第7話 既に限界です

 その日の昼休み、王族に与えられた特別室の一つに集まったリリアンナ達は、ぐったりとした様子でソファーに身体を預けていた。


 あの後も色々と、アンナによって精神的な疲労を蓄積させられる羽目になったことが大きな原因だ。


 今日はクラス毎に学園内の施設を見学することになっていたのだが、アンナによる騒動が起きたことでクラスメイト達の精神的負担が大きく、リリアンナ達のクラスは他のクラスより一時間近く遅れて動き始めることになってしまった。


 それを申し訳なく思うリリアンナを誰も責めることはなく、それどころかアンナに理不尽な絡まれ方をされていることを気の毒に思い、今後のことを心配し気遣ってくれたのだ。


 それをありがたく思うも、アンナに対し何も対処できず迷惑を掛けてしまったことは、情けないし心苦しくもある。


 それに、午後も見学に充てられてはいるが、全体的に駆け足で見て回らざるを得なくなった上、予定も大分狂ってしまっている。


 午前中の内に見学を済ませる予定ができなかった場所もそれなりにあるのだ。


 じっくり見学したい施設があっても時間に余裕がなく、それを不満に思う者もいたが、その怒りは全てアンナに向けられていた。


 にも拘らず行く先々でアンナが姿を現し、当然の如くAクラスの生徒達と行動を共にしようとするものだから、クラスメイト達の苛立ちは募るばかりだ。


 無論Fクラスの担任教師もアンナを放置している訳ではなく、勝手な行動をしないよう目を光らせてはいるのだが、他にも問題のある生徒が複数いるらしく、アンナ一人だけに構っていられない。


 その結果、ほんの少し目を離した隙に姿をくらませ、どうやって居場所を知ったのかは不明だが、何度もAクラスの見学先に現れていたのである。


 その度にフィリップがFクラスの担任教師に連絡しては、大声で喚き騒ぎ立てながら連れ戻されるということを繰り返していた。


 そんなことが続けば、当然ストレスは溜まる一方だ。


 重苦しい雰囲気のまま昼休みになり、王族の為に用意された建物に駆け込むと、リリアンナ達はホッと胸を撫で下ろした。


 その建物は、予め魔力を登録していた者しか中に入ることはできない。


 リリアンナ達は、エドワードと一緒に入学前に登録を済ませていたので、入口で手間取ることなく中に逃げ込めたのだった。


 当然アンナの魔力は登録されておらず、この先もそれは有り得ないことなので、この場所は一種の安息地帯となることだろう。


「本当に何なのあの人…。訳が分からなくて怖いんだけど……」

「どうやって俺達のクラスがどこにいるのか突き止めてたんだよ……。気味が悪いんだけど……」


 味わう気力もなく、取り敢えず料理を口に詰め込むだけとなった昼食を終え、食堂から談話室へ場所を移すと、気心の知れた幼馴染しかいないのをいいことに、王族や貴族としての姿をかなぐり捨て、全員がソファーにへたり込んだ。


 一度や二度なら単なる偶然で済んだかもしれないが、何度も行く先々に現れたアンナに、薄ら寒いものを感じる。


 ミレーヌとルイスがぼそりとこぼした言葉に、他の三人も疲れ果てた表情で頷き同意を示した。


「それにしても、言葉の通じない者を相手にするのが、こんなに疲れるとはな……」

「言葉が通じないで済む次元ではないと思う……」

「確かに……」

「現実と妄想の区別がつかないにも程がある…。いや、あれは妄想と言っていいのか……?」


 エドワードとクリフが虚ろな目でボソボソと愚痴をこぼすのを聞きながら、リリアンナは改めてアンナの様子を思い出し、疲れからぼんやりとしたままの頭で考えを巡らせる。


 クリフの言う通り、あれを妄想で片付けていいのかは分からないが、嘘をついていると言うより妄想だと言った方がしっくりとくる。


 何よりアンナのあの目は、嘘をついている目ではなかった。


「ザボンヌ子爵令嬢は、本気で私に嫌がらせをされたと思っているのではないかしら? 彼女の目は嘘をついているようには見えなかったもの」

「……それは僕も感じていた。彼女の目は、嘘でリリィを貶めようとしている目ではなかった」

「確かに…。嘘をついてると言うより、本気でそう思い込んでるように見えた」

「そうね、妄想の世界を現実だと勘違いしているって言われた方が納得できるわ」

「俺もそう思う。ただ、自分が在籍しているクラスまで、妄想で塗り替えてるとは思わなかったけど」


 リリアンナが思わずこぼした言葉に、全員が肯定を返す。


 アンナの目は嘘をついている目ではない。


 そう言葉にすることで、アンナの異常性をより強く認識した。


「兎に角、昼休みももう直ぐ終わることだし、今日の放課後、王宮で改めて話すことにしよう」

「ええ、そうしましょう」


 エドワードの言葉に、全員が頷き賛同する。


 そして、午後の集合場所に向かおうと談話室を出て入口へ歩を進めるが、その足取りは鉛のように重かった。


「それにしても、ここを出た後が怖いな。正直、既に限界なんだけど……」

「多分、皆そうだと思うわ……」


 恐らく、午後の見学でもアンナに遭遇することになる。


 それを思うと、自然と足取りが重くなるのは当然のことだった。

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