第7話 ソフトクリームと見つけたお店

 正午になってクルミの家の前に集まると、三人で幾つかのお店を回った。

 お腹がいっぱいになってからは、外装を見て回るだけ。

 候補の場所も多かったため、最後のお店に行った頃には、空は夕陽でオレンジ色に染まっていた。

 駅前に寄ると部活帰りの学生たちで賑わいを見せて、ソフトクリームの移動販売をしていた車に人集りができている。その付近で何台もの自転車が走り去る中、海斗と澪は駅構内でお手洗いを済ませて外のベンチに座り、クルミを待った。


「……クルミちゃん、遅いですね?」

「……そうだな。でも、入ったお店の先々で何かしら食ってたし、体調崩したんじゃないか?」

「あー……じゃあ私、様子見てきた方がいいですかね?」


 澪とそんな会話をしていると、ふいに遠くからクルミに名前を呼ばれた気がした。顔を上げ、周りを見回す。


「……海斗さん?」

「いや、今、向こうからクルミの声が聞こえたような気がして……」

「え? でも、そっちは方向が違いますよ?」


 駅とは逆方向を指差す海斗に対し、澪は戸惑いながら目をこらした。

 そして移動販売車に指を差して叫ぶ。


「あっ! 海斗さん、あそこ!」

「え? あそこって……ったく、あのアホ」


 海斗は思わず口をポカンと開け、額に手を当ててため息をついた。

 そこには、なぜか三本分のソフトクリームを持って歩いてくるクルミの姿があったのだ。

 これには澪も隣で呆れ笑いを浮かべている。


「海斗くーん、澪ちゃーん。アイス食べる? 美味しーよ!」

「……呑気だな、おい。クルミに報連相はないのか?」


 清々しい笑顔で戻ってきたクルミに対し、海斗も呆れて問いかける。


 しかし、クルミはきょとんと小首を傾げた。


「ホーレンソウ? 海斗くん、ほうれん草食べたいの?」

「く、クルミちゃん……」


 と、絶句する澪。

 海斗は一瞬だけ固まってから、ハッと我に返って叫んだ。


「このドアホ! 報告、連絡、相談のことだろ! どんだけ食い気に偏った思考してんだ!」

「もー、いいじゃん! ちゃんとみんなの分も買ってきたんだし!」

「そういう問題じゃねえよ……」


 海斗が拗ねて怒り出したクルミに頭を抱えているうちに、クルミは海斗と澪が座るベンチの間に腰掛ける。


「つーか、クルミのお父さんって猫のおやつを買ってきてくれただけなんだろ? だったら仕送りは増えてないんじゃないか?」


 もしそうだとすると、クルミの金銭状況は昨日お菓子が買えないと嘆いていた時から変わっていないのではないか。

 そう思って指摘すると、クルミの顔色が面白いように青白くなる。


「あっ……!」


 叫びながら、クルミは酷く狼狽えた。


「ど、どーしよー! あたし、金欠になっちゃう!」

「もうなってるから安心だな。大体、お店巡りで散々食っただろ? まだ足りてなかったのか?」


 海斗が問いかけると、クルミは申し訳なさそうに目を伏せて答えた。


「だ、だって、あたしばっかり食べてて海斗くんたち、あんまり食べてなかったから……」

「ああ……そういうの、クルミも気にするんだな」


 とはいえ、意外だとは思わない。

 なんだかんだでクルミが優しいのは、海斗もこれまでの短い付き合いでよく理解しているのだ。


「ったく。じゃ、とりあえずソフトクリームの代金は俺が出すから。そうだな……一つ貸しってことにしとくよ」

「ううー……」


 どうやら思っていたより気に病んでいるらしいクルミは、若干涙目になって海斗を見る。

 澪も心配そうな顔をしていたが、海斗は大丈夫だと笑みを返してクルミの手からソフトクリームを受け取った。


「ほら、そんな睨むなよ。気持ちはちゃんと受け取ってるから」

「そうですよ、クルミちゃん。海斗さんもこう言ってますし、あんまり考えすぎなくてもいいんじゃないですか? アイスも美味しいですよ」

「うぐ……分かった。そーする」


 渋々頷いて、クルミはひと口ソフトクリームを食べる。


(だいぶ葛藤してたな……)


