会に入ってから以降、アンナは放課後、エドワードに会いに生徒会室に押し掛けるのと、リリアンナに絡みにくるのとを交互にやっている。


 生徒会室に押し掛け追い返された翌日は、リリアンナのところに来ては例の如く転び糾弾するということを繰り返しているのだ。


 生徒会から追い返されることまでリリアンナの所為にされており、アンナの罵倒は日に日に酷く支離滅裂になり、更に混迷を極めている。


 生徒会室は、選択科目で騎士コースを選択している生徒が交替で警備しているのだが、アンナを追い払うのに大変な苦労を要するので、騎士コースの生徒達は戦々恐々としているそうだ。


「兎に角、そういうことだから。日程が決まったら改めて連絡する」

「分かりました。それにしても叔父上、ザボンヌ子爵令嬢に、学園長であることを敢えて教えないようにしているのは何故ですか?」

「ああ、俺が学園長だということも王族だということも知らないまま、どれだけの不敬を重ねてくれるかと思ってね」

「貴方という人は……。まあ、叔父上の顔を見て、王族だと気付かない方が問題ではあるのですが」

「そうだね」


 エドワードとギルバートの目はサファイアブルーと呼ばれる色をしており、その色を持つのは直系の王族男子だけだ。


 この国の貴族でそれを知らない者は、常識に欠けると言われている。


 ギルバートが王族であることに気付かなかった、アンナの方がおかしいのだ。


 ギルバートは紅茶を飲み干すと、ひらひらと手を振り談話室を出ていく。


 それを見送ったリリアンナ達は、顔を見合わせ深く溜息をついた。

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