第24話 誰かを助ける意味は

「楽しかったー! つい夢中になっちゃったね」

「ああ。クルミも意外と強かったな?」

「でしょー! ま、結局二人ともメダルはなくなっちゃったけど」


 そう話しながらゲームセンターをあとにした海斗とクルミは、昼食を取ろうとフードコートを訪れていた。ハンバーガーやラーメン屋など、見慣れたお店が並んでいるが、そのどれもが大勢の人で賑わっている。

 テーブルもすべて埋まってしまったようで、海斗とクルミはその場で足を止めて相談した。


「あー、やっぱり混んでるな。ちょっと遅かったか」

「どうしよ。まだ他に飲食店あるのかな?」

「うーん……どうだろ。エスカレーターのとこに地図があったけど、一回確認してくるか?」

「ん、そーだね。そうしよっか」


 一度フードコートを出て、海斗とクルミはエスカレーターに向かって歩き出す。

 するとその道中、『そば処』と書かれた旗が見えた。


「あれ、海斗くん。ここ誰も並んでないよ?」


 近寄って店前の食品サンプルを見ると、そばやうどんといったものが並べられている。天ぷらもあって値段もそれなりにするようだが……。


「お、ホントだ。そば屋か……ここにするか?」

「うんっ! もうお腹ペコペコだもん!」


 そう言ってお腹をくーっと鳴らし、クルミは顔を少し赤らめた。

 そんなクルミに、海斗は思わず苦笑を浮かべる。


「……みたいだな」

「そ、それより早く入ろ!」

「はいはい」


 そんな海斗の腕をクルミが引っ張り、店内に入った。少し高めの値段設定のせいか、店内はギリギリ満員ではなさそうだ。

 店員に案内されて席に着くと、海斗は早速メニュー表を開いてクルミと注文するものを選ぶ。


「俺、ざるそばにしようかな。クルミは?」

「んー……じゃあ、あたしもそれにしよーっと」


 お互い決まったところで店員に注文して、海斗はクルミと雑談しながら料理を待つ。やがて二人分のざるそばが届くと、クルミは待ってましたという様子で両手を打ち鳴らした。

 よほどお腹空いていたのだろう。箸を持つと勢いよくざるそばをすすり、「んんーっ!」と声を漏らす。

 それを見て海斗はクスッと笑い、同じように手を合わせてそばを口に運んでいった。


「──ふう、ごちそーさまでした!」

「ごちそうさん。いい食いっぷりだったな、クルミ」

「見てたの? まあいいけど……」


 思い返して恥ずかしくなったのか、クルミは頬を赤らめている。


「それより、このあとどうする? あたしとしては、もうちょっとここでゆっくりして、どっか見て回りたいと思ってるんだけど……」

「いいんじゃないか? まだ食べたばっかりだし」

「あ、うんっ! ありがと!」


 クルミはパッと顔を明るくし、嬉しそうに笑う。

 いちおう店内が賑わってきたら出ようとは思うが、今の様子を見るにもうピークは過ぎたのだろう。食べ始めた頃は満席に近かった席も、少しずつ空きが増えている。

 そのため海斗はのんびりとクルミとの雑談を楽しむことができた。

 一時半を過ぎると会計を済ませて、二人で服屋や本屋といった場所を見て回った。

 やがて帰る時間も近くなり、一緒に百円ショップを見ていたクルミが化粧直しのためにその場を離れていく。海斗は一度店から出ると、その目の前にあったベンチに腰を下ろした。

