第6話 バイト探し

 会話がひと段落すると、海斗はお菓子に手を伸ばそうとした。


「さて、俺もちょっとはお菓子食べようかな」


 そう言ってお盆の上に視線を映すと、なぜかそこにあった大量に載せてあったお菓子はすべてなくなっている。


「あれ? もうないのか」

「あ、ごめん。あたし全部食べちゃった」


 どうやらお菓子を食べ尽くした犯人はクルミらしい。

 その言葉の正しさを証明するように、机の上にはクルミの目の前だけに大量のお菓子の袋が山のように積まれていた。


「だろうな!」


 と、海斗は思わずツッコミを入れる。

 たしかにずっとお菓子ばっかり食ってたもんな、と呆れながら事実に納得した。とはいえ、それを許せるかどうかは別問題である。


「つーか、あんなにあったのに全部一人で食ったのかよ。よく食えたな」

「えへへ、それほどでも……」


 と、クルミが照れ臭そうに頭をかいた。海斗は呆れ果ててため息をつき、ジトッと睨むようにクルミを見る。


「言っとくけど、まったく褒めてないからな?」

「……はーい」


 渋々といった様子で返事するクルミに、海斗は「ったく……」と呟いた。

 澪が気を取り直すように海斗とクルミを宥めてくる。


「まあまあ。私、また下から持ってきますから」

「あ、わざわざ悪いな」

「ごめんね、澪ちゃん。ありがとう」

「いえいえ、それは私のセリフですから」


 そうして澪がついでに飲み物の追加も取りに部屋を出ていって、室内は海斗とクルミの二人きりになってしまった。


「……そういや、クルミ。あの黒猫は元気そうだな」

「まあね。さっき家に戻してきたんだけど、床に下ろした途端に走って逃げてっちゃった。せっかくおやつあげようと思ったのにねー」


 不満そうにクルミが言い、海斗はその言葉に「あれ?」と首を傾げる。


「でも、クルミってついこの前まで自分のおやつも買えてなかったよな? 猫のおやつまで買ってるのか?」

「んーん。パパに相談したら、実家からいっぱい買って持ってきてくれたの。猫好きなんだってー」

「ふーん……まあ、あんまり太らせるなよ?」

「だ、大丈夫だよー。……たぶん」


 おいホントかよ、と不穏になるようなクルミの返事だが、まあないよりマシかと海斗は思い直すことにした。

 そうするうちに澪が戻ってくる足音がして、海斗は立ち上がって扉を開ける。戻ってきた澪が机に満タンになったお菓子とコップを置き、二人で澪にお礼を言った。

 海斗は澪が席に座ってからチョコレート菓子を手に取り、一つだけ口に放り込む。


「ところで、バイト先の候補ってどうやって決めるんだ? 何気に考えてないけど」

「え? どうって、まずは携帯で調べるんじゃないの?」


 きょとんとクルミが小首を傾げる。


「そうだけど、それだけで判断するのは不安があるって話したろ? だから、個人的には外装だけでも見ておきたいんだが……どう思う?」


 チラリと澪に視線を向けると、大きな頷きを返してきた。


「はい。私も同意見です。ただ、いちいちお店に入るのは時間が掛かりますし、ある程度の妥協は必要になると思いますよ」

「ああ。それは俺も分かってる。……クルミはどうだ?」


 頷いて隣を見ると、クルミは呑気な声で答えた。


「あたしはどっちでも大丈夫だよー」


 クルミの場合、それよりも自分がお菓子を食べていいかということが気になっているらしい。

 その曖昧な返事とは対照的に、クルミの視線はお菓子ばかりに向かっている。


「クルミ、そんなに食いたいなら食べりゃいいだろ。別に止めてないし、ずっとそれだと気が散るから」

「ホント⁉︎ やったー!」

「今度は食いすぎるなよ」

「うんっ! りょーかい!」


 クルミはビシッと敬礼すると、早速お菓子に手を伸ばす。

 それを見ながら海斗が呆れていると、澪も苦笑して確認するように問いかけてきた。


「あはは……じゃ、じゃあ、どんなバイトがあるかをある程度は探してから、あとで直接見に行くって感じですかね?」

「ま、そうだな」


 こうして今後の予定が決まると、海斗は三人でお菓子を摘みながら、それぞれの携帯電話でバイト先の候補を探していった。


「……あ。ねえ、澪ちゃん。これはどう?」

「どれです? ああ、スーパーのレジ係ですか?」


 澪がクルミの画面を覗き込むように見ると、クルミは海斗にも「はい」と見せてくれた。


「そーそー。いちおう人数としては二人になってるけど、品出しの仕事もあるみたいだから。……でも、ちょっと探してるのとは違うのかな?」

「うーん……かなり微妙なラインですね。まあ、他になければこれ、という感じかと」

「だよねえ……」


 曇った表情を見せるクルミの提案に、海斗も頭を悩ませていた。

 というのも、海斗たちが探しているのは飲食店のような近い距離感でのバイトだからだ。しかし当然ながら、飲食店で三人も募集しているお店など近所で見つかるわけもない。

 すると今度は澪が携帯電話を机に置き、声を上げる。


「じゃあ、このチラシ配りってどうです?」

「あ、たしかに! これなら三人以上募集してるよ!」

「うーん……いや、これは違うと思う」


 クルミが期待する目で見てきたが、海斗は少し悩んで首を横に振る。


「……違う、ですか?」

「ああ。だって、よく駅前で似たようなことやってるけどさ。結局は距離を開けて配ってるし、会話もないだろ?」

「なるほど……それなら個人でやってるのと変わらないですもんね」


 澪が少し落ち込んだ様子で頷き、海斗はとっさにフォローを入れる。


「ああ。でも、これはこれで悪くないけどな。俺としては、もう一つぐらい候補を考えといた方がいいと思う」

「そうですか……」


 澪は残念そうに携帯電話を手元に戻し、再び画面を操作し始める。どうやら、この辺りはどれだけ妥協するかの問題になってきそうだ。


「まあ、別にバイト中に雑談したいわけじゃないもんね。あたしも他になかったらスーパーでいいと思うよ?」

「まあ、そうですね」

「ああ」


 珍しく知的なクルミの意見に頷くと、海斗は澪とも話し合いながらバイト探しを続けた。そして候補を幾つか出して、午後に昼食を取るついでに見に行くことになった。

 とはいえ、時間はまだ十時半過ぎ。

 そのため一旦解散することにして、正午近くになってから集まろうと三人で約束し、それぞれ澪の家をあとにした。

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