 しかし、クルミはすぐに「んーっ!」と明るい表情を見せて、海斗も二人と並んでソフトクリームを頬張った。




 その帰り道。

 薄暗くなってきた住宅街を歩いていると、ふいにクルミが足を止めて道路の向かい側を見つめながら、海斗の服の袖を引っ張ってきた。


「あ、海斗くん。見て見てー!」

「ん、どうした?」


 海斗は何を見つけたのかと思って、クルミの視線の先を追う。


「あそこに新しくお店ができるんだってー。ちょっと近くで見てきてもいい?」

「そりゃいいけど……けっこう家からも近いのに知らなかったなぁ」


 クルミの目の付け所に感心しながら少し戻って信号を渡ると、赤茶色のレンガの外装と太い黒の窓枠がつけられた喫茶店が見えてきた。

 『もみじカフェ』という看板も出ていて、入り口近くの左右離れた位置にはもみじの木も二本植えられている。どうやら今は準備中のようだが、店内からは落ち着いた黄色い照明の光が漏れて駐車場を照らしている。

 そのオシャレな洋風の雰囲気に、クルミと澪が歓声を上げた。


「わあ……凄い綺麗ですね。私、ここがオープンしたら来てみたいです」

「あたしもー! 今度一緒に行こーよ!」

「いいけどクルミちゃん、お金は大丈夫……?」

「……あっ」


 海斗を会話から置き去りにして楽しんでいた二人だが、クルミは金欠という問題を忘れていたようだ。

 その絶望感溢れる表情に、海斗と澪は思わず笑い出してしまった。

 慌てて澪が取り繕う。


「で、でも、こういう喫茶店ってやっぱり女の子の憧れですよね!」

「ん……まあ、そうだねー。あたし、もうここで見てるだけで楽しいもん。──あ、チラシ見っけ。オープンいつだろ?」


 クルミは気を取り直して入り口に貼られたチラシを見つけ、鼻歌交じりに澪と覗き込んでいる。

 その間、海斗は少し離れたもみじの木に近寄って、のんびりと腰に片手を当てながら眺めた。と、その時。


「あれっ? クルミちゃん、これバイト募集の紙ですよ?」

「え、嘘っ!」

「ほら、ここ……アルバイト募集って」


 クルミと澪の驚く声とその内容に振り返り、海斗は急いで歩み寄って二人の後ろからチラシを見た。

 そこには、たしかに澪が言う通り、『アルバイト募集』の文字がある。


「あ、ホントだ……」

「──新しい店ってことは、その分バイトの人数もたくさん募集してそうだな」


 海斗がそう言って声を掛けると、クルミと澪が振り向いてきた。


「あ、海斗くん。いたの?」

「いたよ。で、どうするよ。バイト経験ないのが不安要素だけど、ここなら条件満たせるかもしれないぞ」

「そう、ですよね……」


 海斗の言葉に、澪は真剣な表情で考え込む。

 しかし、そこで唯一迷わないのがクルミだった。


「うんっ! あたし、ここがいい!」


 クルミは迷いなど一切見せることなく即決し、海斗も思わず驚いてしまう。


「早いな⁉︎ クルミらしいけど、もうちょい悩めよ!」

「もう決めたもーん! 澪ちゃんはどう?」

「わ、私もここがいいです! 元々、喫茶店でバイトするのは夢でしたし!」


 そう叫ぶ澪だが、どこかクルミの勢いに呑まれているように見えた。


「……大丈夫か? クルミの勢いに押されてるだろ」

「はい。ですが、お陰で決心できましたよ。だって、せっかくの機会ですからね。私の憧れでもありますし、きっと今やらないと後悔しますから」


 海斗がそんな澪を心配して声を掛けると、澪は海斗が思っていた以上に力強い声で答えた。


「……そっか」


 グッと拳を握ってやる気満々な澪に、海斗は微笑みを返す。


「じゃあ、あとは俺次第か」


 そう呟いて考えていると、クルミがまるで答えを分かっているような眼差しで海斗をまっすくに見つめていた。


「そう。あとは海斗くんだけだよー? どうする? ここでやめる?」

「やめねえよ! 俺もやるから」


 勢い任せに言ってから、海斗の中に一瞬だけ後悔が浮かんだ。


(あ、しまった。考え終わる前に……)


 そう思ったが、そんな海斗の答えを聞いたクルミは嬉しそうにはしゃいでいる。


「……いや、まあいっか」


 クルミの無邪気な笑顔を見て、海斗はふっと口元を緩めた。

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