第4話 謎だから不気味です
馬車の中の空気は、地獄にいるかのように重苦しく最悪だった。
リリアンナのことが可愛くて仕方ないアルフレッドにとって、アンナの所業は万死に値する。
エドワードの前だろうと遠慮なく呪詛めいた言葉を吐き続けるその姿に、アルフレッドが凶行に走らぬよう天に祈るばかりだ。
そもそも何故最終学年の三年生で生徒会長でもあるアルフレッドがその件を知っているかというと、職員室で騒ぎ立てるアンナを目撃した生徒会役員から報告を受けたからである。
その彼も詳細までは把握していなかったようだが、エドワードとリリアンナの名をアンナが叫んでいたことから、恐らくアルフレッドの妹であるリリアンナが関わっているのだろうということは推測できたらしい。
そしてアルフレッドがリリアンナを溺愛していることは生徒会役員全員が知っていたので、入学式の後片付けが多少残っていたにも拘らず、この後は使い物にならないだろうと帰らせられたのだ。
基本的にアルフレッドは何をやらせても優秀なのだが、リリアンナが絡むと途端に駄目になることがよく分かる、何とも残念な話である。
その結果、アルフレッドと同じ馬車に同乗したリリアンナ、エドワード、ミレーヌの三人は、胃がキリキリと痛む状態に追い込まれる羽目になったのだった。
やっと王宮に辿り着き、エドワードの両親、つまり国王陛下と王妃陛下に学園入学の挨拶を済ませれば、当然この二人にもアンナの一件を報告することになる。
二人もリリアンナ達同様、アンナの言動が理解できず気味が悪そうに眉を顰め、何の意図があってそんなことをしたのか、何か裏でもあるのだろうかと疑いを持ち始めたところ、学園からもそれに関する報告が届いた。
その内容に、疑問解決の糸口を見つけるどころか更に頭を抱える事態となってしまったのは、一体何の嫌がらせだろうか。
教師達もアンナの支離滅裂な言動に、会話が成立しない、意思疎通不可能だと早々に匙を投げたというのだから、この先の学園生活に不安を感じるなと言うのは到底無理な話だった。
取り敢えず王家や学園でもアンナの監視及び調査をするということで一旦話は落ち着いたが、何故リリアンナがアンナの奇妙な行動の対象になったのかは謎でしかない。
幼い頃からエドワードに婚約者がいることは公表されているが、仕来りによりその相手がリリアンナであることは伏せらせている。
エドワードが学園を卒業したその日の夜に王宮で開催される卒業パーティーで、正式に婚約発表が行われることが決定しているのだから、それまではリリアンナが婚約者であることは一部の関係者を除き知っているはずがないのだ。
確かに多くの者達はその相手がリリアンナであろうことは推測しているが、カモフラージュである可能性もあるので決め付けるようなことはしていない。
そして王族の婚約者が誰なのか探ることもタブーとされている。
それに推測や憶測だけで、王族の婚約者である可能性のある相手の命を狙ったり陥れるような真似をすれば、お家取り潰しを含めた途轍もない厳罰が科されることになっているので公表されるまでに動く者は基本的に存在しない。
公表された後、特に王太子の婚約者はその座を狙う者達から命を脅かされることが多いのは頭の痛い問題ではあるが、未だ公表されていない現在、リリアンナが標的になるのは普通ならば考えられないことなのだ。
リリアンナがエドワードと行動を共にすることが多いのは幼馴染であるからということで説明が付くようにできているし、侯爵家の中でも序列一位のオルフェウス侯爵家の令嬢であることから、殆どの貴族家にとって余計な詮索は命取りになりかねない。
王家でもリリアンナがエドワードの婚約者であることが漏れないよう徹底的に対策している。
だからこそ、アンナのリリアンナに対する言動は謎だらけで不気味だった。
現在のザボンヌ子爵家は、国に大きく貢献したニコラスの功績から、裏で操ろうとする家や組織が現れないよう王家でも影を使い注視している。
今のところそれといった兆候は見られないことから、今回の件が誰かに指示されたことであるのは考えにくい。
だからと言ってザボンヌ子爵が、アンナをエドワードの婚約者の座に据えようとしている可能性も、陞爵を固辞していることを考えれば有り得ない。
ならば、婚約者がリリアンナだということを突き止めてまで陥れることにも意味はないのだ。
そもそも、それらは少なくともお家取り潰しに貴族籍剥奪、処刑が確実となる行為である以上、野心を抱くより堅実な領地運営を是とするザボンヌ子爵の性格上考えられない。
アンナが個人的にエドワードの婚約者の座を狙い、リリアンナを排除しようとしている可能性もあるにはあるが、仮にリリアンナが婚約者から外されたとしても、現状アンナが代わりに選ばれることは有り得ないことから、その可能性も理由としては何となく腑に落ちなかった。
「確か、ザボンヌ子爵家の令嬢は引き篭もりで殆ど家から出たこともなく、手紙も含め外部との接触は家庭教師以外一切なかったと報告を受けているのだが……」
「リリィは我が国の貴族達の間では有名ですから、貴族名鑑で絵姿を見て顔を覚えていた可能性はありますが、だとしても今回の件は釈然としませんね……」
「そうだな。まずザボンヌ子爵令嬢は学園の寮に入ったということだから、馬車の待機場所に現れるのはおかしい」
「それも子爵家に割り当てられた場所ではなく、侯爵家以上の家に割り当てられた場所にですからね」
国王陛下とエドワードは、判明しているアンナの情報を確認した上で、改めてその行動の不可解さを不審に思い、厳しい表情で思案を巡らせる。
だがそれは、この国の貴族であれば身に付けていて当然の常識やマナーを基にしたもので、そうではない場合に関しては考慮されていなかった。
それはその常識やマナーが、学園入学までに最低限身に付けていることが必須とされていたものだからだ。
それが落とし穴であることに気付くのは、まだ先のことであった。
リリアンナは国王とエドワード、二人の遣り取りを眺めながら、やってもいない罪を糾弾してきたアンナの目を思い出す。
その目から感じ取られた疑惑は狂気に満ちていて、その気味の悪さはリリアンナを酷く不安にさせるものであった。
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