第9話 バイト先の意外な再会
「すみませーん! 本日バイトの面接で来ました、来宮クルミです!」
先頭を歩いていたクルミがもみじカフェの入り口を開けると、ドアベルがカランカランと軽やかな音を鳴らした。
「はーい」
お店の奥から若い男性の声がして、緑色のエプロンを着けた優しそうな人物が姿を見せる。
「あ、キミたち三人かな? とりあえず店長呼んでくるから、ちょっとだけ待っててくれる?」
「はい。よろしくお願いします」
澪がそう言って、海斗とクルミも続けて「よろしくお願いします」と頭を下げた。
少し経って奥から戻ってきた男性はひとまず海斗たち三人を店内の四人席に案内して、軽い説明が始まる。
「もうすぐ店長が来るから、そしたら一人ずつ面接していきますね」
「はい。分かりました」
「ちなみにだけど、このカフェのことはどうやって知ったのかな?」
村上聡太と名乗った男性が、軽い口調で問いかけてくる。
すると澪が緊張で強張っていた表情を緩めて、嬉しそうな笑顔で答えた。
「えっと、三人で出かけた時に偶然見かけたんです。外装が凄く素敵だったので、思わず足が止まってしまって……」
「そっか。それは店長と二人で決めた甲斐があったよ」
澪の言葉がよほど嬉しかったのだろう。聡太は途端に頬を綻ばせて笑みを深める。
そのうちに奥から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「すまないね、聡太くん! 少し遅かったかい?」
「いや、まだ予定時間より前だし、大丈夫だよ。でもみんな揃ってるし、ぼちぼち始めようか?」
なんだか聞き覚えのある声だなと思い、海斗は何気なくクルミと澪に顔を向ける。すると、なぜか澪が目を見開いてお店の奥を見つめていた。
「澪さん?」
「澪ちゃん、大丈夫?」
クルミも澪の異変に気づいたようで、海斗と声が重なる。
しかし、澪はその声すら聞こえていないらしい。
愕然とした表情で奥から出てきた店長を見つめていた。
「な……なんでこんなところにお姉ちゃんがいるの⁉︎」
「えっ⁉︎ あっ、ホントだ!」
クルミも澪の言葉で店長を見て、ハッとしたように叫ぶ。海斗も声に聞き覚えがあった理由に納得がいって、驚きのあまり固まってしまっていた。
店内が混沌としてきたところで姿を見せた成瀬亜紀は、やあ、とばかりに軽く手を挙げ、こちらに歩み寄ってくる。
「三人共、遅れてすまないね。じゃあ早速面接を始めようか」
何事もなかったかのように近くの椅子を持ってきて座り、話を進めようとする亜紀に、澪が慌てて止めに入った。
「ちょっ、ちょっと待ってよ! ここ、お姉ちゃんのお店だったの⁉︎ え、朝会った時にはなんにも言ってこなかったよね⁉︎」
「ああ、知らなかったのかい? だが、どうせこうして面接で会うんだ。別にいいだろう?」
しかし亜紀は、そんな澪をまったく気にする様子がない。
こういうマイペースなところが周りを苦労させるんだろうなと海斗は色々と理解しながら、すぐ隣で肩を震わせて怒りを堪える澪に深く同情した。
「全然知らなかったし、なんにもよくないよ! お姉ちゃんのアホ!」
そう叫んだ澪の言葉で色々と察しがついたのだろう。
ここまで黙って話を聞いていた聡太が、戸惑いを浮かべながら亜紀に確認を取る。
「え、亜紀さん。もしかして、妹さんに何も話してなかったの?」
「そうだが、何かマズかったかい?」
「いや、だって……ただでさえ亜紀さんが面倒臭がってたせいで挨拶が遅れてるんだよ? そのうえお店のことまで話してないって、そんなのマズいなんてもんじゃないよ……」
どうやら聡太はこの状況をよく理解しているようで、頭を抱えるような仕草をした。
よく見ると顔色も悪くなっていて、この人も苦労人なのだなと海斗は同情してしまう。とはいえ、聡太にも確認不足という非があったのも事実だ。
まあ、それでもダントツで悪いのは亜紀だと断言できてしまうのだが。
今回一番の被害者であろう澪は、見るからに混乱一色という顔をしていたが、やがて鋭い睨みを効かせながら亜紀を問い詰める。
「お姉ちゃん、どういうこと? 夜中、『借金』って言ってたのは? 私、なんにも聞いてないし、なんにも分かんないんだけど。結局、何がどうなってるの?」
そう。そもそも海斗とクルミが澪とバイトをすることになったキッカケは、澪が聞いたという亜紀の独り言が始まりなのだ。
それは何かの間違いだったのだろうか。
海斗とクルミも困惑混じりに姉妹を見守る。
すると、亜紀は心底不思議そうに小首を傾げながら答えた。
「……ん? 借金? 私はそんなのしてないが?」
「えっ⁉︎ で、でも、夜中に足りないとか言ってたよね?」
「ああ、もしかして聞いてたのかい?」
「う、うん。だから私、お姉ちゃんの力になりたくてバイト探してたんだよ?」
「……そう、なのか……」
亜紀は混乱も驚きの表情で澪を見て、申し訳なさそうに眉を歪める。
「……澪に心配かけてたみたいで悪かったね。だが、あれから聡太くんに予算をオーバーした分を補ってもらったんだ。だから、もう大丈夫だよ」
「そう、なの?」
澪は呆然とした声を漏らし、亜紀が頷くのを見るとホッとしたように安堵の息をついた。
「よ……よかったぁ……! 私、てっきりお姉ちゃんが今度はとんでもないことをやらかそうとしてるんだと思ってたの」
そう言って笑う澪。
しかし、そんな澪の手前言い出せないが……。
と、海斗が口をつぐんでいると、クルミは遠慮なく言った。
「澪ちゃん。たぶん、それは合ってると思うよ?」
「……あ、そうですね。まあ、お説教はお母さんたちにやってもらいますよ。私、ちょっと疲れちゃいましたし」
んんー! と伸びをする澪に対し、海斗の目の前に座っていた聡太が「あの、澪さん」と声を掛けた。
「はい? あ、聡太さん、でしたよね?」
「そうです。今回、僕のせいで澪さんに心配をかけることになってしまい、本当に申し訳ありませんでした。後日亜紀さんのご両親もいる場でも謝罪させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「そんなにかしこまられても、お姉ちゃんのせいでもあるので……」
と、澪は乾いた笑みで頬をかく。
その言葉は当然聡太も理解しているようで、苦笑いを浮かべていた。
だが、途中で「あ」と何かを思いついたように呟くと、聡太と真っ直ぐに向かい合う。少し顔を赤らめて、
「じゃあその……うちのお姉ちゃん、こんなどーしようもないアホですけど、これからも姉のこと、よろしくお願いします」
澪は心の底から申し訳なさそうに、すぐ目の前にいるはずの自分の姉には一切視線を向けることなく、そう言った。
そんな澪が持つ優しさを言葉から感じ取ったのだろう。
聡太は嬉しそうに頬を緩めて、「はい。もちろんです」と返すのだった。
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