第23話 二人きりのデパートデート
そんな試験が終わった夜。
海斗が自宅で本を読んでいると、携帯電話が鳴った。
どうやらクルミからのメールのようで、開いてみるとそこには『今週デート行こうよ!』とだけ書かれている。
「……デート?」
海斗は思わず呟く。
もう付き合うフリをしてもらった目的は果たしてるのに、という疑問が浮かんだのだ。
実際、いちおうすべて終わるまで継続中とはいえ、あの放課後デートや買い物以外で手を繋ぐようなことはしていない。もう仕返しや転校の準備もほとんど済んでいるのに、今更何をするつもりなのだろう。
「ま、また会った時に聞けばいいか」
軽くそう考えて、海斗はクルミに『りょーかい。じゃ、また土曜日のバイトでな』と返した。それから五分ほどやり取りをして、最後に『おやすみ!』と送り合って携帯電話をテーブルに置く。
椅子に座ったまま「んんー!」と伸びをして、掛け時計を見てから本と携帯電話を持って寝室に向かった。
土曜日の忙しいバイトを終えた、日曜日の朝。
「よし、忘れ物はないな」
海斗は玄関で自分の荷物を確認し、立ち上がると靴のつま先を打ち鳴らした。
予定の時間には少し早いが、休日のデパートとなればその賑わいはかなりのものだ。クルミなら準備も早めにしていそうだし、この時間なら早すぎるということはないだろう。
海斗は玄関から外に出て道路を横切ると、クルミの家のインターホンを鳴らした。
するとその直後、「はーい!」と元気な声がして扉が開く。クルミが靴を履きながら、ひょっこりと顔を見せた。
「おはよー、海斗くん。ちょっと待っててくれる?」
「ああ。急がなくていいからな?」
「んーん。もう準備はできてたから、すぐ出発できるよ」
ちらっと後ろを見るクルミ。
その視線の先には、小さなバッグが置かれていた。出てくるまでの速度から考えると、玄関で海斗を待っていたのかもしれない。
「あれ、ここで座って待ってたのか?」
「ん? 違う違う。ちょうど海斗くんのところに行こうとしてたの」
どうやらお互い考えることは一緒だったらしい。
「へー。クルミ、そんなに楽しみだったんだな」
海斗が揶揄うように問いかけると、クルミは笑って頷いた。
「うんっ! もっちろん!」
「……そっか。そりゃどうも」
真っ直ぐな言葉に照れ臭くなり、海斗は顔を逸らす。すましたようにそう返すと、クルミはバッグを持って外に出てきた。
玄関の鍵を閉め、歩き出すとクルミは嬉しそうに海斗と手を繋ぐ。
「じゃ、出かけよっか!」
「ああ」
そう声を弾ませるクルミに頷いて、海斗はクルミと二人で駅に向かった。
デパートの前でバスを降りると、クルミは「んんーっ!」と大きな伸びをする。
また手を繋ぎ直して涼しい店内に入り、ふと海斗はエスカレーターに歩みながら数日前からの疑問を口にした。
「そういや、ここでデートするのって仕返しに関係あるのか?」
どんな意味があったのかを確認しようとしたのだが、当のクルミは不思議そうに小首を傾げた。
「ん? ないよ?」
「……へっ?」
「だって、あたしがこうしたかっただけだもん」
あっけらかんとクルミが言い、海斗は戸惑ってしまう。
「えっ、そうなのか?」
「うん」
コクリと頷いたクルミの表情に嘘は見えず、海斗は自分が勘違いしていたことを理解した。
てっきりこれも仕返しの一環だと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。そうなると、このデートの目的はなんなのか。
なんだか混乱してきた海斗に、クルミは続けて言う。
「ほら、昨日……一昨日だっけ? 海斗くんがテストに合格したって言ってたでしょ? まあ、合格するのは分かってたことだから、そのお祝いのつもりで……って、あれ? あたし言ってなかったっけ?」
「初めて聞いたな。つーか、誘われる時もメールには『今週デート行こうよ!』としか書いてなかったし」
「あちゃー、やっちゃった」
てへ、とクルミが舌を出す。
そんなクルミの態度にふっと笑みをこぼして、海斗はお礼を告げた。
「ま、ありがとな。お陰で合格できたよ」
「どーいたしまして。もう澪ちゃんたちには伝えたの?」
「ああ。そりゃまあ、相談に乗ってもらったしな。それより、今からどうする? ゲーセンでも行くのか?」
