第8話 ある意味ホラーです

 結局午後も、アンナは度々教師の目を盗んでは、幾度もAクラスの生徒達の前に現れた。


 そんなことができる能力があるのならば、もっと他の有意義なことに活用してほしいと現実逃避気味に考えてしまう。


 アンナに苛立ちを見せていたクラスメイト達も、これが何度も続けば、流石に怒りより先に恐怖が込み上げてくるようになったらしく、心なしか顔色が悪い者も多い。


 そしてとどめとなったのは、精神的に疲労困憊となった状態でAクラスの教室に戻ると、アンナがリリアンナの席に座っていたことだった。


 これには、男女問わず耐え切れずに悲鳴を上げた者も少なくはなく、阿鼻叫喚とまではいかなくても、混迷を極めた事態に陥った。


 この可能性を予測していたリリアンナでさえ悲鳴を上げそうになり、必死に飲み込んだほどだ。


 更に、机の引き出しを開けられないだとか、机の横側に掛けている鞄に触れられないだとか騒ぎ、それをリリアンナの所為だと責め立てる始末だ。


 そもそも机の引き出しの中身も鞄もリリアンナの所有物なのだから、アンナが無断で勝手に触れるのは問題があるのだが、恐らくアンナの中では彼女の所有物ということになっているのだろうから、それを指摘したところで無駄だと思われる。


 昨日入学式後に各教室で説明されたシステムを理解していれば、引き出しを開けられないのも机に掛けた鞄に触れられないのも、その席がアンナの席ではないからだと分かりそうなものだが、この様子を見る限り、欠片も理解していないのだろう。


 入学式当日、または進級初日に、生徒は一年間使用することになる机とロッカーに自身の魔力を登録する。


 そうすることで机の引き出しとロッカーの扉は、魔力登録を行った本人しか開けることができなくなるのだ。


 つまり、魔力が鍵の役割を果たすことになる。


 机の横側には鞄を掛けることができるが、それは登録者本人の物のみで、その行為自体も登録者本人にしか行えない。


 それに一旦鞄を掛けてしまえば、本人しか触れることができず、他者が触れようとすれば弾かれてしまう。


 仮に誰かを陥れる為に、その相手の鞄や机に自分や第三者の私物を紛れ込ませ、盗みを働いたように見せ掛けようとしても、机の引き出しを開けることも鞄に触れることもできない以上不可能だ。


 またこのシステムに使われている術式に干渉し破壊しようとすれば、直ぐ様それと分かる警告音が学園全体に鳴り響き、厳罰を受ける羽目になってしまう。


 過去に家の政敵の息子相手にそれを行おうとした生徒がいたがすぐに捕らえられ、その結果学園は退学になり、貴族籍を剥奪されることとなった。


 この時は家の事情もあってのことだったが、それとは関係なく、最低でも退学は免れないだろう。


 それから登録期間は一年間で、学年の最終日、または卒業式当日に登録の解除を行い、次にその教室を使用する生徒達が新たに登録できる状態にしておくのだ。


 因みに、登録及び解除は、学園側がそれに必要な処置を講じた上で本人が行うことになっており、生徒のみで勝手に行うことができないようになっている。


 また、様々な事情で生徒本人が解除を行えない場合は、学園側が強制的に行うことができるので特に問題はない。


 こうしたシステムがある以上、リリアンナの席に座っているアンナが引き出しを開けることも鞄に触れることもできないのは当然のことであり、そこが彼女の席ではない何よりの証拠となるのだが、それを理解していないのか、耳障りな甲高い声でリリアンナへの糾弾を続けている。


 誰もが何も反論する気になれず、言いたいように言わせている間にフィリップが連絡を入れていたらしく、Fクラスの担任教師がアンナを連行して行った。


 その顔は朝とは同一人物とは思えないほど憔悴しきっており、「Fクラスでもこんなに酷いのは初めてだ……」と虚ろな目で呟く姿に同情を禁じ得なかった。


 アンナだけでも充分強烈であるが、酷いと言われる他のFクラスの生徒達は、一体どれほどなのであろうか。


 知らずにこんなことを考えるのは失礼だとは思うが、できればあまり関わらずに済むことを願うばかりだ。


 こうして波乱の一日が終わったのだが、これほど精神を消耗させられることになるとは予想していなかった。


 この日、昼休み以外で唯一平穏だったのは、反省室に連行されたアンナが、放課後の馬車待機場所に現れなかったことかもしれない。

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