第11話 お向かいさんの企み
「──今となっちゃ、俺の顔見るだけで怖がられる始末だよ」
海斗はそう言って息をつき、話を終えて鬱屈とした気持ちを紛らわせるようにアイスカフェオレを口に運んだ。
少し前まで甘さを感じたはずなのに、今はもうコーヒーの苦味ばかりが染みてくる。コトッと置いたコップの音が店内に響くと、まだ何も言わないクルミたち四人の顔を見た。
「にしても、そこまで無言にならなくてもいいだろ。そんな酷いか? この話」
問いかけてみると、目を大きく見開いていたクルミはハッと我に返って叫ぶ。
「そ……そりゃそーだよ! そこまで酷いなんて、あたしも聞いてないよ⁉︎」
「……これ、勘違いで済ませていい話ですか?」
「いや、ダメだろうね。早急に何か手を打つべきだよ」
澪と亜紀も口々に言い、考え込むように眉間にシワを寄せて亜紀はあごに手を当てながら思案する。
「ええ……そんなにか?」
なおも海斗が戸惑っていると、聡太が亜紀の言葉を支持するように頷いた。
「そんなに、だよ。……というか、先生たちは何をしてるんだろうね? ウワサを知ってるなら、すぐ打つ手を考えると思うんだけど」
「あ、それは海斗くんが悪化しないようにって拒否してるんだって。……あってるよね?」
聡太が不思議そうに首を傾げ、それを聞いたクルミは思い出したように答えると、確認するように問いかけてきた。
海斗は慌てて頷きを返す。
「あ、ああ。……でも、別に直接危害を加えられたわけでもないだろ? そこまでしなくていいと思うけどな?」
「いやいやいや!」
と、四人全員が声を揃えた。
「何言ってんの、海斗くん! そーいう人たちは容赦なくボコボコにしないと!」
「物騒だな、おい」
やけにクルミの眼差しが本気に見えて、海斗は呆れながらも冷や汗をかく。
そんなクルミの言葉に、澪と亜紀も苦笑を漏らした。
「あはは……でも、私もクルミちゃんほどじゃないですけど、ウワサの改善だけじゃなくて少しくらい仕返しをしてもいいと思いますよ」
「とはいえ、まずは今後のことを考えなくてはね」
海斗を置き去りに、顔を見合わせて澪と亜紀が頷き合った。
「あ、ちょっと待って」
そこでクルミが小さく手を挙げる。
「海斗くんの今後ならもう手は打ってあるよ? あたしが話を聞いたの、昨日今日のことじゃないし」
「……はっ?」
思わず口をポカンと開け、海斗は混乱する。
しかし、クルミは気にせず続けた。
「まあ、まだ時間は掛かると思うけどねー。でも、これであとな仕返しを考えるだけで──」
「おい待て?」
海斗はとっさにクルミの言葉を止める。
(……こいつ、今なんて言った?)
深まる混乱に一瞬無言になると、クルミがきょとんと小首を傾げた。
「ん? なぁにー?」
「え、何それ。俺、なんにも聞いてないけど?」
「うん。そーだよ? だって言ってないもん」
「『言ってないもん』じゃねーよ! え、俺、当事者だよな? なんで置いてきぼりにされてんの?」
海斗はツッコミを入れながら、いつも以上に自由なクルミの暴走具合に愕然とする。
そんな海斗とクルミのやり取りを見ていた三人のうち、亜紀が愉快そうに笑い出した。
「はっはっは! まあまあ、別に悪い話というわけでもないんだ。もう少し落ち着いて考えてみたらどうだい?」
きっとこの人は普段から迷惑を掛ける側だから気にならないんだろうな、と納得した海斗は思わず呆れてしまう。
「呑気ですね、亜紀さんは……」
「そりゃあ、私は当事者じゃないからねえ。それに、こうなればただの笑い話だろう?」
亜紀にそう言われて、海斗は微妙な気持ちになりながら納得した。
「……まあ、たしかにそうですけど。でも、自分の知らないところで勝手に話が進んでるって知った俺の気持ち、分かります?」
「さあ?」
「いや、『さあ』って……まあ、亜紀さんはそうでしょうけどね……」
亜紀がとぼけるように肩をすくめて、海斗は「はぁ……」とため息をついた。
どうしてこう、無茶苦茶な人が多いのだろうか。
あはは……と澪が苦笑して、申し訳なさそうな表情で両手を合わせている。
「ごめんなさい、海斗さん……。で、でも、これであとは仕返しを考えるだけですよ? ほら、お姉ちゃん。何か思いついた?」
「いや、まったくだねえ。聡太くんは?」
「僕も同じく。さすがにすぐに思いつくようなものじゃないですよ」
と、聡太が首を横に振って否定する。
「まあ、ですよね。となると……」
じいーっと海斗を含めた四人がクルミに視線を集中させて、クルミはきょろきょろと周りを見回してから、「あたし⁉︎」と驚いたように叫んで自分を指差した。
「そりゃそうだろ。勝手に悪巧み始めてたみたいだし」
「うー……でも、今は言いたくないなぁ」
と、クルミはなぜか迷いを見せて、仕返し方法の提案を渋っている。
海斗は言わないことを怪訝に思い、問いかけた。
「なんでまた……そう言うってことは、案自体はあるんだろ?」
「そーだけど、まだイマイチ納得できないもん。それに、なんかあたしのイメージが悪巧みばっかり考えてる人みたいになっちゃうじゃん」
「安心しろ。それはない」
妙なことを気にするクルミに、海斗は鼻で笑って断言した。
それを見ていたクルミは途端に不機嫌そうになり、
「あー! 海斗くん、今鼻で笑ったでしょ!」
と、抗議してくる。
その様子を眺めていた亜紀が呆れたように肩をすくめるのが横目に見えた。
クルミは拗ねたようにそっぽを向いて言う。
「いいもーん! だったら海斗くんには教えないもーん!」
「なっ、おまっ!」
どうやら思った以上に気にしていたようだ。
「そもそも、すぐに決めなきゃダメなことでもないでしょ? ゆっくりみんなで考えればいいじゃん」
「ん……ああ、それもそうか。クルミに頼りっぱなしなのも違うしな」
海斗がクルミの意見に納得すると、亜紀は少し残念そうな表情をしながら言う。
「うむ、クルミちゃんの言う通りだねえ。それに私としても、この店の店長としてそろそろお店の準備に戻りたいんだ」
「あっ……!」
海斗はクルミと澪の三人とで声を重ねる。
真横の壁に掛けられたアンティークの振り子時計を見上げてみると、すでに時刻は午後三時近く。
場の雰囲気を切り替えるように聡太が手を鳴らし、海斗たち三人の顔を準備に見渡して穏やかな笑顔を浮かべた。
「じゃ、ひとまずこの辺でお開きにしようか。キミたち三人のバイトの予定日が決まり次第、また僕の方から連絡させてもらうね」
「はい。よろしくお願いします」
そう言ってお辞儀したのを最後に椅子から立ち、海斗たちは三人で軽やかなドアベルの音を聞きながらもみじカフェをあとにするのだった。
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