エスカレーターに乗りながら問いかけると、クルミは元気よく頷く。
「うんっ! あたし、なんか対戦できるやつがやりたいな!」
「じゃ、俺はパンチングマシーンに一票。ここの店、そういうマニアックなやつ多いんだよな」
「ちょっ! それ、あたし絶対負けるじゃん! はんたーい!」
「クルミが勝ったらお昼奢るって言ったら?」
「やる!」
「やるのかよ」
何気ない提案をクルミに一瞬で了承され、海斗は思わず呆れてしまった。
しまった、つい……とクルミは後悔した顔をしているが、自分で言ったあとで文句が出ないのはさすがだと思う。
二階、三階と上がってゲームセンターに入っていくと、海斗とクルミは早速パンチングマシーンに近寄った。
荷物を近くに置いて百円を投入すると、少し古めの音楽とゲーム画面の古い絵柄が表示され、ゲームが始まる。
「たしか、パンチの強さで敵を吹っ飛ばすんだよ」
「へー。あ、その吹っ飛ばせた距離を測るんだねー。どっち先にやる?」
「じゃあ、まずはやったことある俺から……」
スタートボタンを押すと、画面の端っこに現れた数字が減っていく。少し焦りながらも、海斗は拳を前に突き出した。
「あ、そうだ。時間制限あるんだった……ふっ!」
画面の数字が揺らぎ、あっという間に増えていく。だが、次の瞬間──
「あれっ? エラーだ」
なぜか画面に大きく赤い『ERROR』という文字が表示され、パンチの強さがゼロに。敵は吹っ飛ぶどころか、海斗をバカにするような変顔をして踊り出した。
「ぶっ、あははっ! 海斗くん、ゼロ点じゃん!」
「だー、クソッ! え、なんでだ⁉︎」
頭をかかえる海斗に対し、クルミは腹を抱えて笑っていた。
ひとしきり笑い終わってから、コホンと咳をして気を取り直す。
「じゃあ、今度はあたしの番ね?」
「……ああ。ま、まあ、まだ俺も二回分残ってるし、大丈夫だろ」
海斗が気持ちを落ち着けていると、クルミの番が来てゲームが始まった。
「よーし、じゃあ……ハッ! っと」
クルミは意外にも威勢のいい掛け声で拳を放つ。しかし──
「……なんか、掛け声のわりにパンチ弱くない? ひと桁しかないし」
すると、一回目を終えたクルミが揶揄いながら煽ってくる。
「んー? ゼロ点だった人がなんか言ってない?」
「ぐっ……なんも言えねえ」
そんなクルミの口調と表情には苛立ちを覚えたが、海斗は次で逆転してやると決意して我慢することにした。
だが、結果は次もエラー。
さすがにクルミもおかしいと思ったようで、眉をひそめながらエラーの表示を睨み、少し経ってから「あっ!」と突然叫びを上げた。
「なんだ? なんか分かったか?」
「うんっ! これ、よく見て! 拳が真ん中から外れたり、強く殴りすぎるとエラーになるんだって!」
「あ、なんだ……そういうことか」
たしかに思い返すと真ん中から外れていたのかもと海斗は納得して、クルミが順調にひと桁の点数を取るのを見てから、三回目の挑戦をした。
「今度こそは、っと!」
海斗が拳でパンチングマシーンから鈍い音を鳴らすと、ピピピ、と画面の数字が増え──た気がしたのは束の間。
再び画面に表示されたのは、いい加減に見慣れてきたエラーの赤い文字だった。
そう。クルミが三度目を打つまでもなく、海斗の得点はゼロ点で固定されてしまったのだ。そして同時にそれは、クルミの勝利を意味していた。
「……あの、なんか、ごめんね?」
そう慰めてくるクルミも、なんとも言えないような顔をしている。
いまだ画面は、変わらない。
燦然と赤く光る不変の数字、ゼロ点を表示したまま。
百歩譲って、クルミに負けたのは構わない。ゼロ点だったのは、まあ仕方ないことだ。だがしかし、それはそれとして。
「な、慰めが辛い……」
自分が気にしないようにしていても、誰かの同情の声を聞くと落ち込んでしまうものなのである。
「ほ、ほら! メダルゲームやろうよ! あたし昔から好きなんだよね、あれ!」
「あー……ま、そうだな。そうするか」
ガックリと肩を落とした海斗は、クルミの両手に背中を押されて、一緒に別のゲームを遊びに向かった。
評価等、よかったらお願いします!
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