第9話 王女殿下方はお怒りです

 一緒に付いてこようとしたアルフレッドを、「生徒会長としての立場を放り出して付いてきたら嫌いになります」というリリアンナの言葉で強制的に生徒会室へ送り返し、馬車で学園から王宮へ直行すると、王族居住区にあるサンルームに通された。


 王族のプライベートなエリアなので、足を踏み入れることができる者は限られているが、リリアンナ達にとっては慣れ親しんだ場所だ。


 六歳の頃に、当時は立太子前で第一王子だったエドワードの遊び相手兼将来の側近候補として引き合わされ、その三年後くらいからこの王族居住区に入ることを許されている。


 リリアンナ達が選ばれたのは、公爵家及び侯爵家の令息・令嬢でエドワードと歳が同じなのは、この四人だけだったからだ。


 無意識のうちにいつもと同じ席に着き、侍女が手際よく準備してくれた紅茶で喉を潤し一息つくのとほぼ同時に、国王と王妃がサンルームに入ってきた。


「報告は聞いたが、酷いな……」

「リリィちゃん、大丈夫? 暴行を受けそうになったのでしょう?」


 国王は難しい顔で唸り、王妃は気遣わしげな顔でリリアンナの手を取ると両手で包み込む。


 その手の温かさに僅かではあるが緊張がほぐれ、リリアンナは彼女らしいふわりとした微笑みを浮かべた。


「お気遣い頂きありがとうございます。確かに掴みかかられそうにはなりましたが、触れられる前にミレーヌが対処してくれましたから、怪我一つありません」

「そう、流石ミレーヌちゃんね。ミレーヌちゃんも怪我はないかしら?」

「問題ありません。あの程度、精神攻撃に比べれば大したことありませんから」

「……精神的な負担は、相当だったようね」


 ミレーヌの「精神攻撃」という言葉に、何とも言えない気持ちになる。


 言い得て妙ではあるが、その表現自体はどうなのだろうかという気がしないでもない。


 だが精神的なダメージはかなりのもので、未だ回復する兆しがないのも事実だ。


 ミレーヌの言葉に何処となく微妙な空気が流れる中、遠くから足音が聞こえてくる。


 それが近付いてきたかと思うと、バンッと、勢いよく扉が開けられた。


「リリィお姉様!」

「リリィお姉様! 変な女に絡まれていると言うのは本当ですか!?」


 二人の少女が飛び込んできたかと思うと、そのままリリアンナに抱きついてくる。


 エドワードの妹達で、三歳下のレイチェル第一王女と、五歳下のシンシア第二王女だ。


 心配そうにリリアンナを見上げてくる二人は可愛いが、これはちょっとまずいかもと冷や汗が出そうになる。


 案の定、頭上から抑揚のない、だが威厳が感じられる静かな声が降ってきた。


「レイチェル、シンシア。お行儀が悪いのではなくて?」

「お、お母様…!」

「あの…、その……、ごめんなさい!」


 漸く母親がいることに気付いた二人は、自分達の振る舞いが端なかったという自覚があるのか、揃って顔を青くすると、言い訳することなく素直にそれを詫びる。


 その様子に王妃は半眼で軽く息をつくと、二人にも席をすすめた。


「貴女達もリリィちゃんのことが心配だったのでしょう? 一緒に話を聞きましょう」

「はい」

「是非!」


 レイチェルとシンシアは、リリアンナの隣に座りたそうにエドワードに視線で訴えるが、逆にエドワードの無言に圧に屈し、国王夫妻の隣に腰を落ち着ける。


 全員が席に着いたところで早速報告を始めると、レイチェルとシンシアの顔が怒りに歪み、耐え切れずにそれを爆発させた。


「子爵令嬢が高位の侯爵令嬢であるリリィお姉様に対して無礼にも程があります!」

「しかも、リリィお姉様だけでなく、お兄様のお名前まで許可なく勝手に呼ぶとは何事ですか! 学園に入学する年齢でありながら、その程度の礼儀すら弁えていないのですか!?」


 二人の怒りは収まる様子がなく、それどころか更に加熱していく。


 リリアンナを姉のように慕う二人にとって、アンナの所業は到底許せるものではなく、憤懣やるかたない思いだ。


 周囲も二人を止めることはなく、気が済むまで怒りを吐き出させていた。


「それにしても、妄想の世界と現実の区別がついていないかもしれないなんて、本当なら厄介ね」

「そうですね……。恐らく、彼女がエドに対して好意を抱いているのは間違いないかと思われます。それで近くにいる私が気に入らないと言うのは分かりますが……」

「それだと、同じく幼馴染のミレーヌちゃんに対しては何も反応しないのは不自然よね…」

「はい…」


 アンナがリリアンナへ向ける言動の異常性に対して明確な答えが見出せず、言葉にすればするほど、正体の見えない焦燥に駆られていく。


 結局この日は報告と疑問を呈するだけにとどまり、何の進展も見せることなく終わったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る