 ふうと息をついていると、どこかで見たような女子三人が隣に座り、そのうち二人が揶揄うような口調で一人に問いかける。


「ねえ、凛ちゃん。それってなんなの?」

「どれ……って、これのこと?」


 凛、という名前ということは、少し前の買い物でクルミと言い合っていた少女のことだろう。

 凛はちらっと自分の持つ黒いビニール袋を軽く持ち上げて揺らした。


「あ、そうそう!」

「あ、それ私も気になってたー! さっき本屋で買ってたやつだよね?」

「う、うん。そうだけど……」


 と、凛はそこで声のトーンを落とし、顔の前で両手を合わせると申し訳なさそうに謝罪した。


「えっと、陽奈ちゃん、ごめん! 恥ずかしいからヒミツでお願い!」


 その言葉が聞こえた海斗は、そういうこともあるんだなと意外に思っただけだった。しかし、どうやら彼女たちの間ではルール違反だったようだ。

 陽奈と呼ばれた少女は眉を吊り上げ、不機嫌そうな声を上げる。


「えーっ、ノリ悪ーい! いいじゃん、それくらい!」

「そうだよ! 見せて見せて!」


 そして、ついには二人は凛の買ったものを取ろうとした。


「ちょっ! こればダメなやつ! 見るならこっちにしてよ!」


 そんな二人の暴走に対して凛は必死に抵抗し、掴まれた袋の中身を見られまいと抵抗する。

 しかし、嫌がられたことが彼女たちには癪に障ったのだろう。二人の問い詰め方はだんだん強引になっていく。


「何々? 何がこれに入ってるのよ?」

「あ、もう! ホントにやめてよ! ダメだってば!」


 そんな彼女たちの騒ぎが気になったのか、通りかかった人も少し不快そうに女子三人を見る。

 しかし、誰も足を止めて凛を助けるような様子はない。ただ遠巻きに眺めているだけで、すぐに歩き去ってしまう。

 どうしたら、と海斗が迷い、ふと陽奈の顔を見て気づいた。

 あの陽奈という子は、ひと月ほど前に教室で海斗と会った人物ではないのか、と。もしそうなら、凛は陽奈と一緒になって海斗の新たなウワサとしてあの出来事を広めていた人物の一人である可能性が高い。

 そんな人を、本当に助けるのか。

 海斗は悩んだ。

 きっと凛を助けたところで、そのあと待っているのは新たなウワサをされるようになるだけだからだ。

 それなのに、そこに助ける意味はあるのだろうか。

 なんて真剣に考えていた海斗だったが、よく考えると自分はもうすぐ今の高校から転校し、去っていく身なのだ。それなのに今更保身をしようとするなんて、バカらしいじゃないか。

 海斗は決意し、彼女たちに声を掛ける。


「……なあ」


 三人ともが同時に振り返り、眉をひそめて海斗を見てきた。

 だが、もう気にしない。

 もしもまたウワサが広がったとしても、それが海斗の耳に入る頃には自分は高校から去っているのだから。

 だから、遠慮なく、彼女たちに告げてやる。


「お前らさ。もう少し常識ってもんをわきまえたらどうなんだ?」

「はっ? だ、誰よ、あんた……っ!」


 問いかけて、途中で海斗のことに気づいた陽奈が絶句する。

 ハッと目を見開いて、その瞳には三人とも一瞬で怯えが宿った。するとすぐに陽奈は荷物を持ち、立ち上がりながら二人に叫んだ。


「ふ、二人とも! ほら、あっち行こうよ! あっち!」

「えっ? 何々? 急にどうしたのよ? あいつ誰?」


 もう一人は困惑した様子で陽奈に引っ張られていって、凛はどうすればいいのか分からないといったような表情で立ち止まっている。

 ところが陽奈は凛を忘れてその場を離れ、自分が腕を引っ張ってきた少女に耳打ちするような仕草をした。


「あんた気づかなかったの? あれ、山崎海斗よ! まさかこんなところにいるなんて思わなかったけど……」

「え、それマジ⁉︎ 怖っ!」


 そう言って自分の腕で身体を抱え込み、身震いする少女。

 それからようやく周りを見回して凛がいないことに気づくと、彼女は驚愕しながら凛を指差して声を上げる。


「って、まだ凛あそこにいるじゃん!」

「ホントだ! 凛ー! こっちこっち!」


 陽奈たち二人が叫び、凛に向けて手を振った。

 まるで今までの嫌がらせ行為など、存在しなかったような親しげな笑顔で。

 すると、なぜか凛もホッとした様子で不安げな表情を明るくさせて、二人の元に駆け寄っていく。

 そんな急ぎ足の彼女たちから聞こえてくる会話は、相も変わらず海斗への悪口ばかりだった。

 悪意のこもった声で、陽奈が意地悪く言う。


「ねえ。あいつが何言ってたか、誰か分かった?」

「さあ? きっと頭おかしいんだよ」


 海斗を嘲笑って頷く女子。そして、凛も。


「……ほ、ホント、怖いよね」


 震えて言い淀み、取り繕うような声で、たしかにそう言った。

 凛を助けたのは、海斗が勝手にしたことだ。感謝の言葉を言われたかったわけじゃない。だが、しかし。


「でも、そのうち転校するんだってさ」

「へー、超ラッキーじゃん!」


 海斗が助けたはずの凛でさえ、自分に嫌がらせをした彼女たちと同じように悪口を言う。

 そうして共感し合い、海斗の傷つく顔を見ることも気にすることもなく、彼女たちは何事もなったように知らないフリをして笑い合っている。

 そんな彼女たちの姿が、海斗にはなんだか酷く恐ろしいものに見えたのだった。

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